涙ですっきりしたから
店長は自分の分のモーニングもテーブルに置くと
「腹が減っては戦ができません。まずは食べましょう。それから何があったか話してくれませんか」店長の目はいつにもまして真剣で、そしていつもの人懐こい笑顔だった。
「何がって何があるっていうの。そうよ」
彼女は身体から力が抜けていくように、そのままパイプ椅子に座った。
その瞬間いろんなことを思い出していた。
思い出したくないことや
現実逃避してきたこと。
それからは涙がひとりでに出てきて止まらなかった。
ひとしきり泣くと、ぽつりぽつりと語りはじめた。
店長は、いつもの常連さんの危機にいち早く気が付いていた。そして休憩室に連れていくように俺に指示した。
その代わりにこのくそ忙しい時間帯に、僕が店の厨房と接客で忙しく動き回るはめになったが…。
そして40分近く経った頃、僕と交代で店長は店内に出た。
彼女の血の気のない思い詰めた顔が、いつもの顔に戻ったのを見て安心する。
「心配かけたわね」と彼女は少し頬ををほころばせる。
この瞬間、僕は高揚感に包まれる。
目の前のティッシュの山は、すっきりした残骸。
店長は、常連さんが一人かけても落ち着かないという。
僕はこの店に来たのは5年前で、店長の境地にはまだまだなれない。
だが、この店のお客一人一人が僕を育ててくれたようなものだ。
特に暇を持て余した爺さん婆さんの中でキャリアウーマンの彼女は、ひと際かっこよかった。服装も気合が入ってて流行りの色や型を意識していつも、素敵だった。
パソコンを広げては仕事前のチェックも怠らない。
その姿は僕の以前の姿と被るところもあった。
だからこそ、ここでの時間は見守ってあげたかった。
しばらくして彼女は僕たちに何度もお礼をいって、店の子が忘れていったズックと傘を身につけ出ていった。
そのあと店長に聞いた話では、彼女は係長になった頃から片頭痛や緊張のためか胃の痛みが増してきたという、それでも頑張り続けてきた会社からリストラにあったそうだ。
その痛みは、はかりしれない。
しかも年齢だけが上のたいして仕事ができない同僚が居残ることになっていた。今まで張り詰めた糸が切れた。頭の中が怒りと絶望でこれからの人生どうしたらいいのかわからなくなっていったそうだ。
店長は何人かの常連客が帰るときに、渡された名刺を僕に見せてくれる。
彼女へのメッセージも添えられている。
そうこの店。
いっけん、時代に取り残されたような外見だが某有名会社の会長や社長が常連客で何人もいる。
彼女の真摯な姿をずっとみて、応援してきた人たちが。
僕も前職は某有名企業のトップ営業マンだった。
自信に溢れていた時期から、やがてお客が増えなくなって仕事に疲れてこの店にやってきた一人。
なぜか、僕のスカウトマンは店長だけだったが‥‥。