憎き魔王とトイプードル
目が覚めた時、先ず視界に映ったのは、余りにも豪華な装飾をあしらった天井。天井なんて、こうして寝転んでいる時くらいしか、故意に上を見上げなければ目に映らないところなのに、こんな所にまで悪趣味な装飾を施すとはどれだけ金の使い道に困っている奴なのだろうか。なんて呑気なことを考えている余裕が、私にはあった。何故ならこれは夢の中なのだと即座に理解したからだ。
ムクリと起き上がって、寝ぼけ眼で辺りを見回す。うん、やはり私の部屋ではない。まず部屋の広さが私の家何個分だというデカさだし、そこかしこに置かれている壺やら像やらが明らかに私の趣味ではない。ってか私が寝てるこのベッドが、私の家のリビングの広さと同じくらいありそうで若干凹んだ。
ゆっくりと足をベッドから下ろして立ち上がる。手も足もあって、指も五本ある。特に拘束もされていない。強いて気になる点を挙げるとするならば、ジャージだった筈の私のパジャマが、真っ白なネグリジェに変更されている。どこで着替えた?まあ夢だから細かい部分に突っ込んだら負けか。
そんなこんなで、部屋にあった鏡台の前に立つ。自分の姿を確認したかったからだ。そして鏡に映る自分の顔を見た瞬間、私はようやく目が覚める思いだった。だってそこに映っていたのは、間抜けな私の寝顔じゃない。
「あのゲームのお姫様だ……………」
綺麗に輝く、薄いピンク色の長い髪。ちゅるちゅるのウェーブされたその髪は、いつもの私のパサパサの乾燥した髪ではない。マツエクも何もしてないのに天然の長い睫毛に、寝起きでありながらリップを塗ったかの様なプルプルな唇。大きな瞳から覗く、澄んだサファイアのような眼差し…………。間違える訳がない。寝る前にプレイしていた、あのノベルゲームのヒロインだ。何度も王子様との恋路を邪魔され、魔王に攫われてしまうお姫様そのものだったのだ。
「…………転生モノか」
そして私は、1人呟いて納得した。あのお姫様に転生している夢か。これは実に面白い。この手の小説なら、幾つか読んだ事がある。その小説の主人公たちは、転生した身でありながらいくつもの困難を切り開き、大体はハッピーエンドで物語を終えている。大丈夫だ、何も案ずる事はない。そう思案しながら、鏡の前であの名ドラマのイケメン俳優兼歌手のポーズをしながら突っ立っていると、
「目が覚めたか」
背後から突然低い声が聞こえてきて、びくりと肩を震わせた。振り返るまでも無く、その正体が鏡に映し出されている。私の背後に立つのは、憎きあの男。
「魔王様…………」
「姫。よく眠れたか」
私のこの一方的な感情のことなど露知らず、魔王は私の身を案じていた。ここに現れたのが魔王ということは、ここは魔王の城であるということ。そして姫は、あのゲームのお決まりのように攫われて、今に至る………といったところか。強引に攫っておきながら、よく眠れたかなどと、どの口が入っているのか。どうせこれらは全て夢なのだ。日頃の恨みを晴らすが如く暴れまくって、「もう姫など2度と攫うものか」と魔王に思わせるくらいのことをしてやる。そして目覚める前に王子様と再会を果たし、その暁には…………!
「眠れるわけがないわ。私は寝る時に100匹のトイプードルがいないとよく眠れないの。覚えておきなさい」
「なに………?100匹のトイプードルだと………?」
魔王を困らせたくて、よく分からない嘘を吐く私。途端に魔王はその仏頂面をピクリと引き攣らせ、眉間の皺を濃く刻んだ。ああ、怒っている。今魔王は確実にイラっとしている。何故なら、攫って来た捕虜にしてはこれ以上無い待遇、豪華な部屋で眠らせて貰ったというのに、この姫は更に無理難題な我儘を言い出したのだ。私が魔王だったらキレてるね。
「分かったら、今晩からは必ず100匹のトイプードルを用意して下さる?」
「…………………」
さあ、何て返事を寄越すだろうか。内心ほくそ笑みながら、魔王からの言葉を待つ。これには流石の魔王も呆れて何も…………、
「すまない。俺としたことが、お前のことを何も理解してやれていなかった………!」
「え?」
「すぐにでも100匹のトイプードルを用意しよう。なんなら101匹用意しよう」
悔しそうにする魔王は、決して私の我儘に苛立っている訳では無く、私に言われるまで配慮が足りていなかったことに気付けなかった自分自身に苛立っているようだった。いや、誰もそんな配慮思い至らないよ。100匹のトイプードルが必要になりそうだから用意しなければなんて、AIでも予測できないだろう。
魔王は何処からかメイドさんを呼び付けると、すぐにトイプードルを用意するように命じている。対して私は、魔王に代わって悔しさでこのネグリジェを引き裂きそうだ。この魔王………、私の意地悪が通用していないだと………!?
しかし、まだ夢は始まったばかり。きっと毎日寝坊寸前の私のことだから、まだまだ目は覚めない筈。だったら、この時間を最大限使って魔王に嫌われるべくやりたい放題し放題パケ放題してやろうではないか。そうすれば魔王はお姫様のことが嫌いになり、お姫様を攫わなくなる。イコール、お姫様と王子様の恋路を邪魔するものがいなくなり、2人は無事に結ばれて国に平和が訪れ、争いは無くなり、生命が誕生し、大地は轟き、風は靡き、海は荒れ…………
「姫、腹は減っていないか。朝食を用意した。一緒に食事にしよう」
「………よ、よかろう」
せっかく用意してもらった食事を、食べない!と我儘で断ってやろうかとも思ったが、グーと空腹により鳴く腹を誤魔化すことは出来なかった。よく分からない返事と共にスタスタと部屋を出るが、当然食事を摂る部屋の位置など分からないので、後から続いて出て来た魔王にナチュラルに手を取られた。
「こっちだ」
「………は、はい………」
魔王と言えば、野蛮で強引で、お姫様の気持ちなど無視して攫っては自分のものにしようとし、色んな町や人を襲う極悪人だ。………と、そう思っていたし、私以外の人も同じようなイメージを持っている人が多いのではないだろうか。どんな漫画やゲームでも、魔王というキャラクターは悪者に描かれるし、絶対的な悪を作り出すことで、主人公たちに感情移入しやすかったり、物語を盛り上げることができるものだ。しかし、私の手を引いて前を歩く魔王はあまりにも紳士的で、
(なんか…………調子狂うなぁ………)
そうして私はこの魔王と共に、優雅で豪華な朝食にありつくのであった。