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5話 籠城と奇襲。

 





「南軍の被害が分かった。死者二千、負傷者六千、内重症者二千八百だ」


 全体軍議から戻ってきたジャックが、第四大隊の軍議で報告をしていた。一割以上が死に、三割以上が負傷したことになる。


「負傷者の三千二百人は戦えるのですか?」


「いや、暫くは無理とのことだ。現在こちらの戦力は北軍一万二千と南軍一万一千になる。向こうも同等の被害はあるようだが、いかんせん元々の数が違う。未だ四万は健在との事だ」


 ソウの疑問に答えたジャックは、現実を伝えた。


「あれ?元々四万の軍勢でしたよね?」


「そうだ。しかし日が経つ毎に集まってくる後詰から人員が補充されているようだな。よって開戦時となんらかわらん」


 言葉で聞いても心が折れそうになる。

 これを目の前で見せられた南軍は、よく士気を保って戦ったと思う。

 改めてソウは連邦の圧倒的な数の力に、このままでは負けると強く思った。


「中央軍…ないし、他の軍からの援軍は見込めないのでしょうか?」


「既にそちらには早馬を出しているはずだ。まだ返事がないのか、俺達には知らされていないがな」


「当然ですね」


 援軍を頼む事も、確定していない事を伝えない事の両方に対して、ソウはそう返した。


「では、私たちは援軍が来る事を祈っての防衛戦ですか?」


「基本はその戦略でいく」


「基本?」


 ここまでソウとジャックしか話していないが、誰もいないわけではない。

 この二人に口を挟める者がここにはいないだけである。そんな多くの士官に囲まれたソウは、臆せずに話を続けた。

 自身の命が掛かっているのだ。手を抜くなど、聞きたい事を聞かないなど、ソウの中でありえない事だ。


「ああ。ゲリラ戦を行う」


「ゲリラ戦って…あの潜んで奇襲を仕掛けたり、罠を張ったりする?」


「それだ」


 確かに岩場は絶好の隠れ蓑になる。しかし、それだけに移動は困難で、見つかれば逃げ切るのは難しいとソウは考える。


「逃げ道は?」


「ない。見つかり次第、死に物狂いで帰還しろとの事だ」


「辞退します!」


 ここでも元気よく、軍人らしくないソウらしさ全開だった。

 しかし、これはソウのフライングに終わる。


「勘違いするな。行くのは俺たちじゃない」


 その言葉に、この部屋にいる者達から安堵のため息が漏れる。もちろん一番安堵していたのはソウである。


「良かったです。では誰が?」


「俺達…正確には殆どソウだが、俺達は王国戦で多大な貢献をしていると評価されている。

 今回はそんな戦功を欲していた所に白羽の矢が立った」


「ああ…文句ばかり言っていた人達の所ですね…数だけは居たので、当分その役目は回ってこないでしょう。安心しました。南軍はなしですか?」


「南軍のゲリラ部隊は無しだ。これ以上戦死者を出すと、南軍自体を維持できなくなるというのが理由だ。南軍からも立候補が後を絶たなかったらしいが、上がそう決めた」


 昨日までの友人が多く死んだのだ。どちらが良い悪いではなく、仲間の死を無駄にしないなどの弔う気持ちから立候補が後を絶たなかったのであろう。


 斯くして、帝国軍の方針は決まった。











 翌日、昼前にはすでに連邦軍の姿が砦から確認された。確認はされたが、かなりの距離がある。


「流石に無理攻めはしてこなかったですね」


「向こうとしても被害を抑えたいんだろう」


「南軍の犠牲は無駄ではなかったですね」


 連邦が慎重策を取ったのは、想定以上に先の戦場で被害が出た事が原因と見られた。

 帝国に余力は少ないが、それでもあるかもしれない援軍が来る前に決したい筈の連邦側としては、苦渋の決断だった事だろう。


「上手くいくと思うか?」


「…なんとも。これまでに実績がないので。あくまでも帝国軍の本領は、正面突破ですから。

