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10話 鈍った腕。

 





「数15!内岩場の中に6!」


 ソウ達が岩場を降りた後に、上に残った特殊部隊員が敵の数を伝える。


「聞きましたか?少なくとも三人ずつは一人で相手をしなくてはなりません。

 脇に散っている敵は特殊部隊員を信じて無視しましょう」


「問題ない。ソウこそこんな所でヘマするなよ?」


「ルガー。聞きましたか?私達の強さをジャック中佐に教えてあげましょうね」


 その発言に、もちろんルガーは困った。


「見えました。向こうは斥候のくせにヤルみたいですよ?余程ジャック中佐が弱く見えるのですね…」


「いや、黒髪の男が体格の割に弱そうな顔をしているから甘く見ているんじゃないか?」


 二人が冗談を交わしている。

 お互いを…いや、この三人で負けるのならば仕方ないと、覚悟を決めているのだ。

 ソウに至っては純粋に相手を舐めているだけの可能性もあるが…

 いや、命にシビアなソウに至って、戦場でそれはないだろう。


「中佐は左を!ルガーは右を!もし魔法が飛んできたら私を盾にしてください。弓なら自分でどうにかして下さい!」


「任された!」


 コクンッ


 固まっていては囲まれる、三人は敵を迎え撃ちに向かった。


 足腰の鍛え方が違うソウとルガーが先行して接敵する。


「くそっ!やはり実戦から遠ざかり過ぎたな」


 出遅れたジャックは悪態を吐きながらも、熟練の軍人並みの速さで敵に辿り着く。


 帝国軍の剣は剛の剣。小手先の技術よりも一撃に重きを置いた剣である。

 走り込んだ速度を殺さずに、問答無用で連邦兵を斬りつけた。


 ザシュッ


「ぐはぁっ!?」


「つ、強い!」


「そいつはどうもっ!」


 一太刀で殺す事は叶わなかったが、継戦不可の傷は負わせられたはず。

 そう手応えを感じたジャックは、無防備に感想を述べる敵に狙いを変えて斬りかかった。


 ビュンッ


「くっ!」


「ちっ!うぉぉおっ!」


 実戦から遠ざかっていたジャックは距離感を誤り、寸でのところで剣を躱された。

 敵が動かなくなるまでは動き続けるのが帝国流。ジャックは間を置かずに、剣を斬り返す。


 ギャンッ

 カランッ


 その剣に相手が剣を合わすも、膂力で優るジャックの剣が相手の剣を弾き飛ばす結果となった。

 ジャックも軽装だが、相手も斥候部隊なのだろう。金属鎧は装備していない。


「まっ『待たん』て…え」


 ザシュッ


 命乞いの間も与える事なく、無防備を晒した連邦兵の首を斬りつけ、その命の灯火を消す。


「きぇぇえっ!!」


「おらあっ!」


 ギャリンッ


 そんなジャックの背から掛け声と共に敵が斬りかかるが、ジャックは冷静にそして力強く剣を迎え打った。

 合わさる部分から、鉄の金切り音が鳴る。


 お互いが一度間合いを取り、一呼吸後、再びその間合いを詰めた。


「フゴッ!?」


 剣を再び合わせた時、ジャックは相手の鳩尾に蹴りをお見舞いした。

 今まで戦地では相手が金属鎧の為、終ぞ使う機会が無かったこの技。

 軍学校時代イェーリーにこれをやられっぱなしで、いつかやり返そうと思っていたが、それは最早叶わぬ事。

 それをこの場で出した。


「うぉぉおっ!」


 掛け声と共にその剛の剣が敵の胴体に振るわれる。


 ボギッ


 その剣は相手の革鎧を断つことはなく、腕をへし折るに留まった。


「がぁぁっ!?」


「血糊か…今、楽にしてやる」


 どうやら先の二人を斬りつけた事により、斬れ味が落ちていた様だ。

 そんな事も忘れていたのかと、少し反省したジャックは、剣先を敵の首に吸い込ませた。


「ふぅ…」


 予定の三人を殺した事で、ジャックは呼吸を整える。そのジャックを影が覆う。


「なっ!?」


「ジネェェッ」


 最初に戦闘不能にしたはずの敵が剣を振り上げていた。

 一度呼吸を外していたジャックは、対応が遅れてしまう。


「ぐぼっ!?」


 慌てたジャックが剣を握り直す前に、その敵の喉から黒光している剣先が顔を覗かせていた。


「油断しないでください。まだ岩場に敵兵が潜んでいます」


「悪いな。助かった」


 ソウは剣を振るい、敵兵を横にさせる。

