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筆者おすすめ短編集

魔法薬師グロリア・リーベルの蜜月

作者: 五条葵

 魔法薬師の朝は早い。魔法薬作りに欠かせない薬草は早朝のお世話が欠かせないからだ。


 10歳で両親に師事して魔法薬師となり早10年。早起きにも流石に慣れた。とはいえブレーメ山脈の麓にある王都の冬の朝は凍えるように寒い。ベッドの中に自分とは別のぬくもりがある夜になれてしまうとなおさらだ。


 分厚い羽布団の隙間から入り込む冷たい空気に眉を潜めた私は、その慣れたぬくもりを求めて手を伸ばす、がその手は見事に空を切り、私は眉をへの字にした。


「うぅ……また先に起きてる……。魔法薬師より朝の早い人がこの世にいるなんて……」


 隣にいると思っていた人がすでに起き出していることを理解した私は、ぬくもりを諦めて厚い掛け布団をはねのけるのだった。







「さあ、皆さんご飯の時間ですよ」


 汚れても良い簡素なワンピースに着替えた私は屋敷の庭の一角にある薬草園でいくつもの薬草達に水をあげつつ、この1月のことを思い出していた。


 私の実家、フレール男爵家はこの王国が出来た頃からの名門の魔法薬師の家系。私も僭越ながら、これまでの功績を評価していただき、王宮の魔法薬研究室に席を置かせていただいている。ちなみにここで育てている薬草はあくまでも趣味の魔法薬作りのための材料だ。


 次から次へ優秀な薬師が現れる血筋と、圧倒的な薬学の知識は王家にとって価値のあるものだが、脅威でもある。

 そこで、そんな私達を縛るいわば枷として、男爵家の娘たちは代々20歳になると、王家に近い血筋の人や国の要職にある人のもとへ嫁ぐのが常となっていた。


 私も20歳の誕生日に国の要にある人物と結婚した。その人物とはロビン・リーベル。武の名門として知られるリーベル伯爵家の嫡男でありながら、危険な魔物が多いことで知られる北の辺境地域での任務を自ら志願した彼は、そこで上げたいくつもの功績により、30の若さで騎士団長にまで登りつめた。


 私と旦那様は明らかな政略結婚だが、私はこの結婚にほとんど不満を抱いていない。何しろ旦那様は私のタイプど真ん中なのだ。


 私の理想の人、とはまず真面目で勤勉な人。これはもう文句なしだろう。旦那様は誰に聞いても「清廉潔白」と評価される騎士だ。

 あと穏やかで優しい人、というのも大事。その点任務中以外の旦那様は、騎士とは思えないほど穏やかな性格で、とても優しい。それに付け加えて、大人の余裕を感じさせてくれるような歳上の方が好みなので、10の年の差もむしろ好都合。

 騎士としてはやや細身だが、それでも私をすっぽりと包みこんでしまえる長身に、深緑の瞳、短く刈り揃えられた黒髪。そのどれもが私の胸をときめかせてやまないのだった。


 そんな素敵な旦那様を持って、幸せ真っ只中な私だけど悩みが1つある。それは私達の関係が今なお、文字通りにベッドを共にする関係ーーつまり清い関係だ、ということだ。


 10の年の差に遠慮しているのか、歳下すぎて欲情しないのか、はたまたただ単に忙しすぎるのか。


 騎士団の長として日々、早朝に出かけ深夜にベッドに入ってくる夫のことを思い浮かべ、思わずため息をついていると、突然頭上から低い美声が降ってきた。


「おはよう、グロリア」

「ひゃあ! お、おはようございます、ロビン様」


 思わず飛び上がった私はじょうろを取り落としそうになり、慌てて掻き抱く。そんな様子を見てロビン様がクツクツと笑った。


「もう! そんなに笑わなくても。だいたいロビン様が驚かすからーー」

「すまない、びっくりさせるつもりでは。出かけの挨拶を、と思ってな」

「今日もまたお早いのですね」

「ああ、少々仕事が立て込んでいてな……」

「あまりお忙しいと旦那様のお体が心配ですわ」


 いくら鍛えた騎士とはいえ、こうも働き詰めでは疲れるだろう。薬師の夫が過労で倒れたら妻失格だ、と私は顔を顰めた。


「心配をかけてすまない。もうすぐしたら多少落ち着くはずなんだ。だが、むしろ私はグロリアの方が心配だ。その華奢な身体のどこにそんなエネルギーがあるのだ、というほど忙しそうじゃないか」

