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     三章 戦乱の世        1話 帝国南方遠征出立。

 

 大陸暦1315年春の時下旬






「全軍前進!」


 北部辺境伯領領都ハーレバーの街の外に布陣していた北軍は、街に幾ばくかの守護隊を残して帝国の南方へ向け、進軍を開始した。

 王国を吸収した帝国はその国土と臣民を増加させていた。

 つまりは軍も以前と比べると大幅に増員しているという事。


 ターメリック帝国の人口は700万から1000万人に増えている。そして帝国軍は全体で8万から10万超に大幅増員していた。


 文字で語れば簡単な計算ではあるが、現場の人達はそれ相応に苦労していたことだろう。

 増えた2万は元王国民からの徴兵と元王国軍人の再雇用が殆どであった。


 元々帝国に住んでいる者は?と思うかもしれないが、帝国は変わらずに徴兵をしている。

 簡単に言うと元々の8万という数は帝国でのバランスの取れた軍人数という事。この春に新たに入隊する者もいれば、辞めていく者もいる。その数が釣り合っているのだ。


 そして王国を吸収したその帝国式のバランスの取れた軍人数は10万超というモノだった。


 肝心の北軍の人数であるが、北軍に限らず一割増している。

 将官の数は不変だが、尉官以下の数も同じ様に増えていた。

 ソウもそんな増えた士官の一人である。例年通りの軍学校の卒業生は、退役する者の補充のような役割なので、問題はないようだ。




 行軍中の北軍内で、いつもの様に会話をする二人の姿があった。


「肩の荷がおりました」


 少し背が高くなった黒髪の少年が、金髪の凛々しい将校に話しかけた。


「いや、肩の荷は増えたはずだが?」


 少年の言葉に将校は呆れ混じりに返した。


「中隊長という任は、大変なのです!もしもまだ中隊長であれば、行軍中にこうして、中佐とゆっくりお話なんて出来なかったのですよ!?」


 少年は激怒しているが、その話している相手は大隊長である。中隊長より責任のある立場だ。


「そ、そうか。いや、そうだな。ソウとこうして意見交換出来るのを俺は望んでいたんだよな…」


「そうです!『早くこっちへ来い!』そう私に言ったのは中佐ですよ?もっと私に楽をさせて下さい!」


「うん。お前に楽をさせる為に、出世の後押しをした訳じゃないからな。扱き使うから安心しろ」


 ソウがここまで破竹の勢いで出世出来たのは、何もソウ一人の力ではない。

 ソウを気に入っている北軍の上層部の力も多分に含まれるが、基本はジャックのお陰である。

 それもこれも、ソウの活躍の場を正しく提供する為である。


 剣を振るだけが軍人ではない。

 元々ソウには剣以外の方を期待していたのだ。


「それで、私の仕事は決まりましたか?」


「ああ。ソウにはやはり自由に動いて貰いたい。無職だ」


「ちょっとっ!言い方!」


 レンザ大尉と同じような管理業務もある。しかしソウに何かを任せて、それにより困った時に手が空いていないでは本末転倒である。

 よって参謀の様な役割を考えていたが、よくよく考えてみれば、大隊のトップはジャック(じぶん)だ。それなら好きなようにソウを使う為に、普段からその時々で仕事を振る職に就かせることにした。

