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7話 量より質。

 





「という事だ」


 ジャックは最近では恒例となっている大隊の待機場所にて、ソウ達に軍議の結果を伝えていた。


「やはり…」


 その言葉にソウはわかっていたとばかりに呟く。


 元々時間を掛けたくなかったのは連邦側だったが、都市連合国が挙兵した段階で立場はグルリと変わっていた。

 そして今回の凶報。

 もはや帝国に一刻の猶予もなかった。となれば、強行策に打って出るのも時間の問題である。


「もはや避けられん。各自準備しておく様に」


 別にディオドーラ達の策をジャックは批判していない。

 代案がないのに否定する事は出来ないからだ。

 ましてや、帝国軍がこの方策を用いるのは決して間違いではないとすら思っている。

 問題は成功率にだけあった。


 そんな覚悟を決めたジャックの生気のない瞳に、各々は準備の為に何も言わず、その場を離れていった。

 しかし、その場に残る者が一人。


「ジャック中佐。それはどれくらい生き残れますか?」


「わかっていて聞いているだろ?」


 ソウもわかっている。殆ど失敗に終わる作戦だという事が。

 しかし、わかっているからこそ上の考えと照らし合わせたかったのだ。

 覚悟を決める為に。

 そんなソウの気持ちがわかっているのか、いないのか。ジャックはポツリと話し出した。


「北軍は…いや、帝国は負ける。この流れは嫌というほど見てきた。

 反対の立場でな」


「……」


 戦場に流れる空気とも言えるかもしれない。

 今の帝国軍内に漂う雰囲気は、敗戦の色を帯びて見えていた。


「ふぅ…仕方ありませんね」


 ジャックはまだ諦めてはいない。しかし、死地に飛び込む覚悟を決めた目は、すでに死んでいるように見える。

 そんな者達ばかりの軍内でただ一人、生きる事を諦めていない目をした者が、別の覚悟を決めた。


「バハムート少将閣下の元へ連れて行ってください」


 そう告げるソウの瞳は、この血生臭い戦地には存在しない筈の、澄んだ瞳をしていた。

 もはやジャックにはその瞳に縋る他ない。いや、その視線に抵抗出来る気がしなかった。


「…こっちだ」


 ジャックもソウの考えを汲んだ。

 二人はもはや多くを語らなくとも、その考えがわかるようになってきていた。

『こんな筈ではなかった』

 そう語るジャックに

『使えるモノは、親でも使え。ですよ』

 そんな普段の会話を無言で交わす二人の姿は、砦の中枢に消えていく。













 乾いた風が吹く。

 風化により脆くなった表面が、その乾いた風により砂を舞わせる。

 朝日が昇る前。薄暗く、まだ静けさが支配している砦前に、ディオドーラ将軍の声が木霊した。

 それは連邦軍にとっての待っていたモノだったのか。もしくは死神の号令となるのか。


「全軍突撃ぃい!!」


 防壁に隠れる様に布陣していた南軍・北軍の混成軍が、その姿を露わにした。


 砦に残すは怪我人とそれを補助する人員のみ。

 帝国軍は津波の様に連邦軍を襲った。




 元々練度に少しの差があった両軍はさらに差が出る。

 帝国軍は死に物狂い。

 連邦軍は寝起きの頭が働かない状況。

 たった一度の衝突で、連邦側はすぐさま撤退を指示した。


 これは既定路線の一つ。

 帝国が捨て身の突撃を掛けて、自軍が押される事があれば、数の有利が働く場所まで下がる。


 人が多いという事は、単純に考える頭の数が多いという事。

 連邦が人の意見をしっかり聞ける国であれば、そういった数々の意見を精査して、様々な対策をしているのは自明の理。

 撤退時の罠なども用意されているだろう。


 それでも。それでも帝国には前に進む他、道は残されていない。


「進めぇえっ!!」


 帝国軍指揮官から怒声の様な指示が飛んだ。


「落ち着け!数的有利は我等のモノ!前は攻撃を防ぐ事だけを考えて、他は落ち着いて下がれ!」


 連邦軍指揮官から落ち着いた、しかし良く通る声が聞こえる。



 下がる連邦軍を追う帝国軍。

 簡易的な防護柵のような罠は気にせず突っ込む。止まれば自軍に踏み殺される。生き残る為には前に進むしかないのだ。

 そんな進み続ける帝国軍に対して、下がり続けていた連邦軍の足が止まった。


「我等に立ち止まるところなどないっ!突き進め!!」


 罠かもしれない。しかし、指揮官は上から命じられた『どこまでも連邦軍を追い続けろ』という、作戦も何もない指示に従う。

 帝国軍指揮官は兵に考えさせる暇を与えずに、矢継ぎ早に指示を飛ばした。