「これでも王宮勤めの魔法薬師ですから。でも無理はしていませんわ。それに魔法薬の研究は私にとって生きがいなのです」

「確かに薬草に触れているときのグロリアは生き生きしているからな。体調を崩さなければ構わない。……ああ、ただ出かけるときはくれぐれも気をつけて。私は職業柄、恨みや妬みを買うことも多い。移動は家の馬車で、外出時には必ず護衛を……」

「分かっていますわ。相変わらず心配性なのですから……そうそう襲われないってご存知でしょうに」


 そう言って私はパチリと指を鳴らして見せる。と、私の周りの空気がグワンと揺れ、私に行ってきますのキスをしようと近づいてきた旦那様の手をパシリと弾いた。


 魔法薬作りは広義では魔術の一部であり、魔法薬師は魔術師でもある。突然の結界術で、いつも冷静な旦那様に豆鉄砲を食ったような顔をさせることに成功した私は思わずククッと笑った。


「ごめんなさい、旦那様。でも確かに私強いでしょう?」

「あぁ、そうだった。グロリアは優秀な魔術師でもあるんだったな」


 妻のいたずらにも怒ることなく笑って下さる旦那様に、私はもう一度指を鳴らして結界を消した


「ではいってらっしゃいませ、旦那様」

「ああ、行ってくる。良い1日を、グロリア」


 私の言葉にそう返した旦那様は、今度こそ私の方へ手を伸ばし、ポンポンと軽く頭を撫で、さらに私のおでこにそっと口づけを落とす。


 結婚して以来、旦那様が必ずなさる挨拶は心がぽかぽかするようで、心地よいが少し気恥ずかしい。私が頬を染めている間に、いつの間にか旦那様はすでに遠くへと行ってしまっていたのだった。






「おはようございます、室長」

「ああ、おはようグロリア。相変わらず早いね」


 魔法薬研究室に入るとまず出迎えてくれたのが、ジャケットの上に白衣を羽織ったノエル室長。当代最高の魔法薬師と称えられる私の父親だ。「相変わらず早い」と言いつつ、そんな私よりも早くに出勤している室長は、


「そうだ、今の内にこれを読んでおきなさい。昨晩『ネズミ』がでたようだ』


 と言い、数枚の書類を私に手渡した。


「拝見しますわ、室長。えぇっとーー狙いは爆薬でしたの? 物騒ですわ」


 傷薬、風邪薬というイメージのある魔法薬だが実際はそれだけでない。剣や盾を強化したり、ものを爆発させるような、武器として使える薬も多く存在する。もちろんそれらは厳重に管理されており、魔法薬師でさえ無許可での使用は出来ないし、薬品庫には結界術が重ね掛けしてある。そんな危険な薬が狙われたと聞いて、私は顔を顰めた。


「幸い、薬品庫を開けることは出来なかったようだがな……しかし騎士団の追跡からは見事に逃げおおせたとか。隣の国で魔法薬師が爆薬を市中へ横流しした事件も未解決だし、確かに何かと物騒だな。とにかく、薬草の管理は今以上に気をつけるように。良いな、グロリア」

「分かりました。室長」


 私は室長の言葉に神妙に頷き、それから自分の机へと向かった。


 国内最高峰の魔法薬研究機関であるこの研究室は少数精鋭で、私を含めてメンバーは10名程。その仕事は国内外から送られる薬草の効能を調べ、様々な魔術をかけて新たな魔法薬を開発すること。私達が開発したレシピを元に市中の魔法薬師達が魔法薬を調合し、市民に販売する、という流れだ。


 今日も、薬草とにらめっこし、魔術をかけては変化を調べることを繰り返す。昼休憩を挟んで研究に没頭すれば1日なんてあっという間に過ぎてしまう。終業の鐘を名残惜しく感じつつ、研究室のみんなと片付けを済ませ、研究室のドアを開けようとすると、そこで研究室の扉が規則正しく3回叩かれた。


