8話 傾く。
夜、恐ろしい程の静寂と闇に包まれた岩場に、ソウ達の姿はあった。
「気をつけて下さい。次の足場は少し脆くなっています」
「わかった。敵はいないな?」
「はい。綺麗な星空と不毛な岩場しかありません」
ソウ達の装備は革鎧である。
重く移動に適さない金属鎧は置いてきた。音がならないという点でも、この選択しか無かった。
「それにしても特殊部隊の足取りは軽いな」
「訓練の賜物ですね。彼等の事も将軍達にはちゃんと報告してあげなくてはなりませんね」
「当然だ」
岩場を進むソウとジャックの周りには、二人以外にも十人以上の仲間がいた。
ソウの鍛えた特殊部隊員達だ。
彼等の訓練は多岐に渡り、その中には岩場でのモノもしっかりと組み込まれていた。
そんな彼等のサポートもあり、ソウ達は順調に先へと進む事が出来たのだ。
「報告します。ここより先、敵影無し」
順調に進んでいたソウ達に、特殊部隊員の一人が報告に訪れた。
「よし。では、道に出れるルートの確保をしてくれ。我々はここで待機している」
「はっ」
特殊部隊員は足場の悪いここでも、音をたてる事なく姿を消した。
そんな彼に指示を出したソウは呟く。
「忍者…」
「ニンジャ?なんだそれは?」
「人々の憧れですが、本人は決して人前に姿を現す事のない人達の事です」
何か違う。しかし、ここにそれをつっこめるモノは存在しない。
「一先ず、夜明けまでまだ時間はあります。それまで休む事にしましょう」
「そうだな。柄にもなく少しワクワクしているよ」
「大物ですね。私はビクビクしていますよ」
「…寝起きで肉をあれだけ食べた奴の言葉ではないな」
ソウは最後の食事にするつもりはなかったが、訪れたバハムート師団長の差し入れの肉を大量に食べていた。
バハムート師団長は『もし』の可能性が高いと思っていたが、ソウの食べっぷりを見て、その考えに頭を振った。
そんなソウがビクビクしているはずも無く、ジャックの隣からは二つのスースーという寝息がすぐに聞こえてきたのだった。
「「「オオォォオオー」」」
地鳴りの様な雄叫びが遠く離れたソウ達の耳にも届いた。
「時間です。行きましょう」
「よし。連邦を食い破ってやろう」
少しの休息を挟んで、ソウ達は連邦から砦に向かう為の道を視認出来る距離までやってきていた。
砦側からは帝国のモノか連邦のモノかはわからないが、開戦を知らせるには充分な報せが届いた。
すぐに道に出た後、左右を確認する。
「両側に敵は居ません。味方も見えませんが」
「特殊部隊員が上手くやってくれる事を祈ろう」
「そうですね。私達は私達の役目を果たすだけです」
ソウとジャックに普段のふざけた雰囲気は一切感じられない。
ここで一つミスをすると自分達の命はない。その緊張感がそうさせていた。
「ルガー。頼んだぞ」
コクンッ
この作戦の肝はルガーにある。そのルガーは普段通りに見える。
ソウ達は砦に向かい歩を進めた。
暫く進むとソウの視線の先に連邦軍の殿が見えた。
旗の種類から、重要人物はいないと確認が取れた。
「良かったです。連邦軍のお偉いさんはどうやら真ん中にいそうですね」
「そうだな。これで後方にいたら向こうは死に物狂いでこちらに向かって来てしまうからな」
ソウ達は見ての通り少数である。いくらルガーが一騎当千の力を有していようとも、なりふり構わず突っ込まれれば、その数の差から敗北は必至だった。
しかし、指揮官や司令官が伸び切った隊列の中間にいるのであれば、その行動を遅らせる事は可能だ。
ソウ達帝国軍の勝利条件はここに来ている連邦軍を叩く事。
具体的には、ここから帝国を攻める事敵わずと思わせた上で、本国に撤退させる事だ。
「ルガー。三割です。三割削りましょう」
コクンッ
三割。基本戦争では、その軍の死傷者が三割を超えると敗戦濃厚とされている。
三割居なくなると軍が軍として機能しなくなるからなど諸説あるが、前世でも今世でもその原則はあまり変わらないようだ。
「三割は無理だろう?向こうが四万なら一万二千だぞ?」
「無理なのは分かっています。ですが攻撃しているのはこちら側だけではないのです。むしろ数を減らす本命は向こうにあります」
「合計でって意味か。一瞬ソウが戦闘狂になったのかと思ったぞ」
「そんなモノにはなりませんよ。こちらには近づけないと思わせればいいだけです。ルガー。兎に角派手にやって下さい。近づくモノは私とジャック中佐に任せて、ルガーは魔法に集中して下さい」