 ジャックは素直に、短くも謝罪と感謝の言葉を口にした。


「ルガーは?」


「特殊部隊に案内させて、岩場に隠れている敵の処理に向かわせました」


「行かなくていいのか?」


「ジャック中佐。剣を握ると馬鹿になる呪いに掛かってませんよね…?ルガーの強さであれば一人で十分でしょう。むしろ私が中佐の側を離れたらみんな不安になりますよ」


「そんな呪いは知らんな。今回は全部ソウに任せているから聞いただけだ。じゃあ終わりだな」


 ジャックのその言葉に、ソウは事の他安堵していた。

 高官が剣を振るう事が、こんなにも心臓に悪いのかと、改めて思っていたのだ。

 誰であれそうなのかと考えるが、心臓に悪いのは恐らくジャックだけだろうと結論付ける。

 そんな事を考えて暫く、ソウの視線の先から何名かの特殊部隊員達とルガーが戻って来るのが見えた。


 ソウ達三名と特殊部隊は、漸く帰還の途につけるのであった。











 side連邦軍。


 地鳴りの様な声が、漸く朝を迎えようとしている静寂を壊す。


「な、何事だ!?」


 漸く慣れてきた天幕暮らしに、唐突な終わりを告げるその声を聞いて、連邦軍の一人の指揮官が声を上げた。


「報告します!帝国軍、砦から出陣の模様!」


「き、きたかっ!よし!予定通り、防衛陣を敷け!」


「はっ!」


 先の戦で、数の利を活かし、割合では損害を抑えた完勝だった。

 その結果、連邦軍指揮官達に急な事態でも落ち着きを持って対応させていた。

 自軍は敵軍に対して数の利がある。たったそれだけであるが、戦争に関してそれは多大な意味を両軍に与えていた。





 カンカンカンッ


「後退の合図だ!下がれ!」


 後方から聞こえる鐘の音は後退を告げていた。

 これも想定の範囲内である為、指揮官達は落ち着いて指示を出した。


「まるで猪だな」


「言い当て妙ですな。帝国兵は獣と同一。我々の様に知性ある行動は取れますまい」


 前方に位置するところで、連邦軍の指揮官達は好き勝手に話をしていた。


 しかし・・・


 カーンカーンカーンッ


「停止の合図?」


 ここに来て漸く、自分達の想定外の出来事に遭遇する。


「前方が押しているのやもしれませんな!猪突猛進だけが取り柄の帝国軍も、知性ある我等の兵達に技術で負けておる様子。素晴らしいですな!」


「…停止の命令だ」


 殆どの指揮官がこの特殊な地形に前方の確認は取れなかった。故にその勘違いをしたまま、足を止めての交戦を指示した。

 中には急に作戦を変えた事に疑問を持つ指揮官もいたが、隊列が伸びていて、道は唸っている。前後の確認も碌に取ることは出来ず、ただ鐘に従う他なかった。









 その頃、連邦軍中央に位置する司令部は混乱の中にいた。


「報告します!殿部隊半壊!恐らく敵魔法部隊によるものかと!」


 報告を聞いた、連邦軍の総指揮官はすぐさま停止を指示して、事態の情報を集める事に専念した。


「報告します!やはり攻撃魔法によるものです!被害拡大!死者、負傷者確認出来ません!」


「大規模魔法…一部隊ではあるまい…恐らく百や二百ではきかない人数の魔法部隊とそれを護衛する一個師団はおるな…」


 報告を聞いて、敵の戦力を予想した指揮官は、これ以上の後退は無駄に戦力を減らすと考えた。

 もちろん兵を敵と刺し違えるつもりで送り出せば、突破出来るとは思っている。

 その損害と現状を天秤にかけているのだ。


「狼煙を上げるのだ。後方の部隊に敵の殲滅を指示しろ」


「はっ!」


 後方にはまだ五千の兵を温存している。

 虎の子の五千だが、出し惜しみしている場合ではなくなったのだ。

 敵が一個師団であれば、数は凡そ三千から五千。

 援軍が交戦に入り次第下がって挟み撃ちすれば、容易く退けられるだろうと、作戦を練った。


「前方は防衛を徹底させろ。帝国に好きな様にやらせるな」


「はっ!」


「…しかし、どうやって我らの後ろを取った?」


 敵は多くとも五千。

 しかし実際には二十人に満たない。

 この間違いがどう影響するのか。

 そして援軍はいつくるのか。


 全てが後手に回った戦場で、数の有利は覆った。

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