「リーベル夫人はいらっしゃいますか?」

「まあ、だ……リーベル騎士団長。どうされたのですか」


 突然現れた夫の姿に、思わず「旦那様」と言いかけて、慌てて言い直す。一方夫の方はみんなの前だからか、至極真面目な表情のまま予想外のことを言った。


「いや、特に用事では無いのだが……珍しく時間通り業務が終了したから、迎えにきてみたんだーーその、同じ場所へ通っているのに私達は行きも帰りも別々だろう?」


 確かに旦那様の言う通り、私達は同じ王宮の中に職場があるにも関わらず、いつも別々の馬車で職場へ通っている。……というより、旦那様の仕事が不規則過ぎて、行き帰りの時間が一緒になった試しがないのだ。


「つまり、もうお帰り? それも一緒に帰れるのですね」


 そのことを理解し、私は同僚達の前であることも忘れて、思わず顔がにやけてしまう。結局、私は若干同僚達に笑われつつ、旦那様と共に馬車止めを目指すことになった。






 王宮は広く、研究室から正門近くの馬車止めまでは歩いて10分以上。とはいえ、旦那様と歩けるならその時間さえ貴重だ。ウキウキしながら歩いていた私だが、騎士団の訓練所の近くまで来たあたりで、急にがっしりとした体格の男が私達の前に立ちはだかった。


「ロビン・リーベル。貴様に決闘を申し込む!」


 古くから剣と魔法の国として知られるこの国において、決闘は正義を実現する正当な手段として今なお認められている。正々堂々戦うのであれば、自分より上の立場の者へ挑戦することも許されると聞いたことがある。とはいえ突然の決闘の申し込みに旦那様はやや驚いた様子を見せつつ、私を背に隠すように半歩前へ歩み出た。


「ダニエル・ロンペール。何が目的だ? 騎士団長の座か」

「それも欲しいが、それ以上に欲しいのはグロリア姫、貴様の妻だ」

「わ、わたしですか!」

「えぇ、グロリア姫。フレール家の天使殿。あなたはこの男の甘言に騙されているだけなのです。わたくしめがあなたを不幸な政略結婚から救って差し上げます」


 思わず素っ頓狂な声を上げる私に、ダニエルと言うらしい騎士は気味の悪い笑みを向ける。旦那様はそんなダニエルを射殺さんばかりに見据えた。


「我が妻を賭けるだと……そんなこと認められると思うか?」

「では断るか? 騎士団長ともあろうものが、一介の騎士の挑戦を? ハッ、所詮貴殿の覚悟はそんなものかーー」

「そんな! 卑怯よ」

「卑怯ではありません。我々の世界では強さこそ正義なのです。さあ騎士団長? どうします?」

「貴様……」


 突然の騒ぎにわらわらと騎士団員達があつまってくる。いくつもの視線を浴びる旦那様を見て、私は覚悟を決めた。


「……分かりました。私は旦那様を信じます。決闘を受けて下さい」

「待ちなさい、グロリア! 万が一私が負ければ……」

「信じると申し上げたでしょう? 勝って下さい。勝って……ロビン様こそ私の旦那様にふさわしいと見せつけて下さい!」

「だがグロリア……分かった」


 私の言葉で旦那様も覚悟を決めたらしい。旦那様は、私の頭に手を伸ばしてポンポンと撫で、それからおでこにキスをくれる。


 それから旦那様は人だかりの中心へ、歩いていった。


 いつの間にやら剣が飛んだりしても危なくないよう魔術師が結界を張り、見届け人も用意されていた。


「ただいまより、ロビン・リーベル卿とダニエル・ロンペール卿の決闘を行う。武器は貸与された模造刀のみ。勝負はどちらかが膝を折った時点で決することとする」


 見届人を買って出たらしい、初老の男性ーー騒ぎを聞いて来たらしい先代の騎士団長だーーが朗々と決闘開始の決まり文句を唱える。


「では……始め!」


 初老とは思えぬ重く強い声が広間に響く。同時に二人の騎士の剣線がぶつかりあった。


 ロンペール卿の剣はその体格故か、旦那様の剣とぶつかる度、ガキーィンという重く鈍い音を立てる。しかし、旦那様はその重い剣を難なく受け流していた。


 旦那様に挑戦するくらいだから、さぞ強いのだろうと思ったが、そこまでではなかったらしい。俊敏に重い剣の一振りを避けた旦那様が一瞬の隙をみてロンペール卿の剣を振り払う。ロンペール卿が慌てたような顔をしたところで、旦那様の剣は彼の眼の前ギリギリで止められる。誰が見ても勝負は決したようだった。


