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9話 あくまでも護衛。

 





「報告。ここから半刻の距離、連邦軍後詰がやって来ます」


 ソウに報告したのは特殊部隊員の一人。


「わかった。逃走ルートの確保を」


「はっ!ご武運を」


 部下に指示を出したソウは、ジャックへと向き直った。


「聞いての通りです。やはりまだ連邦は兵を用意していました。この部隊を簡単に合流させる訳にはいきません。

 私達のここでの最後の仕事ですね」


「なるほど…足が止まった連邦軍に増援という士気向上の一手を打たせないということか」


「はい。向こうは足を止めて帝国軍と応戦しています。しかし、後ろから増援が辿り着ければ、すなわち後ろは安全という事。再び下がるでしょう。これ以上下がらせると無理な後退手段を取る可能性が高くなります。

 そうなるとルガー一人ではどうしようもありません」


 ソウの目的は生き残ることだが、北軍の目的は早急にこの防衛戦を終わらせて本拠地へと急ぎ戻る事だ。色々と条件がある。


「今度は私達が挟まれる番です。ジャック中佐にも頼りますがよろしくお願いしますね?」


「なんだ。やっぱり剣が振れるんじゃないか」


「違います。中佐にはご自慢の・・・・」


 ソウの作戦を聞いたジャックは自信がなかった。

 しかし、散々馬鹿にして来た事に繋がる。いや、自慢して来たことか。

 何とかうまく行けと願うジャックだった。












「見えました。今度は足止めではありません。出来るだけ損害が出る場所に撃ってください」


 ソウの視線の先には、先程までとは逆の方向からやってくる連邦軍の姿があった。

 その数凡そ五千。

 20や30の人を殺す、又は行動不能にしたところで、後ろに敵のいない大軍を止める事は難しい。

 今回はそれなりの損害が必要だとソウは考えていた。


 蒼白い閃光が連邦援軍に向かう。


「次弾用意」


「わかったっす」


 久しぶり声を出したルガーが再び集中した。


「なるべく塊になっている所へ撃って下さい」


 コクンッ


 今度は魔法発動の為、軽い頷きで応えた。


 ルガーの身体が白い光に包まれる。魔法発動の兆候だ。

 ソウが見てきた他の魔法使いは、全身が光に包まれる事はなかった。その光の強弱が魔法の威力に繋がっているのではないかと考察しているが、自分にはどちらも脅威にはならないと、その考えを頭の片隅に追いやった。


