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魔王様に嫌われたいっ!  作者: 四月一日
5/5

迷子になりました

 恐ろしいことに、魔王はみんなに慕われていた。城で働くメイドや遣いの者たちに魔王のことを尋ねると、みんな口を揃えていうのは『感謝の言葉』だった。どうやら魔王は、行き場を失った者たちや、力や立場の弱い者たちを拾い上げ、この城で仕事を与えているらしい。それこそ人種や種族の差別も無く、みんなが平等に、等しい立場で働いている。だから魔王は、この国の人たちにとってヒーローのような存在であるようだ。


(私がイメージしてる魔王像とはかけ離れている………っ!!!)


 魔王のことを知り、より確実に嫌われる為に色んな人に話を聞いて回っていたが、得られるものは予想に反した情報ばかり。これではどうにも調子が狂ってしまう。私が想像していた魔王とは、もっと野蛮で乱暴で残酷で、悪という悪だったのに。この魔王は、全てその逆を行く。


(ゲームでもこんな設定だったっけ………?)


 ふと、現実世界でのゲームの魔王のことを思い出そうとしたが、正直王子様以外眼中になかったせいで、はっきりとは思い出せなかった。まあそもそも、魔王はゲームの中では敵対する勢力のボスだ。主人公サイドとは違って、あまり深掘りされていなかったせいもあるのだが。


 私は、朝食を終え、魔王への花束のサプライズも失敗し、すっかり暇を持て余していた。攫われてきた身でありながら、城での扱いは余りにも自由で、暇だ。特に何かする事がある訳でもないし、かといってまた魔王に何かしようとも、朝から空回ってばかりで少し気疲れしている。ちょっとだけ休みたい、そんな気分だ。せっかくの夢の中なのだし、魔王にばかり気を取られていては勿体無いというもの。


「姫様、どうかされたのですか?」


 私が何かやることを見つける為に廊下をウロウロと彷徨いていたものだから、1人のメイドさんがそう声を掛けてきた。尖った耳と、口元から覗く牙、紫っぽい肌の色。改めてこの城には、様々な種族がお互い何の違和感を感じることなく普通に過ごしている。魔王のことは置いておくとして、やはりとてもいい国なのだろうとは思う。


「ちょっと暇で………。何かお手伝いできることはない?」

「そんな………!姫様に何かさせようだなんて、無礼に当たります!とてもお願いなんてできません!ああでも、もし誰かが私の代わりに今から裏山で山菜を採ってきてくれた

ら………。でもそんな、とてもとても姫様には………っ!」

「裏山で山菜採り!?楽しそう!行ってみたい!私にやらせてくれないかしら!」


 駄目よ駄目よ、なんて首を激しく左右に振りながらも、そのメイドさんは手に持っていたカゴを私に差し出した。メイドさんには山ほどのタスクがあるようで、この山菜採りを私に任せたら、正直嬉しいなあという気持ちと、姫という立場にある私に仕事の手伝いをお願いするのは………という気持ちで激しく葛藤しているようだ。私からすれば、本来は姫でも何でもないから彼女のことを無礼だとは思わないし、暇が潰れて丁度いい。私はカゴを受け取り、城のすぐそばにあるという裏山の場所を簡単に教えて貰うと、そのまま城を飛び出した。普段のデスクワークに比べたら、山で山菜取りなんて全然楽だ。


 しかし、この数時間後には、私は自分の行動を激しく後悔することとなるのだ。













「………よし、これくらいでいいかな」


 カゴの中は、目一杯の山菜。晩御飯に使うと言っていたこれらは、夢の中とはいえ現実の世界の山菜とそう見た目は変わらないようだった。とは言え山菜採りなどした事がなかった私は、メイドさんから借りた山菜図鑑を右手に、何度も写真と見比べながら摘んだものなのだが。山菜採りは思った以上に暇潰しになって、魔王のことで空回っていた気も安らいだように思う。そろそろ帰らなきゃと立ち上がった時、ふと何か視線のようなものを感じて体が固まった。


(なに………、この違和感………。誰かに見られてる………?)


 木が生い茂って陽の光すら届かない、薄暗い向こうから、何か気配を感じる。その気配は、身を隠しながら警戒するようにこちらを睨んでいるように思えた。こちらからは姿が確認できない謎の気配は、私にとっては恐怖以外の何者でもない。


(そういえばここはゲームの世界………。何か襲ってくるような敵がいてもおかしくない………!)


 現実での治安の良さにより、完全に平和ボケしていた。ここはゲームの世界だ。見たこともないような魔物や悪党が襲い掛かってきても不思議ではない。あのメイドさんの話によれば、裏山は深くまで行かなければ危ない動物とかもいないから大丈夫だと言っていたが、山菜採りに夢中になって深いところまで来てしまっていたのだろうか。


(と………、とにかく逃げなくちゃ………!)