「旦那様……やっぱりお強いわ」


 安堵の声が漏れたのも束の間、ピシリと突きつけられた剣を見据えたロンペール卿が


「ククッ、これで終わると思うな! 貴様が死ねば姫の心も騎士団長の座も私のものだ!」


 と叫ぶと同時に、彼は隊服の内ポケットから小瓶を取り出して、地面に叩きつける。そして今まで腰に下げていた剣を抜き、旦那様の剣を振り払った。


「あの剣燃えてる! まさか魔法薬?! そんな反則でしょう?」


 魔道具の中には剣や盾に炎をまとわせることが出来るものがある。もちろん決闘の場での使用など認められるはずもない。


 私は見届人の前騎士団長へ決闘を止めるよう申し入れようとしたが、彼は静かに首を振った。


「ダニエル卿の行いは、紛うことなく騎士道に反する。その報いは後に受けるだろう。だがあなたの夫は騎士団長です。まだダニエルが膝を着いていないのに決闘を止めるのはロビンの利となりません」

「ーーそんな……」

「もっとも、彼はこれぐらいの反則、気にもしていないようだがね。見てごらん」


 前団長に促され、私は再び旦那様の方を向く。


 ロンペール卿が使っているのは使い慣れた彼の愛剣だろう。それも炎を纏っている。そんな圧倒的な不利な状況でも旦那様は冷静にロンペール卿の剣を捌いていた。


 いつまでも膠着する状況にじれたのか、ロンペール卿は再び隊服に腕を差し入れ、また何か取り出す。見覚えのある毒々しい赤い瓶に私は思わず絶叫した。


「今度は爆薬!? 嘘でしょう?」


 一瞬目を閉じてしまった私。しかし旦那様は脅威の跳躍力で冷静に小瓶をかわす。ドーンと派手な音がするが、旦那様は構わず、ロンペール卿の懐へ入った。


 流石に予想外だったか、一瞬怯んだところを見て、再び燃える剣を鋭い一振りで弾き飛ばす。ポーンと宙を舞った剣は魔術師が張った結界に当たり、魔術を無効化されて、炭と化した。


 一方ロンペール卿は、というと首元に模造刀を突きつけられ、その殺気にやられたのか、ついにヘナヘナと膝をついた。


「勝負あったな」


 その様子をみて全団長がつぶやく。それを聞いて私はパチリと指を鳴らした。


『草木達よ、力を貸して!』


 私が唱えた呪文に応じて、あたりの草木の蔓が一斉にロンペール卿のもとへ向かう。いくつもの蔓に縛られ、動けなくなった彼のもとへ、私は靴をならして近づいた。


「ひ、姫様。どうして私を? そもそもここは結界が貼られて……」

「魔術師団が認めた時以外の爆薬の使用は厳禁よーーだから拘束させてもらったの。それとね……私は陛下が認めた王宮の魔法薬師よ。植物に関する魔法については一家言あるの」

