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6話 凶報。

 





「あっ…」


 ソウが声を漏らした。

 そのソウの視線の先では土煙が上がっている。


「魔法部隊か…思い切った策だな」


「ジャック中佐も知らされていなかったのですか?」


「恐らく他の師団長か大隊長の独断だろう。生き残れなければ、その損害は一兵とは比べ物にならん。

 恐らく護衛も無意味だろうから、案内と魔法使いだけで向かった筈だ」


 ドンッ


 その会話の合間にも遠くで爆発音が鳴り響いた。

 しかしそれはソウのよく知っている音と比べると、とても貧弱なモノだった。


「魔法使い一人につき、何人道連れにすれば割に合うのです?」


「20…いや、30人くらいか。役割が違うから正確には計れん。しかし、それくらいの価値を魔法使いは秘めている。希少という意味でもな」


 魔法を使う事は誰にでも出来る。その中で出来ることと出来ない事があるだけだ。

 しかし、そもそも使える様に教育する事が難しいのだ。

 帝国で魔法はいつの頃からか、貴族の専売となっていた。


 つまり、この作戦で死ぬのは貴族家かそれに連なる者という事。


「この様な死亡率の高い作戦に貴族である魔法使いを使って、貴族家から苦情は出ないのですか?」


「それも踏まえて思い切った策という事だ。だが、この作戦を実行した者は『そんな些事は終わってから考えればいい』と思ってやったのだろう。俺が指揮官なら同じ様に考えるからな」