 あんな奥の方からただジッとこちらを見ている存在なんて、決して私にとって良い存在ではないことは確実。となれば、急いでこの場を離れるべきなのではないだろうか。戦う術など無い私には、それしか選択肢が無い。私は、恐怖で竦む足に気合を入れて立ち上がると、そのまま一心不乱に走り出した。


 右、左、左、右。とにかく、めちゃくちゃに走ったと思う。この時の私は、裏山から出て城へ帰るという思考より、得体の知れない何かから逃げなくちゃ、という思考でいっぱいだった。走っても走っても、背後に感じる謎の気配は消えない。それどころか、こちらのスピードよりも上回るスピードで、徐々に距離が縮まっているようにも感じる。


(どうしよう………っ、もう体力が………!)


 元々そんなに運動神経がいいという訳でもなく、社会人になってからはすっかり運動する機会も減っていた。無いに等しい体力はあっという間に底をつき、私はついにその足を止めてしまったのだった。


 走るのをやめた体で、急いで後ろを振り返る。しかし、相変わらずその追っ手の姿は見えない。後をつけられているのは確実なのに、こうも頑なに姿を見せないのは何なのか。気配はある。決して気のせいなんかじゃない。


(一体誰だか知らないけど………、女だから何もできないだろうと思って舐めてるんだ………)


 私が怯えた様子を見せるから、相手が余計につけ上がる。高校生の頃、下校中に知らない人に後をつけられたことが頭を過ぎる。大きな事件や被害にはならなかったけど、あの時の恐怖と、力の弱い歳下の女性を狙うという卑劣な行為への怒り。それが今再び沸々と火を付けて、私を駆り立てた。


「コソコソついてきてんじゃないわよ!!このド腐れ野郎が!!!!!」


 そして私の精一杯の虚勢は、山全体に響き渡ったのではないかと思う程に木霊した。勿論こんな威勢は演技で作り物のハリボテだ。本当は体が震えるほど怖いし、誰か助けに来て欲しいとも思っている。早く城に帰りたい。この状況から脱したい。ただそれだけだ。


 無事に帰る為には、こうして怯えて逃げ惑うよりも、相手を威嚇して『ただのか弱い女じゃねぇぞ』という所を見せ、追い返すのが1番近道なのではないか。そう考えての、必死の虚勢だった。これが正しいかは、この後の展開による結果論でしか分からない。正体不明の相手は、これに怯んで立ち去るかもしれないし、逆に神経を逆撫でして襲ってくるかもしれない。ただ1つ言えるのは、この状況において私がどんな行動や選択を取ったとしても、後は運でしかないということだ。


(さあ………、出てくるなら出てきなさい………!!!)


 ここまできたら、腹を括るしかない。そうして、ガサガサと物音を立てる方を睨む。ゴクリと生唾を飲み込み、ぎゅっと拳を固く握る。さあ………、早く………、正体をあらわしなさ…………


「ニャァ…………」

「へ…………」


 姿を現したのは、全く予想していなかったものだった。真っ黒な毛並みに、金色に光る鋭い瞳。リアルでも何度も見た事がある、愛らしい黒猫の姿があった。人の言葉が通じる相手どころか、熊や狼といった恐ろしい動物ですらない。ただの猫だ。謎の視線の正体は、猫だったのだ。


「猫相手に怒鳴った私って………」


 拍子抜けして、ぺたんとその場に座り込む。状況を知らない猫は、呑気に私の元へと歩み寄ると、人懐っこく膝の上に乗ってきた。憎たらしいこの黒猫は、私の膝の上からカゴの中を覗き込み、何か食い物はないかと言わんばかりに中身を漁っている。しかしそれを止める気力すら、私には残されていなかった。


「よかった………、ただの猫で………」


 この野郎、という気持ちもあったが、きょとんとする可愛らしい猫の顔を見ていると、とても怒る気にはなれなかった。人間というのは、猫や犬といった可愛らしい動物には誰しも弱いものである。私もまさにその1人で、猫の顎をワシワシと撫でると、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。身の危険が迫るような動物や魔物じゃなくて、本当に良かった………。


 しかし、そう安心したのも束の間のことだ。私には次なる問題が降りかかっていた。


「ここ………、どこ………?」


 一目散に山の中を逃げ回っていたせいで、ここがどの辺りなのか、自分の位置がさっぱり分からなくなってしまっていた。どこから走ってきたのかも、城の方角がどっちの方にあるのかも分からない。辺りを見回したって、広がるのは木、草、花。変わらない景色が延々と続いていて、位置や方角を把握することができない。そもそもここは夢の中の世界で、私には土地勘など一切無い。


(ど………、どうしよう………!!)


 正体不明の何かに追われるよりも、よく分からない場所で迷子になり、山で遭難しているこの状況の方がよっぽど命の危機なのではないかと、私はそこでようやく事態を把握したのだ。

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