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評価は変わるよ。くるくると

何だか人の評価が欲しくて、右往左往してる人がいっぱいのような気がしますが。また、その評価で物事を決める人もいっぱいいる気がしますが。人の評価ってそんなにあてになるんでしょうかねぇ。


ゴッホの絵が、生前全く認められてなかったことは良く知られてるけど、今は一個人が買うことも難しいほどの価格で取引されてる。浮世絵が最初海外に渡ったのも、日本の磁器の輸出の際の緩衝材として、捨てられること前提にだと聞いたし、仏像だって文明開化の時に古くさいものだっていってだいぶ壊してるからね。日本人がね。

今は寺社仏閣に落書きのひとつでも見つかったら、大騒ぎだけど。


時代の価値観によって同じものでもだいぶ扱いが違うなと思うものはいっぱいある。

同じ人でも、同じ芸術でも、文学でもそう。

ゴッホの時代に、人気画家として豊かな生活をした人の絵って、今どのくらい残ってるのかな?

残ってたとしても、今のゴッホの知名度と絵の価値を考えたら、ゴッホの絵よりその絵が欲しいと言う人がどのくらいいるのかな?たとえ価格を同じにしたってね。


人の評価なんて、くるくると変わる。ゴッホの絵だっていつか遠い未来では、焚き付けくらいにしか役にたたないと思われてるかもしれない。今は想像できないだけで。


長い目でみたら、いや、短いスパンでもそれはあるよね。流行している間だけ熱狂的に求められ、その後はすぐに捨てられるものの多さ。かと思えば、捨てられたはずのものがリバイバルでとんでもなく貴重なものになってみたり。


そんな、予想不能な流動的なものが評価なのに、人はいつの間にか評価に縛られて生きてしまっていることが多いなあと考えてしまう。評価の為に自分が望まないことをしてみたりね。それは誰の為の評価なんだろうね。


まあ、評価から完全に自由になるのは、難しいけれど。

いつまでも同じ方向から風は吹かないと思ったら、逆風でも歩いていけるかな。いつの間にかその風が背中を押してくれてるかもしれないしね。





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