言霊パンチ!!
何だか最近自分の書いているエッセイが、やけに重たい感じになってきている気がしています。真面目に物事を考えるのは良いとして、やたらに深刻な調子になるのはどうなのかしらね?と思う訳です。
で、今回は真面目に軽快に書いてみたいなと。何だろう?言っている自分でも言ってる意味がよくわからない感じがしてきましたが、とりあえず続けます。
今言ったことと少し矛盾するようですが、内容の深刻さに対して軽すぎる言葉って多くないですか?さらに略されたりすると特にそれが目立つ気がしますよ。
「いじめ」なんかは以前からよくそう言われてる言葉ですよね。あったのなかったの、いじめをした当人がそういった認識をしていたの、いなかっただのでよく揉めてますが
いじめという行為を
「特定した個人を常に故意に無視、あるいは暴言を浴びせ、時に殴る蹴るなどの暴行や恐喝によって金銭の授受を強制すること」などとはっきり定義して、それに該当する行為があったかどうかを検証すればいいと思うんですよね。
「ふざけただけ」とか「悪気はなかった」とかそういう行為をした側の感情なんて知ったことではないのです。
包丁で人を刺したり、ハンマーで殴るなどをしておいて殺意はなかったなんて言う人だっていますもんね。
そんな個人の感想なんて被害者関連の側から言わせれば「そ、れ、で?」なんです。
もし、いじめをした人が学生だったら、親に対して通告する時も学校が対外的な発表をする時も、上記の定義をそのまま述べて、それがあったかなかったかを言えばいいんだと思うんですけどね。いじめなんて、個々で違った解釈が可能な、ふんわりした言葉を使わずにね。
ただ、この定義をする時は感情的なものをのせないように注意が必要だと思います。馬鹿とか、グズとかつい罵りたくなる人いるんだろうけど。でもそこはしっかり線を引かないと、加害者を被害者に変えるフェーズの違ういじめがはじまるので。
まあ、感情で殴らなくても
その人がやったことの事実を伝えるだけで充分効果的だと思います。
「いじめをしたのですか?」と聞かれれたら「してないです」とごまかせても
「特定個人を無視したり、暴言を浴びせたり、殴る蹴るの暴行をしたり、恐喝して金銭を奪ったりしていたという事実はあったのですか?」と聞かれたら、ごまかすのはけっこう厳しいんじゃないかな。
もし、否定する図々しさを持っていたとしても、いつか苦しくなってくるんじゃないかと思いますよ。
どんなに平気なふりをしてもね。
心にくらえ!!言霊パンチ!!