「報告します!連邦軍の足が止まりました!」


 報告を聞いたディオドーラ将軍は、ここにきて初めて獰猛な笑みを浮かべた。


「やってくれおったわ…」


「はい。しかし、向こうはたった三人と斥候隊のみ。相手に気付かれる前にこちら側で勝負を決しないとなりません」


「前の兵が疲れる前に前後を入れ替えよ」


 立ち止まった両軍ではあるが、帝国軍は少しずつ連邦軍を呑み込んで前進している。

 いくら強くとも実行しているのはただの人である。いくら死に物狂いであれ、腕が上がらなくなれば剣を振るうことも盾を持つことも出来ない。

 その疲れが溜まる前に消耗の激しい前列を入れ替えよと、ディオドーラ将軍は指示を出したのだ。


 そんな二人の会話にある出来事は、昨夜に繋がる。





 時は少し戻り、ジャックがソウを伴いバハムート少将の元を訪れた時。


「馬鹿な…死に行くようなものだ!それにそんな少人数で何が出来る!!」


 バハムート師団長は軍議後もディオドーラ将軍と共にいた。

 ソウの発言に対して、ディオドーラ将軍が止めるように語気を荒げて伝える。


「これは比喩でもなく、我々のみで一個大隊の戦果をあげられます。

 もちろん万をゆうに超す大軍に対して、所詮一個大隊の戦果です。閣下が命じたいくつかの大隊との力の差は歴然です。

 しかし、その作戦に穴がある事は閣下もご存知のこと。

 我等だけであれば、その穴は塞ぐ事が出来ると進言いたします」


「一個大隊…それは…」


「真実であります。証明するには場所も時間もありませんので信じていただく他ありません事を謝罪します」


 ソウの追撃の説明は、ディオドーラ将軍の理解の範疇を越えていた。

 その為、ジャックが信憑性をもたす為にソウに続いた。


「お二人を…いえ。北軍の次代を信じてみませんか?」


「バハムート…」


 尚もソウ達を諦めさせる案を考えていたディオドーラ将軍に、バハムート師団長が二人の背中を押す発言をした。


「彼等の言う通り、先程指示した作戦には穴があります。

 いくら闇夜に乗じるといっても5,000近い者たちの移動。連邦側に見つからないというのは雲を掴む確率。

 しかし、彼等だけであればその可能性は格段に上がります。

 失敗に終われば、私もあの世で一緒に謝ります。如何でしょうか?」


 バハムート師団長も自らが発した作戦が成功するとは思っていない。

 しかし、その少ない可能性に賭けなければ……拾えなければ、帝国に明日はない。

 二人の言っている事が本当であれば、それに賭けたい。

 頼られる筈の上官の自分が、部下に頼るのは憚れるが、この際自身のちっぽけなプライドなどクソ喰らえだと、この時の事を懐かしむ。バハムート師団長は、そんな幸せな未来がソウの瞳から垣間見えた。


「…良かろう。英雄となってこい」


「「はっ!」」


 覚悟を決めたディオドーラ将軍は、二人に命令を下した。








「それで?どうする?」


 大隊の元に戻ってきた二人は、今後のプランを話し合っていた。


「先ず、向こうに向かうのは、私と中佐、そして特殊部隊員です。こちらの指揮はレンザ大尉に任せます」


「死ぬならば中佐の代わりに。と、思っていましたが、私はお荷物になりますし、まだまだ死なないとお二人を信じています。

 第四大隊を任されました」


「レンザ大尉。ロイド曹長を側に置いておけ。現場の仕事は俺より熟知している」


 ソウの説明にレンザ大尉が不穏な事を告げたが、これもいつもの事なので、ジャックは気にせずに指示を出した。


「中佐を頼みましたよ」


「勿論です。勝って焼肉を奢ってもらうまでは死なせるわけにはいきません!」


「…冗談だよな?」


 ジャックの呟きはソウには届かなかった。


 レンザ大尉はソウの自信に満ちた返事を聞いて、自分に出来る事をする為に、その場を離れていく。


「さて。私達は早目に休む事にしましょう。二刻後にここで」


「わかった。久しぶりの前線だ。足を引っ張らない様に、しっかりと休む」


「本命もちゃんと休ませてあげてくださいね?」


「もう休んでいる。ソウも休め」


「いつも休んでいて羨ましいです。私もそんな生活が送れる様になりたいものです」


 二人は明日に備えて休む事にした。

 明日は命運がかかっている。

 ソウにとってはたった一つ。生き残ること。

 ジャックにとってはこの戦争に勝利すること。

 どちらの願いが叶うのか。はたまた両方の・・・


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