卵が先か?鶏が先か?
騙されてから詐欺の手口を調べると、本当に色々な情報が出てきました。どうして気がつかなかったのかと思うくらいに詳しい情報が。
「どうして、私はこんなことをしてしまったんだろう?」と悩んでしまった行動についても、心理学を調べると、こういう心理からこういう行動に走りやすいんですよと名前までついている症例だったり。
騙される前に知っておきたかったなと、調べる度に感じるんですが、騙されなかったらただの情報として頭のどこかにしまわれただけだったかもしれないとも思うんです。
だから、今回のことはやり過ごせてたとしても、情報の少ない新しい違う詐欺にひっかかるかもと思いました。
根本的な原因がそのままで、変わってない限りは同じような問題は巡ってくるからです。
強く主張されると、「相手と争いたくない、傷つきたくない、嫌われたくない」と自分は納得してないのに、無意識に相手の主張に合わせてしまったり。
自分と同じ傷を持っている相手を、自分の身代わりに癒そうとしたり。
そんな、自分の心理的な癖が変わらない限り。
でもね、そういう自分の弱点を素直に認められるのは、信じられないくらいの馬鹿なことをして、自分の当てにならなさをしみじみ噛みしめて「これでは駄目だな、変わらないといけないな」と実感したからなんですよ。
そうでなければ、色々なことも調べないまま終わっていました。
だって、目を背けたいことでしょう?自分の弱い部分なんて。変わらないままでも今まで何とか無事にやれていたんですから。うっすらと不満はあっても、わざわざ何とかしないとと真剣に考えたくない。疲れますからね。
ただ、そんなのんびりした考えを吹き飛ばす出来事が起こって、怒ったり泣いたりしながら色々調べたことは、とても勉強になりました。心理的な癖を知ったうえで、ではどういう行動に変えると良いのかを知っていくのはワクワクさえするんです。新しい何かを知るのは本来楽しいことですもんね。
なら、やっぱり先に色々知っていた方が良かったんじゃないかと思うんですが、騙される前の私は駄目な自分を表面上はともかく、心からは許容出来なかったと思う。
それに最初から強く出る人には強く対応出来たとしても、優しい言葉で近づいてきた自分の味方と認識した人に、強く出られると言いなりになりやすかっただろうなと思う。今なら「では、さようなら」と言えますけど。
大きなものを失くしたある意味怖いものなしの状態になる前の自分に、それが出来たかは疑問で。
卵が先か、鶏が先か
答えは出ないのです。