「貴族一人の命で多くの民が助かるかもしれないのです。私も同じ考えですね」


 ソウは戦後の事を考えてそう答えるが、ジャックの考えとは違っている。


「それは違う。貴族の命は万人の民であろうとも釣り合いが取れない。

 貴族の命はたった一人、皇帝陛下の為に使われなければならない。

 つまり、この作戦を実行した指揮官は、ここでどうにかしないと帝国は潰えると思っているという事の証左だ」


「それには同意しますが…万人の、ですか?」


 ソウは後半の言葉には納得したが、前半の言葉には同意しかねていた。


「ああ。一万の民がいたとして、それを纏める者がいなければそれは個々であり、集団ではない。

 そんな者達は他の貴族が纏める集団にすぐさま一掃されるか、取り込まれるだろう」


「そ、村長とか、町長は平民でもなれます!」


「そうだな。しかし、万人を纏める事はできん。それだけの数が集まれば必ず反発する者が出てきて内部分裂するだろう。

 故に身分制度というものがある。

 自分達と格が違うと認識させれば、民は身を委ねる。

 そしてそのお陰で、他の大きな集団と渡り合える。

 気に入らんか?」


 たった一人、魔法使いを危険な場所に送り込んだ事が、身分制度という大きな話へと変わっていった。

 ジャックはソウの性質を気に入っている。

 しかし、この国で生きていくには異端だとも思っていた。その為、こういった機会に少しずつソウの考えを矯正しているのだ。


「気にいる気に入らないの話ではないと理解していますが……気に入りませんね。

 ですが、理解はしているので、大丈夫です」


「本当か?いずれソウにもこういった決断は迫られる。そこで間違うなよ」


 軍の魔法使いは貴族とはいえ、領地もなければ民もいない騎士爵だ。

 それなら下士官以下(へいみん)と同じでいいだろうと、ソウの表情はありありと告げていた。


 連邦に大きな動きはなく、その日も日は暮れる。









「お疲れ様です」


 先日と同じく、全体軍議から戻ってきたジャックを迎えた。ソウが労いの言葉を、レンザ大尉が水を手渡す。

 水を一口含み、喉を潤したジャックが話し始める。


「まず今日の戦果だが、連邦の陣を破壊する事に成功したようだ」


「おお。思っていた以上の戦果ですね」


「あくまでも作りかけの陣だがな。それでも向こうの作戦が遅れたのは事実だ」


 人を集めるにも、資材を集めるにも陣地は必要だ。

 魔法使いは連邦兵を狙わずに、作りかけの拠点を狙った様だ。


「輜重部隊でも襲えたら良いのですが…無理ですよね」


「ソウ少尉。何事も無理だと思えばそこでおしまいですよ?今は思い浮かばない、程度に心に留めておけばいいのです」


「はっ!」


教育(それ)はまたにしろ。ちなみにその魔法使いと案内役は戻ってこなかった。以上だ。俺は休む。今日の夜番はソウだったな。頼んだぞ」


 ジャックはそう告げると与えられた部屋へと向かっていった。

 話の通り、第四大隊での今夜の指揮官(せきにんしゃ)はソウだ。

 もちろん指揮官とは名ばかりで、異常事態が起こった時のジャックへの連絡係である。


「では、ソウ少尉。私も休みます。しっかりと勤めてください」


「はっ!お疲れ様です」


 翌朝まで、ソウの任務は続く。



 異変が起こらない限り暇なソウは、娘への手紙を書いて時間を潰した。


 そして日が明けて、ジャック達と入れ替わり、ソウは仮眠を取った。







 昼に目覚めたソウは、ジャック達と合流する為にここ数日いつも立っていた砦の連邦国側の一角に向かった。


 外に出してある椅子に腰掛けるジャックと、その傍らに立っているレンザ大尉を見つけたソウは、二人へと近寄る。


(ん?なんだ?雰囲気が…)


 疑問に思う事はあるが、聞いた方が早いと考えて、二人に声をかける。


「変わりは…ありそうですね。何があったのです?」


 ソウは二人の視線の先を追いかけるが、いつもと変わらない景色が広がるばかり。


「ここは昨日と差して変わらん」


 そんなソウにジャックが答える。


()()はという事は…まさかハーレバーで?」


「そうだ。一刻程前に、砦に早馬がやって来た。その後、将軍達に呼ばれ、報告を受けた。北部に都市連合国が攻めて来たと」


「…被害はわかりますか?」


 ソウにとっては対した覚悟は必要なかったが、ジャックにとっては状況により、その心境は大きく異なる。ソウが言葉に詰まったのは、問いかける相手であるジャックの雰囲気がいつもと違った為だ。


「まだわからん。これから続報が届くだろう。向こうの話はそれからだ」


 ジャックは気が気ではないはずだ。淡々といつも通りのやり取りを行ってはいるが、北部の状況により、ジャックの野望は打ち砕かれてしまう可能性があった。


 その野望は目的であり、亡き母に捧げた誓いそのもの。

 目的や目標が違うものの、同じく全身全霊を賭ける目的があるソウには、ジャックの気持ちが痛い程わかった。


 新たな報せが届いたのはそれから三日後の事であった。








「都市連合国が国境の砦を突破した。その数四万。それが三日前の状況であることからも、恐らく北部辺境伯領都ハーレバーに敵は到着している可能性が高い。

 それに伴ってではないが、より決意が固まった」


 あれから三日後。続報は届き、その内容は考えうる限り最悪なものであった。

 ディオドーラ将軍は、ジャック達高官に対して説明と報告をした後、次の様に述べた。


「連邦軍に総攻撃を仕掛ける」


 その言葉に息を呑む音があちらこちらで鳴った。


「もちろんただ総攻撃をしたところで、連邦が不利と思えば、向こうは以前戦った戦場まで引くだけだろう。

 向こうのやりたい事をこちらが先に仕掛けるのだ」


 その言葉に、将軍の傍らに居るバハムート第三師団長が後を継ぐ。


「つまりはこちら側から迂回して、連邦の背後を突くということになります。

 途中、連邦側に見つかれば、各個撃破もしくは一網打尽にされる諸刃の作戦と言えます。

 故に作戦が明るみにならないよう、迅速に進めます。今夜、早速ですが各師団から一つずつ大隊を準備させて、明朝までに迂回を終わらせます」


 ジャックはその言葉に北軍の終わりを見た。


 自分達より数の多い連邦側が、未だにそれを成し遂げれていないのに、自分達に出来るのか?

 そして難易度は遥かに高くもなる。

 理由は立地にある。


 連邦側の迂回ルートは、岩場が切れるまで真っ直ぐ帝国に向かえばいい。

 しかし逆側はそうはいかない。

 岩場を越えながら連邦軍を越えた先に出ないとならない。

 途中見つかれば、遠距離武器や魔法の良い的である事はどちらも変わらないが、帝国側のどこに出ても良い連邦軍とは難易度が大幅に変わる。


 岩場の先が連邦に敗れた戦場に繋がる事は知っているが、時間的にそこまでいく事は不可能。そして行けたとしても、そこがもぬけの殻である可能性はゼロに近い。


 そう瞬時に考えを巡らせたジャックの頭には、敗戦の二文字が浮かんでしまっていた。

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