本来であればソウ達がいる所に肉の壁を建てて、連邦軍の逃げ道を無くそうと考えていた。しかしそれは前述の通り成功率が低い。
結果、ソウ達は少ない人数での肉の壁を買って出たのだ。
勿論その肉の壁は連邦軍の幻に過ぎない。
どれだけ長く連邦軍に幻を見させられるかが、この戦の鍵を握っていた。
ソウ達は場所を岩場の上に移していた。理由は高い位置からの方が見通しが利くからである。
「動きました。ルガー。最初はど真ん中に特大の奴をお見舞いして下さい」
ソウの視線の先には、こちらへと後退してくる連邦軍が見える。
その先頭の真ん中に向けて、先程から魔力を溜めていたルガーが魔法を放つ。
蒼白い閃光が、何も準備できていない連邦軍に炸裂した。
着弾地点からは、砂煙に少量の血煙が混じったモノが上がる。
この狭い道の横幅全てに砂煙が舞い、ソウ達と連邦軍双方の視界を塞いだ。
「では、移動しましょう。ルガーは私がおぶります」
連邦軍は明確な目的があって下がっているわけではない。不測の事態が起こればそこで足が止まる事は織り込み済みであった。
その為、ルガーには初撃は出来るだけ派手にと命じていた。回復に時間が掛かっても、連邦も足を止めている。仮にそれでも連邦軍が足を止めなくとも、この大軍であればいくらも進まないうちにルガーの魔力は回復する見込みだった。
そして魔力は何もしていない時の方が回復する。それゆえにソウがおぶって移動しているのだ。
「次はここからにしましょう」
移動地点は先程の場所から連邦国側に徒歩10分程の場所。又も道の脇にある高い岩場の上である。
「どれくらい足止め出来ると思う?」
「連邦軍は大軍です。それもこの狭い戦場で。
隊列はかなり伸びていて、指示を出すにも時間が掛かり、動くのにも止まるのにもまた、時間が掛かります。反対側では帝国軍の猛攻を受けている事でしょう。その結果次第ですが、恐らく四半刻も経たずに再び撤退の合図があるかと」
前門の虎か後門の狼か。連邦は30分経たずにまたも後退を選択した。
「次は最低二発は立て続けに撃ちます。調整は任せました」
コクンッ
ソウの指示に頷いて応えたルガーは、再び魔法を発動させた。
先程の半分ほどの威力。とはいえ、ここは広い戦場ではない。この狭い戦場では十分すぎる程の威力を発揮した魔法は、先頭集団を弾け飛ばした。
そしてすぐさま。
「恐らく今回はこれだけでは止まりません。次弾の用意を」
コクンッ
土煙りが全て落ち着く前に、連邦軍は後退してきた。
そこに再び連邦軍へと死が迫ってくる。
ドーーーンッ
重たい音が辺りに響き渡る。
ソウ達のいる位置からは、連邦軍はアリの様に見える。そのアリの一部は四肢を分断されながら中空へとその身を投げ出された。
連続しての死の恐怖に、ソウ達側の連邦軍は浮き足立った。
爆心地は地面が陥没して、吹き飛ばされた大地が魔法の直撃を避けた連邦兵の身体に穴を開けている。
遠くからでもその異様な光景に足が竦む。連邦兵の心を砕くには十分な結果だっただろう。
再び足が止まった連邦軍。その足は最初とは違い、長くその場に留まることになった。
どさくさに紛れてさらに連邦国側に移動したソウ達は、先程の戦果と今後について話し合っている。
「50くらいは減らしました」
「そうだな。正確な事はわからんが、20は即死しただろう。それ自体は焼け石に水だが・・・」
「ええ。恐怖は伝播したはずです。その数は計り知れません」
実際の被害は大軍である連邦軍にとっては痛くはない。
しかし、士気という面で見た時に、何もできず、何もわからずに死ぬというモノはかなりの効果を及ぼした。
「もう戻るのか?」
「いいえ。まだです。仕上げが残っています」
ジャックはソウの作戦を全て聞いていない。理由は剣を振る事に集中したいという、指揮官としてはあるまじき考えだ。
それもソウに全てを任せたから。ジャックの心は剣を振りたくて仕方ないのかもしれない。
「漸く俺の出番か?」
「まさか。ジャック中佐には安全だからこっちに来てもらったに過ぎません」
「なんだと…」
ソウはこの作戦が失敗に終われば、このメンバーと特殊部隊で逃げるつもりだった。短い期間ではあるが、自身が育てた部隊員を少なからず助けたかったのと、故郷の掟のせいで世界を知らずに育ったルガーに色々なモノを見せたかった。そして、この気が置けない男に、どうしても死んでほしくなかったのだ。
「その話は後で。今はこの作戦の成功の為に動きます。そろそろ来るはずです」
ソウが待っているモノとは・・・・