 ドーーーンッ


 かなりの距離はあるが、ルガーの魔法はソウの思っていた所へと寸分違わずに着弾した。


「大慌てですね。よくやりました。今晩はご馳走様ですよ。さて。我々は少し下がりましょうか」


「はいっす。楽しみっす!」


 ここにジャックはいない。今は別行動中の為、ルガーは普通に話せているのだ。


 そんなルガーを伴い、ソウは来た道を少し戻っていく。









「あそこに当てれば…ここに転がる…はず?…ええい!やってみなければわからんっ!」


 ソウ達と別行動を始めたジャックは、一人岩と睨めっこをしながら悩んでいた。

 どうやら岩が何かに関係しているようだが…


「別に道を塞げと言われたわけではないんだ。行軍の邪魔に少しでもなればいい。…よし。やるぞ」


 悩んでいた事を吹っ切り、ジャックは集中し始めた。


「吹き飛べっ!」


 白く光るジャックの両手から蒼白い魔法が岩へ向けて放たれた。


 ドガーンッ


 若干道に迫り出していた高い所にある岩に、魔法が直撃した。

 魔法が当たった後も岩はそこに健在だ。


「くそっ…狙いのモノが大き過ぎたか?」


 迫り出しているとはいえ、ジャックが魔法で狙った岩は、横四メートル高さは二メートル以上もあった。


 パキッ

 バキッバキッ


「ん?…まずいっ!」


 ドーーーンッ


 上から聞こえた音に反応して、ジャックはその場を飛び去った。

 といってもジャックは空を飛ぶ事はできない。五メートルほどその場から離れたジャックが目にしたのは、先程まで自分がいた(ばしょ)に落ちている大岩だった。


「…危なかったな。流石に笑い事では済まされん。だが…目的は達したな。後は魔力が尽きるまで頑張るか」


 あくまでも100mくらいの幅の道に四メートル程の岩が落ちただけだ。一つ程度であれば邪魔にはならない。だが、大軍の行軍であればそれは確かな障害に変わる。


 この砦と連邦を結ぶ道は、大蛇の魔物が通って出来たと言われている。

 その所以は道は曲がりくねってはいるが、その幅が一律であることにある。

 つまりここを通る大軍は、道幅いっぱいに広がって通る事が通常であった。

 特に数的有利である連邦軍は、道一杯に広がって移動する方が、利点は多い事だろう。


 そこに道幅からすればわずかである落石。普通の人には邪魔にならなくとも、きちんと整列している隊列には一々邪魔となる。それは特に撤退時には大きな障害となるだろう。



 そんな理由からソウに岩を魔法で落とす様に命じられたジャックは、粛々と作業を熟していった。








「終わりましたか?」


 帝国に向かっていたソウと、連邦に向かっていたジャックが合流したところだ。


「本当はもう少しやりたかったが、魔力切れだ。しかし言われた程度にはやったぞ」


「ありがとうございます。援軍はやはり止まりません。今は一時立て直しの為に足を止めていますが、恐らく四半刻もすれば、隊列を組み直してやってくるでしょう」


「そうか。もう出来る事は…『ないですね』…。よし。撤退するぞ」


 ジャックの言葉に頷いた二人。

 三人は特殊部隊が待つ場所へと向かった。










 少し前、北軍が開戦の雄叫びを上げた時に戻る。


「混乱していますな」


「うむ。ここまでは予定通りである」


「向こうが立て直す時にどうなるか、ですな?」


 北軍が突撃していくのを、少し高さのある移動式の台の上で見守るのは、ディオドーラ将軍とサザーランド副将軍だ。バハムート師団長は第三師団を纏める為に戦場に立っている。


「サザーランドは余裕そうであるな?」


「ははっ。私はあの二人をかっていますからな。エルメス大隊長は優秀です。ソウ少尉も。しかし、優秀さよりもソウ少尉は何かやってくれる雰囲気がある。私の経験上で理由はないですが、確信しておりますな」


 カンカンカンッ


 連邦軍の方から鐘の音が聞こえる。


「答えはすぐに出るであろう。儂もあの二人に託した。なんでもいい。結果さえ出してくれれば」


 ディオドーラ将軍は、今回の事が皇帝の怒りに触れることなのか、それとも…

 そんな事ばかりが思考を支配していた。

 それもこれも、この様な場面は長い軍歴の中でも存在していない出来事であったからだ。

 将軍は責任を負わされる立場であり、もはやそれくらいしか出来る事はない。

 自身が目をかけた部下達に全てを任せ、後は結果(戦場)を見つめるのみ。

 その視線の先で、いくつもの連邦軍旗が立ち上がった。





 砂塵が舞う。遅れて衝撃音がディオドーラの元まで届いた。


「やりおった…」


「まだ止まりませぬな」


「これだけ長い隊列だ。もう暫くは下がるだろうが、必ず止まるであろう。それ程の衝撃であった」


 ルガーが放った魔法が、戦場の空気を変えた。

 作戦の一部を聞かされていた指揮官達は、この出来事を確認した後、自軍に檄を飛ばした。

『帝国の策に連邦が嵌まった!勝機は我等にあり!』

 と。


「むっ!防御陣ですな。あれは硬い」


「うむ。しかし、あれは連邦側に手立てがない事の証左。全軍に伝令っ!『今が勝機!一人一つの首を取って参れ!』」


 まだ帝国軍が大きく動き出す前に、矢継ぎ早にディオドーラ将軍は指示を出した。

 戦場の最高指揮官自ら指示を出す事は滅多にない。

 しかし長年の戦場暮らしがディオドーラ将軍に、自然とその声を出させた。


 早朝の出陣の時以上の雄叫びが所々であがる。

 帝国軍も連邦軍も夥しい血が流れた。









「こちらです!お急ぎください!」


 特殊部隊の一人が、岩の上から身を乗り出してソウ達を呼んだ。

 その声と表情には焦りの色が出ている。


「どうした!?」


 駆け寄りながらソウが問いかける。


「連邦の斥候が迫ってきています!その後ろからも一部隊が!」


 その声を聞いてソウは後ろを振り返るが何も視界には映らない。

 しかし特殊部隊員がそう言っているという事は、間違いないという事。

 すぐに隊員がいる岩場に駆け登ると、敵の確認をする。


「どれだ?!」


「あそこですっ!」


 隊員が指すのはここから死角になる位置だった。そこをソウが凝視すると時々何かが道をよぎった。


「追ってです!速度はわかりませんが、恐らく我々とそう変わらないかと!」


「まだ距離はあるな?」


「はい。ですのでジャック中佐は特殊部隊と共に帰還してください」


 確かにまだ敵とは距離があった。

 しかしそれは目で見える距離。捕捉されたからには追ってくるだろう。足場が悪い中、後ろから何かしらの手段で攻撃されると、いくらジャックに剣の覚えがあろうが無力である。

 もちろんそれはソウにも言えること。ならば敵の数はわからずともここで戦う方がマシだと、ソウは考えて上官に指示を出した。


「馬鹿いえ。ここで迎え撃つぞ」


「馬鹿はそっちでしょう!ルガーの魔法はもう暫く使えないのですよ!」


「だからこそだ。ここでソウとルガーを失えば、俺には何も残らん」


「目的が残るでしょうがっ!早く行ってください!」


 尚も居残ろうとするジャックにソウが部下に命じる。


「ジャック中佐を連れて離脱しろっ!」


「えっ…」


 流石の鬼教官の言う事でも即答出来ない事はある。その一瞬の逡巡の間に答えは出た。


「もう遅い。来たぞ」


「なっ…仕方ありません。特殊部隊の者は飛び道具を使う相手にのみ牽制を。我々は降りて戦います」


 ソウが全てを言い終わる前に、ジャックが岩場を降りて行った。

 その背に溜息を零しながら、ソウも後を追うのであった。

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