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4話 多方面戦争、開戦。

 







「都市連合国方面に多数の軍勢あり!!」


 帝国北東部のとある砦に急報が訪れた。

 ここは元ハーレバー王国と都市連合国を繋ぐ国境付近。そこに築かれていた砦を、王国を落とした後すぐに帝国が増築・補強していた場所である。


「第一警戒体制に移れ!北軍本体に伝令を出せ!いや!中央軍にもだ!」


 ここを任されている北軍の将校が矢継ぎ早に指示を出した。


「報告!軍勢は連合国軍!その数四万!」


「くそっ!こっちは四千もいないんだぞ!外に出ている兵を集めろ!近くの村や町にいる者も全てだ!援軍が来るまでここを死守する!」


 帝国軍は10倍以上もの敵に善戦した。

 しかし、三日と持たずに数の暴力により、砦は落ちる。











 時を同じくして。


「始まったみたいですね」


 ソウの視線の先には一筋の煙が天高く伸びていた。

 開戦の合図の狼煙だ。


「どれくらい持つ?」


「さあ?二日…三日持てばやはり帝国軍といった所でしょうか」


 こちらも数では倍程度劣っている。そして向こうはまだ全力ではない。

 もちろん帝国も全力ではないのだが、疲弊している国内から搾り出せる戦力は少ない。


「兵を休ませろ」


「いいのですか?南軍の方達から白い目で見られるのでは?」


「構わん。それで()()の戦に備えられるならな」


 ジャック達は南軍の負けを前提として動く様だ。

 負け戦で最も大変なのが撤退戦。下がる自軍を誘導し守りながら向かってくる敵を食い止めなくてはならない。

 ジャックの指示は、その時の為の休息であった。








「驚いた。南軍に配属されていたんだな」


 ソウが気軽に話しているのはギース・ハルトマンである。

 広い砦の中で部下に指示を出していたソウが、その仕事を終えて戻ろうとしたところ出会した。


「はっ!少尉にはお世話になりました!」


 普通の新兵であれば、中央軍での調練の後に配属される。

 しかし、軍学校を卒業した者達には別の道が示される。そんな道が偶々南軍のここ。砦勤めだったのだ。


「やめろよ。誰もいないだろ?」


 辺りに他の者の姿はない。二人きりの場面であれば今まで通りに話すと約束をしていた。


「…そうだな。久しぶり。ソウは援軍として、か?」


「ああ。良く言えば援軍としてだな」


「ははっ。相変わらずな様で安心したぜ」


 北軍が罰を受けている事は、帝国軍内では有名な話だ。それを揶揄して『良く言えば』とソウは告げた。


「ハルトマン大佐は北部に残っている。残念だったな」


「父上の事はどうでもいいな。それよりも!妹が世話になったみたいじゃねーか!言えよな。水臭い」


 ソウの残念という言葉には二つの意味が込められていたが、ハルトマン少年にはわかる由もなかった。


「ああ。あれか…忘れていたんだ。ギースの妹さんだけじゃなく、他にもいたしな」


「ああ。それも聞いたぞ。後、『漆黒の騎士』様の話もな!はははっ!」


「やめてくれ…あの話は殆ど創作だ…」


 軽口を叩けと言っていたが、ソウには揶揄われる話が多すぎた。

 そんな少しの後悔と喜ばしい再会などがあった時を越えて、やがて重苦しい空気が辺りを包み込み出した。










「三千以上ですか…」


 この二日での戦死者、重症者の数だ。


「連邦側は数の有利を活かした戦法を着実に積み重ねているようだ。

 こちら側が奇を衒った策を弄しても、向こうは釣れなかったようだな」


「多少の損害はお構いなしですか…横綱に横綱相撲を取られたら勝てませんね」


「ヨコヅナ…?」


 ソウの時々漏れる前世ワードをジャックは拾うが、ソウはいつも通りスルーした。


「明日、動きます」


「俺もそう思う」


「私もです」


 ソウ、ジャック、レンザ、三人の考えが一致した。


「取れる戦法は限られていますね。恐らく帝国軍()()()個の力をぶつけるでしょう」


「そうですね。夥しい数の戦死者が出そうです…」


「両軍ともにな」


 総当たりすれば損耗は激しくなる。そして最後まで立っているのは総合力の高い方。

 それが明日行われると三人は考えたのだ。


「…最後にもう一度確認します。お二人は逃げないのですよね?」


 ソウが心底残念そうに二人に聞いた。


「俺の目的を知っているだろう?それは逃げて叶うものじゃない」


 ジャックがそう答え


「私はエルメス中佐と共にありますので。ソウ少尉はお好きにしたらいいですよ?」


 レンザ大尉は、ジャックのいるところが自分の居場所だと答えた。


「…二人を置いて逃げれませんよ。必ず生き残りましょう。その為に無駄死には許しませんので」


「おい。まさか降伏させないよな?」


「時と場合によります」


「……」


「降伏したとしても、その場合は必ず中佐の目的が叶うようにしますので。それにまだ負けていません。勝てなくとも負けなければいいのです」


