悲劇のヒロインごっこ開催中
台風のサンサンがいなくなって、太陽燦々な朝です。今回の台風、あんまり長く居たからか、最後の方では「もう、どこに行ってもどうでもいいや」的な空気が職場でも流れてました。
最初の方は大型だし「怖いね、怖いね」と大騒ぎしていたのですが、予想を裏切って長居するし、方向も定まらないし、なんなのかな?と言う空気に変わり、最後は「台風ってまだある?もうなくなった?え、まだ?」という感じでしたかね。現時点でここに被害があるわけではないなら、もう考えても仕方ないよという感じで。
当てにならない台風情報を気にするのに飽き飽きしてきたのもあるのでしょうか?ずーっと流れてたしね。生活に必要な交通情報や、降水量には敏感になってても、台風自体は自分に関係ない事象でしかないから、影響を及ぼされないと忘れてしまうのは当たり前なのかな?
でも、自分の不幸を考えることにはなかなか飽き飽きしないんだよね、不思議。
終わったことなのに、もう会うことのない相手なのに「自分を不幸にしたものや人について考えるのには飽き飽きした」っていうのあまり聞かない気がします。
それに対して何年も前の恨みごとを、昨日受けたかのように鮮明に語る人はたくさんいて「その出来事、脳内でどれだけリピートしてる?」と思うことはしばしば。
詐欺にあった出来事、私も脳内でどれだけ繰り返し考えたかわかりません。詐欺師への怒りや恨み、騙された悲しみ。でも、そんな感情を抱き続けるのに飽き飽きすればいいのかなと思いはじめてきました。
起こったことは忘れなくて良いから、自分の中にあるマイナス感情に飽き飽きすればいいだけなのかなって。
正直、詐欺師は多分、新しく騙す相手に夢中でしょうし、私が苦しんだところで痛くも痒くもないんですよね。そんな相手のことをいつまでも考え続けてるなんて馬鹿らしく疲れることなのです、本来。
慈悲の心で許すとか、そんなの無理なので許しませんが。もし、何かの機会で出会うことがあったとして、どんなに相手が哀れな状態でも許しません…が
ただ、詐欺にあって不幸だという感情にはそろそろ飽きても良いかなと思えてきました。
手始めに、今日1日悲劇のヒロインごっこでもしてみようかなと思ってます。どんなことでも不幸に変えてみる。
久しぶりのお天気で、洗濯ものがよく乾いて助かっても
「ああ、こんなに強い日差し。耐えられないわ!!」
と泣き崩れてみたり。
まとめて二個買うとお安くなる品を見て
「二個買ったらお安くなんて!!こんなにも要らないのに、残酷な提案をするのね。あなたに人の心はあるの?」と言って足早に立ち去ってみたり。
こんな感じで過ごしてみたら、今日の夜あたりには不幸に飽き飽きしてる気がします。ポイントはどんなことにも大真面目に理由をつけてやることと、あくまでも「ごっこ」と認識してやること。
そうしたら、幸運も不幸もそんなに大差なく、マイナスだけにフォーカスするのが滑稽に思えてくる気がします。
最後に
「ああっ!!こんなに傷ついた私が、こんなに一生懸命訴えかけているのに。誰も反応してくれないなんて!!私ってなんて可哀想なのかしら!!世間ってなんて冷たい人達ばかりなのかしら!!」
涙、涙、涙。
悲劇のヒロインごっこは、ある程度は心が元気になってないとやってはダメですよ。絶対!!嘘の悲劇に心が引っ張られてしまうこともあるからね。
自分で自分を「仕方ない奴だなぁ」と笑えないならやらないでね。やる人いないかもだけどね。




