疑うことは悪いこと?
一度心を許した人に、だいたいの人間は甘くなってしまうと思う。心を許す前は、すごく警戒してたこしても、心の中に入れてしまった人を疑うことはあまりなくなってしまいますよね。
でも、悲しいことに、心の中に入れた人が善人であることばかりではないんですよね。悪意を持って、善人のふりをして近づく人がいること、そして、そういう人は目的のためなら驚くほど辛抱づよく相手に寄り添うことを、私はこの体験で嫌という程知りました。
この手のタイプを見抜くのはなかなか難しく、そして時間がたてばたつほど、今まで築いた関係が邪魔をして、ますます正しい姿を見えなくしてしまいます。途中、おかしいなと感じても、相手を疑うことに罪悪感を感じて、疑うことを放棄してしまったり。
もし疑う素振りを感じさせてしまったら、相手は本当に上手に悲しいふりをします。自分を信じてくれないことを嘆き、いかに自分が私を思って行動してきたか、そんな私に疑われることでどんなに心を傷つけられたかを、切々と訴えます。とにかく感情に訴えるんですよ。
そんなことは、何一つ潔白の証明になってないのだけどね。まあ、逆に言えばそれしか出来ないとも言えます。
もし、こういった場面になった時は、難しいかもしれないけど、まず相手と距離をとって下さいね。そういう相手はとにかく密接に連絡を取ることで、相手に考える暇を与えないようにしますから。そして、冷静に相手の言動の裏をとって下さい。相手の言ったことすべて疑うつもりで。信頼できる別の人に相談するのも有効です。短時間なら無料で弁護士さんにだって相談出来るんだもの。
私の受けてきた日本の教育では、疑うことを悪いことみたいに刷り込みされてきた気がします。疑問があることをぶつけてみても、そんなことを考えるこちらが悪いみたいに責められたり、生意気だと言われたり。
でも、疑うことは決して悪い事ではないと思いますよ。相手を信じるために疑うのは、盲信するより何倍も大切なことだと思うんです。本当に信頼出来る潔白な相手なら、そんなことではびくともしません。
裏をしっかり取らないで、ただ感情的に疑うことで終わらせるのは止めた方が良いでしょう。それこそ罪悪感を抱かされて、相手にいいようにされますからね。
心を許してしまった相手を疑うのは勇気がいるし、辛いです。でもね、人間の心って見えないし、以前良い人だったとしても永久に良い人でいてくれる保証は無いんです。だから、自分の心がおかしいとサインを送ってきた時は、受け流さすに疑って下さい。どんなに小さなことでも。出来るだけ感情的にならず、淡々と。自分に都合の良い解釈はやめて。
疑うことは、悪いことでは無いと思います。ただ、上手に疑うことには冷静さと理性が必要になると思います。そうでないと、ただ何でもかんでも疑って孤立する場合もありますから。そうなったら別の危険があります。
感情って、やっかいですね。だからこそ生きる喜びもあるんですが、苦しい時は本当に苦しいです。
でも、まあ、何とか生きていられることに感謝。




