001 プロローグ
俺は王宮の広間に足を踏み入れた。
玉座に腰掛けた国王と、その周りを固める重臣たちの姿がある。
「前へ」
衛兵の声が響いた。
俺はゆっくりと国王の前へと進み出た。
深く頭を下げ、王の言葉を待つ。
「ユアン・ヴァイス」
国王が厳かな声で俺の名を呼んだ。
「此度の戦における貴殿の働き、見事であった。その功績を称え、褒美を授ける」
俺は顔を上げ、国王を見つめた。
俺は隣国、ガルドールの敵将を打ち破ったのだ。
事前に約束されていた褒美は、爵位と、相応の領地、さらに一生遊んで暮らせるだけの富だった。
だが、国王の口から告げられた言葉は、俺の期待を完全に打ち砕くものだった。
「褒美として、貴殿には【嘆きの荒野】を与える。小さいが家屋も用意した。宮廷のメイドを一名つける。そこで余生を過ごすがよい」
国王の言葉が理解できなかった。
嘆きの荒野。王都から遠く離れた、見渡す限り岩と枯れ草ばかりの不毛の地。
人が住むには適さない場所だ。
それはつまり、事実上、国外への追放を意味していた。
「陛下、それは、どういうことでございますか? 約束と違うではありませんか」
国王は俺を冷たい目で見下ろしている。
「約束? 何のことだ? 貴殿には、十分に褒美を与えたではないか。身の程をわきまえよ」
「身の程をわきまえよ、だと?」
俺は怒りを通り越して呆れ果てていた。こいつは、一体何を言っているんだ?
「陛下! 俺は、この国をガルドール帝国の侵略から救ったんだ! 敵将を討ち取り、奴らの軍勢の八割を壊滅させたではありませんか!」
俺の声は広間に響き渡った。
国王の周りにいる重臣たちが顔を見合わせている。
中には、あからさまに嘲笑を浮かべている奴もいた。
特に、宰相のギルフォードの目は軽蔑と嘲笑に満ちていた。
「下がれ。これ以上、無礼を働くようなら……」
国王は、それ以上何も言わなかった。
だが、その目は明らかに俺を脅していた。
怒り?
いや、もっと深い、絶望にも似た感情が、腹の底から込み上げてくる。
俺は、言葉を失い、ただ国王を睨みつけることしかできなかった。
「下がれ」
俺は、わざとらしく深く息を吐く。
無言で退くことにした。
この俺への仕打ち。
いつか、絶対に後悔させてやる。
王宮の広間を出ると、メイド服を着た女性が頭を下げた。
「クララと申します。国王陛下の命により、ユアン様のお世話を仰せつかりました」
「……嘆きの荒野だぞ。良いのか?」
「はい。覚悟はできております」
その目には強い意志が感じられた。
それから私とクララは馬車に乗り、嘆きの荒野へと向かった。
「ユアン様は、国王を目指しておられたのですか?」
「なにをバカなことを」
「家臣たちが、そう言っていました」
「国王の腰巾着どもが、何をほざいているのやら。俺が王位など欲しがるものか」
確かに、俺はガルドール帝国との戦いで英雄と称えられた。
民衆の中には、俺を王に推す声もあったかもしれない。
だが、それは俺の本意ではない。
「では、なぜ国王陛下は、ユアン様を追放されたのでしょう? 戦の英雄を冷遇すれば、民の不満を買うことになりかねませんのに」
クララは疑問を口にした。その瞳には、嘘や偽りは感じられない。
「俺の力が、邪魔になったんだろう」
俺は吐き捨てるように言った。
「力が、邪魔……?」
「そうだ。強すぎる力は、時に為政者にとって脅威となる。俺は、その力を戦場で示しすぎた。国王は、俺がその力で王位を奪うのではないかと恐れたんだ」
クララは、黙って俺の言葉を聞いている。
「それに……」
俺は、言葉を続けた。
「国王の周りには、俺を快く思わない連中が大勢いる。奴らは、俺の功績を妬み、国王に讒言したんだろう。『ユアンは危険だ』『民衆を扇動している』『反逆の意思がある』……とな」
馬車が、ガタゴトと音を立てて揺れる。
窓の外には、荒涼とした景色が広がっていた。
「本当に、良かったのか。俺についてきて」
俺の問いかけに、クララは少し間を置いてから、静かに、しかしはっきりと答えた。
「はい。私は、ユアン様についていくと決めました」
その声には、迷いがなかった。
「私は……貧しい家の生まれです。母は病気がちで、いつも寝込んでいました」
クララは、窓の外に目をやりながら語り始めた。
「兄が三人おりましたが、先のガルドール帝国との戦争で、全員亡くなりました。皆、国のために命を捧げたのです」
俺は、何も言えなかった。
戦争は、いつも弱い者たちにしわ寄せがいく。
「私は家族を養うために宮廷でメイドとして働くことになりました。でも、宮廷での暮らしは決して楽ではありませんでした。貴族たちは、私たちのような下働きを人間扱いしません。毎日、理不尽な要求や嫌がらせに耐える日々でした」
クララは一度言葉を切り、深く息を吸った。
「そんな時、ユアン様の噂を耳にしたのです」
クララの瞳に光が宿った。
「戦場で敵を蹴散らし、民衆を鼓舞する英雄。どんな相手にも臆することなく、正義を貫く勇者。ユアン様は、私にとって希望の光でした」
俺は照れくささを感じながらも、クララの言葉に耳を傾けた。
「だから、国王陛下からユアン様のお世話を命じられたとき、私は迷わず引き受けました。たとえ、それが嘆きの荒野への追放であっても……」
クララは俺の目をまっすぐに見つめた。
「私はユアン様を尊敬しています。ユアン様の強さ、優しさ、そして正義を信じています。だから、どのようなことがあっても、私はユアン様の傍を離れません」
その言葉は俺の心に深く響いた。
追放され、絶望の淵にいた俺にとって、クララの言葉は一筋の光だった。
「クララ……」
俺はクララの手をそっと握った。
「ありがとう。お前がいてくれて、本当に助かる」
クララは少し顔を赤らめながらも俺の手を握り返した。
その手は小さく、そして温かかった。
馬車は音を立てながら嘆きの荒野を進んでいく。
この荒野で生き延びてみせる。
そして、いつか必ず復讐してやる。
俺は、そう決意した。
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