やらないのか、やれないのか
人の手助けを、必要以上にしないことにした私ですが、それでも一応はその判断基準を設けてます。
そのうちのひとつが「やらないの」か、「やれない」のかです。
私は自分が器用な方ではなかったので、覚えが早くて要領よく仕事をこなす人達より出来が悪いと馬鹿にされることが多かったんですね。最初に就職した所なんかひどいものでした。後から来た人達まで一緒になって好き勝手言ってましたし。
ただ、その分どうやって仕事をすれば良いのか考えながら動くようにはしていたので、時間はかかりましたが、要領よく仕事をこなすだけで考えなしに仕事をする人とは、ありがたいことに立場は逆転しました。その事もあるので、力が足りないから「やれない」だけでやる気のある人の手助けはしたいと今だって思ってます。
ただその人達にも、わからないから、力が足りないから助けてもらって当たり前とは思って欲しくないんです。
時間がなくて自分だけては間に合いそうになくて助けが欲しいのか、やっている作業のある部分がわからなくて作業が進まなくて困ってるのか。手助けを欲しい理由は色々あるでしょうから、ただ助けてだけでなくせめてそのことをきちんと伝える努力くらいはして欲しいんですよね。その事も伝えられないほどにいっぱいいっぱいなら、手助けを頼む前にそうなってしまう原因を考えた方が良いのかも。自分だけで解決できないなら、相談してみるとかね。人にわかりにくい病気とかもあるし。体力的な問題だってあるでしょうしね。
手助けを受けられなくて悩む人は、頼むタイミングや頼む前に自分が出来ることはやったのか、一度考えてみてはと思うのです。それがきちんと出来る人の手助けを誰もしないほど、ひどい世の中とは思えないので。
「やらない」人は論外ですよ。もちろんね。