「…まぁ…それなら。悪いな。ソウには大口を叩いたが、死地が近づいてしまったな」


「それはどこにいても同じです。仮に故郷の山にいようとも、帝国が滅びれば、ただの村人である私なんてすぐに蹂躙されてしまいます」


 ジャックは軍に誘った事を謝るが、ソウとしてはどこにいても同じなら、選べるだけここの方がマシだと答えた。


 三人は覚悟を決め、この日の晩餐は少し豪華なモノになった。

 ただ一人、よく分からずに食事を楽しんでいる者もいたが。












 翌日の昼過ぎ、砦に伝令が駆け込んできた。


「報告!帝国軍敗れる!撤退する所以、迎えに来られたし!」


「これより撤退戦に移る!各自持ち場に移動!他の者は我に続き南軍を迎えに行くぞ!帝国は不滅である!直ちに立て直し、連邦に鉄槌を下す!行動開始っ!」


 伝令を受け、ディオドーラ将軍が大声で指示を飛ばした。

 南軍の現状は不明。しかし、砦が残っている限り、帝国内に連邦が踏み込む事は出来ない。

 ソウ達は南軍の撤退を補助する為に足を動かした。





「報告!前方に南軍発見!すぐ後ろには敵が迫っている模様!」


 砦を戦地に向けて進軍していた北軍に、偵察に行かせていた斥候が報告に戻った。


「軍を左右に展開!南軍が通り抜けた後、壁となり、敵を止めるのだ!」


 これ以上撤退してくる味方に近づくと、自軍が道を塞いでしまう。

 その為、邪魔にならないここで待ち構える事に決めた様だ。

 ディオドーラ将軍の指示に、北軍五千が左右に展開する。

 道幅は100m程。道の両端それぞれに横十人程の列を作り、布陣が完了した。




 布陣が完了すると、ソウ達からも南軍が見えた。

 正確に言うと、遠くの方に上がる砂煙が見えたのだ。


「ちゅ、中佐はお下がりください!」


 ソウ達第四大隊が布陣する場所にやってきた伝令が伝える。


「構わん。これでも剣には多少の自信はある」


「は、はっ!ご武運を!」


 去っていく伝令を見送ったソウは呟く。


「一度は言ってみたい言葉ですね」


「言えばいい。ソウならこれからいくらでもその機会は訪れるだろう」


「言ってみたいということは言えないと同義語です。私は後方勤務に精を出します!」


 ソウの呟きを拾ったジャックだったが、返ったきたのは想定通りの言葉だったのか、笑みを返すだけに留めた。


 この時、伝令の言葉に従い下がった北軍高官はいなかったと後に知る。






「良くやった!」「後少しだ!」「頑張れ!」


 北軍内から、足元も覚束ない南軍に向かい、激励の言葉が自然と出てくる。

 彼等は自分達だ。帝国に負けはない。許されていないからだ。

 そんな彼等南軍は数で負ける敵国に正面から挑み、今はその傷を癒す為に引いているに過ぎない。そう考える北軍の兵達からは、惜しみない激励の言葉が次々と出てきたのだった。


 それも南軍の殿から覗く敵兵が見えるまでの出来事である。


 声を上げる事もなく、戻ってきた南軍とは違い、連邦軍は大声を上げて迫ってきた。


「穴を塞げ!」


 誰が上げた声なのかわからない。

 しかし北軍兵士は迷いなく行動を開始した。


 南軍が通った隙間は瞬く間に埋められていく。


「大楯展開!向こうの勢いに負けるな!我等帝国兵に下がる場所はない!押し返せぇえっ!!」


 ソウ達第三師団第四大隊は隊列の後方だった。そこからはもう何も見えない。


「見えませんが、士気は負けていません」


「そうだな。だが、何人か抜けてくる可能性はゼロではない。気を抜くなよ」


 土煙と怒号は聞こえるが、それだけだ。

 ソウの耳には他にも何か聞こえているのかもしれない。当たった感じで簡単には負けないと、その声に安堵の色が出た。

 そこをジャックが咎める。


 前方が連邦軍と衝突して暫く経った時、伝令が駆けて来た。


「連邦軍撤退!指示があり次第、砦に帰還出来る様に準備を!」


 ジャックにそう伝えた伝令はすぐさまその場を発った。


「流石ですね。数で負けなければ帝国軍は強いです」


「そうだな。とりあえず()()は誰かに預けて、ソウは撤退準備の指示を回せ」


「はっ!」


 戦争は始まったばかりだ。

 今回は偶々場所が良く、向こうも殲滅戦に切り替わりロクな準備がなくこちらへと来ていたに過ぎない。

 ジャックは一時の勝利に酔いしれる事もなく、すぐに指示を飛ばした。


 ジャックの言う()()とは軍旗の事だ。中隊長は小さな旗を、大隊長はそこそこ大きな旗を側に置いている。

 故に伝令が迷う事なく指示を伝えられるのだ。今回、第四大隊の軍旗はソウが偶々持っていたという事だ。


 指示を伝える為に行動を開始したソウは思う。

『南軍の損耗度が想像より酷い。通常のやり方では勝てないな』

 ソウの(あす)に暗雲が立ち込めた。

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