「そ、そんな……だからって結界を破るなんて……。それに私はただあなたをお救いしたいと、その一心で」


 今なおそんなことを言う、ロンペール卿に私は心底呆れ、彼を睨みつける。そして息を大きく吸うと、腹の底から声を出した。


「私の幸せは私が決めるわ! この大馬鹿者が!」


 私に一喝されたことで一気に勢いを失ったロンペール卿。隣にはこれまた随分と険しい顔の旦那様がやってきた。


「ダニエル・ロンペール。危険薬物の所持、無許可での使用。無論その責任は取るつもりでの所業だな」


 いっそ冷たいまでに淡々とした旦那様の声にロンペール卿はうなだれ、集まってきた騎士団員たちによってどこかへ連れて行かれたのだった。


 それから旦那様は集まった騎士たちも解散させる。それから、ようやく帰ってきた屋敷の玄関で、今度は旦那様に跪かれることになった。






「グロリア。こんなことに巻き込んでしまって済まない。自分の夫の座をかけて決闘されるなど気分の良いものではないだろう? 全ては私の責任だ」


 突然の旦那様の懺悔に私は目を白黒とさせる。確かに騎士団の長である以上、部下の暴走にも責任の一端はあるだろうが、なにもそこまで……


 そう言う私には旦那様は静かに首を振った。


「無論騎士団長としての責任も感じている。だが同時にそもそもあなたを妻としたこと。それ自体がこのような事態を招くことを予想していてしかるべきだった」

「私を妻としたこと……って、そりゃあ騎士団長と結婚すれば注目されますし……しかしこれは陛下の決めた結婚でしょう?」


 それこそ旦那様が責任を感じることでは無いはず。しかし旦那様はそこで先程よりさらに大きく首を振った。


「違うんだ。その……この結婚は私が望んだことだ。あなたのことをずっと想っていたんだ」


 そこまで一息に言うと、旦那様は大きく深呼吸をした。


「私はあなたの見つけた薬で命を救われたことがある」

「ま、まあそれは存じてますが……」


 私は5年前に、一定周期で冬に大流行する病の特効薬となる薬草を見つけたことがある。これが私の魔法薬師としての最大の功績であり、この若さで要職を頂いている理由だ。ついでにダニエル、とか言う騎士が私に執着していたのもそれが原因だろう……


 旦那様もまた、この病にかかり、そしてローセルメア草を使った薬で回復していたことは知っていた。


「最初は命の恩人を一目見たい、それだけだった。だが王宮で見たその魔法薬師はまるで女神のように美しい人だった」

「そ、それは美化し過ぎでは。私わりとどこにでもいる顔ですよ」

「その上、あなたは稀代の魔法薬師という重い名前を背負わされてなお、生き生きとしていて、それは楽しそうに薬師の仕事をしていた。リーベル家の長男、ということの重みに耐えかねていた私にとってはそれがひどく眩しかった。最初は憧れだったのが恋に変わるのは一瞬だった」


 美形の、それもタイプど真ん中の人に自分への恋慕を語られる。私はその状況に体温がどんどん上がるのが分かった。


「でも、フルール家の女性は王家に近い家や国の要職にある男に嫁ぐ掟。リーベル伯爵家の長男、という肩書はあなたの妻には少し足りない。だから私は手に入れることにしたんだ、騎士団長という肩書を」

「お待ちになって! まさか私の妻になるためにその若さで騎士団長に!?」


 想像していた順番と逆だった。そのことに驚き私は声を上げる。


「ああ、そうだ。あなたの夫になれるなら、どんなことでも出来ると思った」

「でしたら……でしたらどうしてその……私に手を出されないのですか?  寝室こそ一緒ですけど、口づけすら式の時以来……」


 一度もしていない、という言葉は口に出来なかった。まさか、結婚してみたら思ってたのと違ったとか……


 急に暗い考えがよぎる私。しかし次の旦那様の言葉がそんな考えをとんでもない方角へ吹き飛ばした。


「それは……この結婚は陛下が決めたものだからーーあなたからしたら10も年上の男に無理やり嫁がされたようなものだ。だからそういうことはゆっくりの方が良いと思って。それにあなたとその……夫婦の行いをすれば、あなたの朝の日課に支障が出る」