 よって行軍中には無職の参謀である。


「ははっ。まぁ怒るな。ソウもその方がいいだろう?それとも何か決まった仕事が欲しいか?」


「うーーん。迷いますね。仕事がないと落ち着きませんし、かと言って激務はお断りしたいです」


「…お前は大物だ」


 上官の前で、わがままな事が言えるソウに、ジャックは呆れていた。

 最近呆れてばかりいるが、ソウが必要な時は必ず来る。

 ジャックはそんな機会は少ない方がいいと思っているので、甘んじてそのわがままを聞き流すのであった。





「クドー少尉!設営が終わりました!」


 第四大隊のどこかの中隊長がソウに報告をした。


「はい。わかりました。明日の朝の片付けが終わったら、また報告をお願いしますね」


「はっ!」バッ


 報告を聞いたソウは、上官にそれを報告に向かった。




「了解した。ソウももう休んでいいぞ」


 懐かしい天幕で、ジャックに報告したソウは行軍の疲れを癒す為に、夕食を摂ることにした。


「それにしても『ソウ・クドー』か。もう少し何かあったんじゃないのか?」


 未だ仕事中のジャックの真横で、夕食を摂る太々しい部下にジャックは聞く。


「変ですか?」


「変ではないが、名前も家名も短いのはな」


 ソウの名前が短いのだからバランスをとって家名は長くしたら良かったのに。と、ジャックは感想を述べた。

 ソウが『ソウ・クドー』にしたのは、勿論前世の影響だ。

 娘にわかる名前にしたかったのと、前世の事を忘れないようにと、この名前にした。

 一番は呼ばれ慣れている名前のため、すぐに対応できるからだ。


「名が短い方が、書類も早く済むので良いですよ?」


「…まさか書類の為だったとはな。流石ソウだ」


「えへへ〜そんなに褒めなくても」


 もちろん褒めていない。今年一番呆れられているだけだ。

 ちなみにソウが悩んでいた他の候補は『ソウ・イチロー』と『ソウ・サナー』などだ。

 そんな行軍は続いていく。












 北軍は元王国を南下していた。そして数日を掛けて、東軍が守る街へとやって来ていた。


「まさか全員分の部屋があるとは思いませんでした」


「東軍は長らくこの街を本拠地にしている。そのお陰で増築が間に合っているのだろう」


「私達の本拠地であるハーレバーはまだまだ兵舎が足らないですね…」


「そうだな。上からの指示の半分程度しか建設が間に合っていない。

 新たな本拠地とはそういうものだ」


 北軍の本拠地であるハーレバーには、まだまだ足りないモノだらけだ。

 漸く全軍が寝泊まり出来るだけの施設は作られたが、援軍などが泊まる場所はまだまだ手付かずの状態であった。




 翌日、ソウはレンザ大尉と共に兵站の補充任務に当たっていた。

 この東軍が常駐する街には、元々二泊の予定である。下士官以下の兵達には行軍の疲れを癒す時間として設けられているが、ソウ達軍を管理する側の士官にとっては仕事の時間になる。


「あの大型の台車は何に使うのですか?」


「ああ。アレですか。あれはこの先、暫く進んだところにある橋の補修に使います」


「もしかして、途中の町で材木を仕入れるのですか?」


「もしかしなくとも、そうですよ。道の整備も我々軍の仕事の内ですからね」


「それは知っていましたが…まさか行軍中にそれがあるとは…」


 普段であればない事である。それも北軍の管轄外での整備だ。

 これはこの前起きた北軍内での不祥事が原因だった。




「なるほど…点数稼ぎでしたか」


「ふふふっ。そうです。まさにその通りですね」


 北軍は皇帝と帝国軍から失った点数(しんよう)を取り戻す為に、ボランティアのような事をしているのだ。


「行軍中に他の帝国軍の管轄内を通るでしょう?その時にどうせならと、嫌がる雑用を引き受けていこうとしているのでしょう」


「でしょう?ということは、大尉にも連絡は無しですか?」


「そうですよ。報告が無くともこの程度の事を予想出来なければやっていけませんよ?」


 いや、そんな予想を立てている人は、レンザ大尉くらいだろう。

 ソウはその言葉をグッと呑み込んだのだった。







 その日の夜。与えられた部屋で、行軍中には中々書けない手紙を書いていた。


『拝啓、最愛の(きみ)へ。

 お父さんは今、毎日何十キロもの距離を移動しているよ。目的地が紗奈のいる所なら、休まずに移動しても苦じゃないけど…残念ながら目的地は戦地なんだ。

 それもインフラを整備しながら。

 それと、今日は綺麗な花を見つけたんだ。その花はまだ夏前なのに秋桜の様な見た目だったよ。名前はわからないけど、手紙と一緒に送ります。

 敬具』


 手紙と共に秋桜の様な花が、燃えていく。

 部屋には何故だか懐かしい香りがした。紗奈の好きだった花の香りだ。


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