 ただ、個々のレベルは決して連邦に劣ってはいません。それだけの訓練を乗り越えてきた事を自信にして、作戦を実行すれば…」


「わかった。厳しいという事だな」


 ソウにしては珍しく根性論を用いた。裏を返せば、それはジャックの言葉にあるように、厳しいという事である。


「ある程度の損害を与える事は可能でしょう。しかし、向こうの余力次第では焼け石に水となるかと」


「それでも何もしないわけにはいかない。…我慢比べか」


 ジャックの言葉にソウは頷きを返した。

 砦の前は幅100m程の道があるだけ。それだけを考えれば、砦に篭って防衛だけに注力していれば防げるが、事はそう単純ではない。

 進軍速度は落ちるが、こちらに出来るだけ近づき、陣を張って、そこから岩場を使い、砦を迂回する事が出来る。


 連邦はそれを狙っているのだ。


 いかに攻めづらい地形で、且つ攻めづらい砦であっても、前後を塞がれてしまえば万事休すとなる。

 後は兵糧攻めなり、無視して見張りだけ残して帝国内に踏み込むなりすれば、連邦の勝ちである。


 移動が困難な岩場であっても、一日程度の移動であれば出来なくはない。

 帝国軍はそれをさせない事が、この防衛戦勝利の条件となるのだ。


「それよりも大隊の布陣は問題ないか?」


「もちろんです。第一防壁、第二防壁はここから覗けます」


 砦はいくつかの防壁を擁している。石が積み上げられ、前方が浅い堀になっているのが第一防壁。そこを突破するには防壁間の狭い隙間を進まなくてはならない。


 第二防壁は一番外の第一防壁と違い、木製の屋根の上に瓦のような薄い石が敷き詰められている屋根がある。

 屋根の傾斜もそこそこある為、投石でも崩しづらく見える。


 さらに第二防壁の背後には四メートル程の高さの塀が存在している。この砦を正面突破する事は通常難題になる事だろう。


「…少なくないか?」


配備された自分の部下の数が少ない事にジャックが気付いた。


「はい。任せられたので少な目に配置しました」


「何故だ?」


「防衛戦で守る方は、長丁場を想定します。安全度の高い最初の内から多くを配置すると気の緩みが出ます。それはやがて隊全体へと伝播することでしょう」


 常に緊張感を持てる人数を考えての配備だ。

 一度切れた集中力は中々戻らない。では切れさせなければいいと考えたのだ。


「ソウはやはり大物だな。普通は恐怖から多めに配備したくなるものだ。

 一応聞くが、ソウならこの砦をどう攻略する?」


「無視して迂回しますね。それが出来なければルガーを使い防壁を破壊します」


「…向こうに反則(ルガー)がいれば、だな」


 言った本人であるソウも、聞いたジャックも、相手にそんな存在が居ない事を祈った。

 少し祈るのが遅い気もするが、こればかりはどうしようもない事だった。










 夜、その日の軍議が終わり、戻ってきたジャックにソウとレンザ大尉が近寄る。


「お疲れ様です。どうでしたか?」


「流石に二人も気になるようだな」


「命が掛かっていますからね」


 情報は武器であり防具にもなる。そして鮮度も重要だ。


「残念ながら戻ってこれたのは半分だった。向こうの被害も同数程度だ」


「そうでしたか。それなら狭い此処を利用して正面から当たった方が良いかもしれませんね」


「ソウ少尉は、それをしても連邦がまともに当たると?」


「待て。その話は明日にしよう。将軍方も同じ様な事を考えているから問題はない」


 二人が話せば長くなる。

 激動の防衛初日を終えたばかりで、早く心を休ませたいジャックは、話を切り上げた。


 良い話であればジャックも話したかっただろうが、目立った戦果はない。それどころか、また大切な防衛戦力を失ってしまった。

 数の力の前では、時間が経てば経つほど不利になる事はわかっていたが、それを目と数字で理解させられると心に来るものがあったようだ。


 防衛戦初日は静かに幕を閉じる。

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