「どうして朝起きれなくなるのが決定事項なんですか!?」


 私は先程までと違う意味で顔を真赤にした。


 それは置いておいて、本当に私達はもっと話し合うべきだった。そもそもお互い忙しすぎるのがよくない。うん、そうだ。


 そう考えながら、私は旦那様の方へ一歩踏み出した。


「旦那様?」

「はい」

「確かにフレール家の娘の結婚相手は陛下がお決めになります。でも王家が憎まれないよう私達の希望は結構聞いてもらえるのですよ」


 過去には恋仲にあった平民の薬師と結婚する! と言い張った結果、その薬師を秘密裏に公爵家へ養子入りさせるなんてことすらあったらしいーーそれはさておき。


「私の出した希望は、『真面目で努力家、優しくて穏やかな年上の方』です。ロビン様はその条件にピッタリ当てはまります」

「それこそ過分な評価だと思うが……自惚れても良いのか?」

「えぇ、一目お会いした時からずっとお慕いおりました」

「そんな……私も愛している。グロリア!」


 感極まったように、私を抱きしめる旦那様。私をすっぽりと包み込むぬくもりを堪能してから、私は上目遣いに旦那様と目を合わせた。


「でも……折角ですから償いはお願いしましょうかしら?」

「つ、償い? あぁ、もちろん、私に出来ることなら何でもするが……」

「言いましたね?」

「あぁ、何でもする」


 そうは言ったが、何を頼まれるのだろうか? そんな内心も見え隠れする旦那様の表情に私は耐えきれずフフッと吹き出した。


「ごめんなさい! 意地悪するつもりじゃなかったの。償いは……休暇をとっていただきたいのです」

「休暇?」

「えぇ、確かに勤勉な人がタイプですが限度があります。私達、もうすぐ蜜月も終わろうというのに一緒に外出したことすらほとんどないじゃありませんか? だからもっと一緒に過ごす時間が欲しいんです」

「な、なるほど……」

「もちろん私も重責を頂いておりますから、そう長くは休めませんがーー1週間ぐらい? 一緒に蜜月休暇をとって、どこか旅行にでもいきませんか? そう! 蜜月旅行です!」


 そう言いながら私は少し楽しくなってきた。山脈の向こうの国で生まれた蜜月旅行の文化は我が国にも浸透し始めている。1週間ぐらいなら騎士団長が休暇をとっても罰は当たらない筈だ。


「分かった。確かに私達は蜜月らしきことを何もしていない。すぐには無理だと思うが、ダニエルの件が片付いたら、蜜月休暇を取ろう。約束する」

「絶対ですわよ! 絶対」


 私の言葉に頷くと、旦那様はもう一度私のことをギュッと抱きしめるのだった。






「しかし……本当に行き先がリーベル領で良いのか? まあ1週間で行ける場所は限られるが、にしてもーー」

「いえ、リーベル領が良かったのです。よく考えてみれば、私旦那様のご領地に行ったことがありませんでしたから」


 なんとも大騒ぎだったあの日から1月。ようやく私達は約束通り1週間の休暇を合わせて取り、蜜月旅行へと向かっていた。


 行き先は王都から馬車で1日程の距離にあるリーベル伯爵家の領地。


 もちろんすでに隠居されている旦那様のお祖父様とお祖母様、それに領地を守ってくださっている親戚の皆様への挨拶も兼ねている。だが日程の内、数日は美しい湖畔にある、というリーベル家の別荘を使わせてもらうことになっている。

 社交も仕事も忘れた、完全に夫婦のための時間だ。


「それに私は旦那様とゆっくり過ごせる場所が良かったのですーーこんなものも持ってきましたから」


 私は旦那様の隣へ移動して、脇においていたカバンから茶色い小瓶を取り出す。私が趣味で調合した魔法薬だ。


「それは……?」

「体力を回復させる効果のある、滋養強壮の魔法薬です。これをあなたに渡す意味ーー分かっているのですよ」


 耳元で囁く言葉に、一瞬固まる旦那様。が、すぐに小瓶の栓を抜いて一気に中身を煽る。そして唇を少し乱暴に拭った。


「旦那……様?」

「男をあんまり煽るものではない」


 いつもの旦那様っぽくない仕草に、私は首を若干かしげる。すると旦那様の親指が私の唇をなぞり、それから深い口づけが角度を変えていくつも降り注いだ。


 甘い時間を堪能する私。


 ちょっぴり愛が重いところのある旦那様を煽るのは本当にやめた方が良い、ということを理解するのは別荘に着いたあとのことだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] グロリアさんを賭けての決闘シーン、ロビン様がすごくかっこよかったです。相手が騎士道に反するような卑怯な戦い方をしても、全然負ける気配がなかったですね。さすが騎士団長様! それはそうと、愛の…
[良い点] 騎士団長のロビンと魔法薬師のグロリアとの夫婦、グロリアの話から、甘くて仲の良さが伺えますね。 どこか不穏な気配もあるなあと思っていたのですが、いきなりの決闘のシーンに緊張感があって、はら…
[良い点] 流石、騎士団長! 戦うシーンが圧倒的に強くて格好よかったです……♡ 強い人が好きな人の前でとびきり甘くてキュンキュンしました。 煽っちゃうところがかわいい……♡ 10歳も年上なのも余裕があ…
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