選択肢が多いって本当に幸せ?
日々、触れる情報の多さは、年々増えてる気がするんですよ。内容の偏りはともかく。
スイーツとなると地方の小さなお店でしかあつかってないというものまで紹介されるし、旅行の場所は、地元の人だって知らない絶景までピンポイントで教えてくれる。日本だけでなく、世界中のね。
SNSで披露される溢れる情報。それは世界を確かに広げてくれるんだけど。
職業だって昔無かったものが出来たりと、選択肢は広がって、そこで活躍出来る人もつくってくれるんだけど。
そんな溢れる情報を、処理する人間の脳がパソコンみたいに年々バージョンアップするかというとそうではないからね。そうだったら助かるんだけどね。そうでないから情報の取捨選択だけで、いつの間にかとんでもなく疲労しているのではないかなと思う。
そしてその結果として、大切な事をじっくり考え、自分に必要なものを選びとるために、本当に必要な時間を知らないうちに失くしているのではないかなと。
毎朝、飲むお茶を全国何品目のものから選び、食べるものを各国のありとあらゆるメニューの中から決めて、着る服をお店で買うかネットで買うか、それとも月でレンタルするかを悩む事が出来るなんて、自由なんだか不自由なんだかなと、最近思うのですよ。
自分の本当に必要なもの、大切なものがはっきりしていて、そこにだけ膨大な情報の取捨選択をするための時間を意識して取れる人、どれだけいますか?
そうではないからタイパとか言って、すぐに忘れるドラマや映画を倍速で見てるんじゃないかななんて思うんです。
まあ、つまらない映画だなって思っても、途中まで見ちゃったしとりあえず倍速で最後まで見ようかなと思うことは私にもあるんですが。
大抵は最後まで見ても、途中でやめても大差ない気がするから、つまらないと思ったらその場合はやめた方が良いのかもと思う。
ある種の潔さって、大切よね。
自分の人生を、どうでも良い情報で見えなくする必要なんて無いんだからね。
本当に大切な情報を見逃すもとにもなるかもよ。
自戒をこめて。




