『拝啓、最愛の君へ』戦地からの便り〜憤死したら強制的に転生させられたので、今度こそ寿命で死にます〜

2話 過渡期。

　ソウがジャックやレンザから聞いている帝国の現状をおさらいしておこう。

　現在の帝国は、北東に都市連合国を仮想敵国としている。これは北軍が対応に当たる予定ではあるが、予定は未定である。

　都市連合国の国力は、王国を呑み込んだ帝国とほぼ同等である。国民だけで言うと帝国が凡そ1000万人、都市連合国が凡そ900万人である。

　民の数だけで言うと帝国がやや上回るが、日夜戦争に明け暮れていた帝国は国が疲弊している。

　その辺りを鑑みると、このまま当たれば負ける可能性が高い。

　理由は疲弊もあるが、軍自体は帝国軍は精強である為、それだけでは負けないだろう。では何故負けるのか。敵は都市連合国だけではないからだ。

　王国を呑み込んだ帝国は、近隣の大国から見ても脅威になっていた。

　その代表が帝国南方と隣接する多民族国家『フォーマルハウト連邦』である。

　連邦国はその名の通り、いくつかの国が併合して一つの主権の元に形成されている国である。

　そこには様々な肌の色をした人種が、多様な文化を形成しているとされている。

　フォーマルハウト連邦の民の数は1500万。数の上だけで言うならば、帝国に勝ち目はない。

　そこで帝国は国力を戦争以外の道で増やす方針にしていたのだが、ここにきて北軍の不祥事。そして帝国南方がきな臭くなってきた。

「とまあ。こんな感じで私達は向かっていると」

「そうだ。だが、勝ち目がないは言い過ぎだ」

　二人から聞いた話を纏めていたソウに、ジャックが苦言を呈する。

「あくまでも数の上では、です。戦は数ではないですから。勿論それでも一番重要なのは数ですけどね」

「…どっちなんだよ」

「エルメス中佐」

　ああ言えばこう言う。

　ソウの発言に溜息を漏らすジャックに、レンザ大尉が声を掛けた。

「現実が厳しい事は隠しようのない事実なのです。間違ってはいないでしょう」

「うん…二人の物言いが、軍法会議モノだと言うことが、間違っているんだ。まぁ話が進まんからいいが」

　この二人にマトモな精神を持って会話できる気がしない。

　ジャックは諦めて先を促した。

「私達が現状考えないといけない事は？」

「ここまで来てしまった以上、都市連合国の事はどうにもなりません。もし挙兵して来たとしても、残した戦力での防衛を願うしかありませんね」

　レンザ大尉の問いにソウが答えた。

「では、私達が考えるのは…」

「フォーマルハウト連邦戦での立ち回りです」

「おい。ハーレバーの街が奪われたらどうするんだ？」

　二人の話に堪らずジャックが口を挟んだ。

「知りません」

「知らないって…あそこは北軍の…いや、俺達の拠点だぞ？」

　帰る場所が無くなる。

　そしてそんな事になれば、北軍は解体されて他の軍に吸収されるかもしれない。昇進どころか降格すら現実的にありえる。さらに言えば帝国の崩壊さえ…

　ジャックの心配はそこにつきる。

「我々は上の…いえ、国の命令でここに来たのですよ。もしそれでハーレバーが落とされたとしたら国の責任です。

　この意見さえも通らないのであれば、帝国軍に未来はありませんよ。その場合は諦めて他国に亡命しましょう」

「…そうならない事を祈る」

　言っていることはわかる。しかし、そうじゃないんだ。

　ジャックの悩みはこの二人には伝わらなかった。

「では、落ち着いたようなので。私達のフォーマルハウト連邦戦での立ち回りについて協議しましょう」

　レンザ大尉はジャックが納得したと思い、話を続ける。

　ジャックの頭の中は『そうじゃないんだよな』で埋め尽くされていた。

　二人はジャックがここまで苦労を重ね、これからも苦労を惜しまない目的を考慮してはくれなかった。

「この辺りでいいだろう。これ以上は無限に可能性があるからな」

　三人の話し合いは、ジャックの鶴の一声で終わりを告げた。

　連邦戦では北軍は援軍である。

　メインは南軍で、指揮権も南軍だ。

　連邦の動きも南軍の動きも考慮していると、作戦は無限に想定しなくてはならなくなる。

　では、三人は一体なんの話し合いをしていたのか。

「しかし後方支援か…」

「南軍からすれば手柄がなく、雑用として北軍を使えるので話は通りやすいと思います」

