世界の広げかた
なんていうか、世界って外へ外へ広げていく時と、内へ内へ広げていく時があるなと思って。
情報社会だから今の時代を生きていると、ほぼリアルタイムで世界中の事を知ることがてきるから、知らないことをどんどん吸収できる。
昔は知ることの難しかった、ほとんど情報のなかったマイナーなことも、興味があれば知ることができるしね。欲しいものを手に入れるのだって、個人売買が手軽に可能だから、お店にないものも入手可能。
音楽、映画、本は色んなコンテンツで配信されてるし、おすすめレビューもいっぱい。まるで、知らない世界があちらの方から押し掛けてきてるみたいな時代。
可能性は山のようにあるし、その探索はとっても楽しい。私も夢中になってた時があります。
ただ、詐欺にあってお金に制限が出来た事なんかもあって、外の刺激に対しての反応をあまりしなくなった分、自分の見たくなかった自分の心の弱さとか、逆に強みとかを冷静に掘り下げる作業が出来るんです。
部屋に自分が求めたものなのに、不要なものと同じスタンスで存在するものがあるのは何故か。最初から不要だったのか、手放す時がきたのか?なんかをじっくり考える事も出来るんです。
以前はお休みの日なんか、何か新しい経験を求めてとにかくウロウロしてたけどね。
どちらが悪いという訳ではなくて、自分の外の世界だけが広がるものではなく、自分の内にも広がる世界はあるのだなと感じるようになって、それが面白い毎日です。
その世界を広げる為には、お金も物もあまり必要ない事もありがたい所。知識や教養を深めたかったら、図書館なんて無料でほぼ1日利用出来る最高の学びの場所。地域によってムラはあるんでしょうけどね。
でも実際、年をとるごとに食べられるものの量は減るし、出かける場所も限られてくる。なんたって、残り時間や身体機能は若い時から下がっていく一方だから。外に世界を広げることは楽しくて刺激的だけど、手当たり次第に広げても、それを捌ききれない。自分の気力、体力のあるうちに、自分が抱えられるものの量を把握しておかないと、将来はゴミ屋敷の住人まっしぐらな気も。
それに自分の内側の世界は、どれだけ広げても大丈夫なのは嬉しいですよね。現実世界で大豪邸を建てるのは無理でも、心の中なら可能ですよ。そこにどんなものを詰めこんでも、他人から「これ、いる?」なんて言われる心配も、こっそり捨てられる心配もないし。
ただ、全く人と交流せずにネガティブな気持ちで自分の世界だけを広げた人は、突然現実世界でその不満を爆発させたりするからねぇ。せっせと詰めこんだ知識も浮かばれないなと思う。でも、その偏りに気がつくのは、これまたなかなかに難しいんだよねぇ。
うーん