「問題はそこではないだろう？」

　北軍から南軍への打診は上の理由から通るだろう。ジャックの懸念はそこにはない。

「北軍内の反発ですよね？そこはジャック中佐にお任せします！」

「…一番肝心な部分で投げるのかよ」

　上官を信頼していると言えば聞こえはいい。

　部下から無理難題を突きつけられた中間管理職(ジャック)は、溜息を吐きながら天幕を後にした。

　向かうのは北軍全体軍議が行われる天幕である。

「後方支援だと？」

　全体軍議も佳境に差し掛かり、他の意見はないかと漸く発言の機会を得たジャックが、他とは異なる提案をした。

　それにディオドーラ将軍が聞き返す。

「はい。南軍も援軍とはいえ、北軍の扱いには困るはずです。

　これまでにも帝国軍内で援軍という形は取られて来ましたが、戦地が違います。今回はその戦地すらも同一の場所ということで、どちらが前線を支えるかの協議に入ると思います」

　帝国軍はこれまで東西南北軍が同じ戦地に立つ事は無かった。

　王国戦と同じ様に、違う場所から攻めて敵を分散させる方法をとって来た。

　しかし、今回は帝国初の防衛戦。これまでの侵略戦争とは勝手が違うのだ。

「一緒に戦えばいいのではないのか？」

　ジャックの案に、ディオドーラは否と告げる。しかし…

「連携が取れていない兵は邪魔でしかありません。

　攻めの場合であれば些事かもしれませんが、防衛戦になると難しいと愚考いたします」

「一つ良いでしょうか？」

　これまで司会進行の役目の為、固く口を閉ざしていたバハムート少将が口を開いた。

　それを聞いてディオドーラ将軍は顎で先を促した。

「この度の戦はエルメス中佐が仰る通り、防衛戦ではあります。

　恐らく私達が南軍に合流を果たした時とそう変わりなく、戦端は開かれるでしょう。

　エルメス中佐は南軍が攻めないとお考えでしょうか？」

「いえ、砦に篭っているなどとは考えていません。間違いなく何処かしらの戦場で兵をぶつけるでしょう」

「つまり南軍は負けてしまうと考えられていると」

　バハムート少将の言葉に天幕が騒然とした。

「エ、エルメス中佐！それは我が帝国の負けを考えていると言うことか！？」

　中佐以上のバハムート派以外の者達から非難の声があがる。

　いくら正しかろうが、自軍の負けを認める事は許されないのだ。

「いえ。その様な事は一度も申しておりません」

　しかし、その発言にジャックは堂々と答えた。

「な、何を！バハムート少将が申されておったではないか！」

「はい。それは南軍の負けです。帝国の負けとは申しておられなかったはずです。少将閣下。間違いありませんね？」

「はい。私は南軍が負けるとエルメス中佐が考えているとは言いましたが、帝国が負けるなどとは言っておりませんよ」

　バハムート少将はレンザ大尉に似ている。

　ジャックはそう考えてこの場を乱すように話を誘導した。

　ジャックに苦言を呈した他の高官達の声は次第に聞こえなくなる。

　一度大きくなった声が鎮まると、次に声を上げづらくなる。舞台は整った。

「南軍は数と準備という力に敗れると愚考します。後方支援を提案したのは、その時に総崩れをしない為にです。

　将軍の仰られたように北軍南軍の混成軍であれば数には対応出来るやもしれません。しかし、準備と連携は如何ともし難い。

　一か八かの混成軍で敗れてしまえば、連邦の牙は帝国の深いところまで食い込みかねません。そうなれば皇帝陛下に顔向けすること叶わず、我等は死地に立たされます。

　先程も皆様が仰られていたように、今回の主力は南軍であります。その南軍の方からこちらに共に戦おうと打診が無い限りは、前線に立たない方が宜しいかと。

　我々はあくまでも罰の一部としてこの場に来ていますので。

　国が…いえ。皇帝陛下が望まれている事を成し遂げるには、この方策が最善だと私は愚考いたしました」

　ソウ達は北軍が前線に立たない事を、ジャックに提案した。

　これは死にたくないという理由だけではない。今回は防衛戦。

　勝つ為の作戦ではなく、負けない為の作戦。

　帝国は攻める事に特化しているため、居並ぶ高官達も防衛戦に対しての考えのズレがあった。

「勝たなくても良い。負けなければ良い。そういう事か」

　これまで全ての戦に勝ってきたディオドーラ将軍は、新しくやってきた時代にそう呟いた。