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8話 閉ざされた魔導の道。

 

 大陸暦1313年夏の時





 また暑い季節がやってきたな。そう思いながら、少し寝苦しかった夜を振り返りつつソウは目覚めた。


「今日から13歳か。前世だと中一だったか…」


 前世は楽だった。

 ただ守られて、学校へ行き、好きなだけ食べて、空いた時間は好きな事が出来た。


 今世はなんなんだ…

 ただ殴られて、暴力を振るわれ、無理矢理食わされて、空いた時間は自主学習か素振りだ。


 そんな思いはすぐに霧散する事になる。


 ゴーン。


「さて。今日も頑張りますか」


 必ず決まった時に起きていると、合図より少し先に目覚めるようになった。


 しかしソウが一番嫌いな鐘の音は、起こされる早朝のモノではなく昼を告げる音だ。

 まだ朝食も消化し切れていない腹に無理矢理詰め込まなくてはならない。

 それだけではない。その後の訓練も地獄なのだ。

 初日以降、昼食を嘔吐するとその日は夕食が倍になったのだ。

 最早ソウには自由に嘔吐する権利さえも無くなっていた。




「今日から13か。確かに拾った時とは別人のようにデカくなったな」


 ソウの事をまるで犬猫のように言うのはジャックである。

 今日も今日とて朝食を一緒に頂いている。


「そうでしょうか?自分ではわかりません」


 ソウはこう言っているが、身長は無事に170を突破しており、胸板も分厚くなっていた。

 この三ヶ月という期間は、13歳を化けさせるには短く無い時間だったようだ。


「…胃袋の変化が一番な気がする」


 最初の頃はあれだけキツそうにしていた食事をペロリと平らげたソウを見ると、この呟きも仕方のない事である。


「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 改まって聞かれた問いに、さっきまで考えていた事は隅に追いやりジャックは身構える。


「なんだ?」


「ジャック少佐のご年齢が知りたいのです」


「は?何故…」


 予想していない事を聞かれると、人は語彙力を失う。


「教官の御二方が教えてくれないからです」


「ああ…あの二人とは年齢が一緒だからか」


 ジャックは漸く合点がいった。何故教官の年齢を知りたいのかは謎だが、その話には興味はない。


「26だ。もういいか?」


「はい。ありがとうございます。では失礼します」


 食事も済み、聞きたいことも聞けた。ソウはジャックの執務室から退室していった。



 この年齢の話は余談…雑談にしかならないが…

『少佐がどこまでソウくんに期待しているか賭けない?』

『それが時間割を賭けたモノであれば』

 二人の教官が言い争いをしていた。


 言い争いの内容は

『そんなためにならないモノを教える時間があるのなら譲れ』

 二人は同じ意見でぶつかり合っていたのだ。簡単に言うと生贄(ソウ)の取り合いだ。


 その結果が『少佐は相当気を許していないと雑談なんてしてはくれない。特に年齢を聞くのはハードルが高く、それに答えてくれるのもハードルは高い』


 故に今回の話へと繋がった。

 賭けにどちらが勝ったのかは…


「良くやりましたね。流石我が弟子。貴方には常々常人ならざるモノを感じていましたが、やはり合っていましたね」


 鞭の人…いや、文の教官であった。


「いえ。私は言われた任務を遂行したまでです」


 ソウはまた一歩軍人へと近づいていた。

 たとえ騙されていたとしても…





「イェーリーの機嫌が悪いみたいだが…何かあったのか?」


 その日の夕食時、ジャックはいつもの様に姿を見せたソウの顔面が久し振りに腫れ上がっていたので、理由を聞いた。


「いえ?特に何も伺っていません」


「…そうか」


 夕食の席に再び沈黙の時が訪れた。

 それを打ち破ったのはまたしてもジャック。


「そう言えば、明日からだったな?」


「…魔法の指導ですね」


「そうだ。そんな悲壮な顔をするな。上手く使えば命を救われる事も多々あるんだ」


『命が救われる』

 いつものソウであればすぐに食い付いた言葉であったが、この時ばかりは変化が見られなかった。


「ちゃんと教われば使えるさ」


 ジャックは落ち込むソウの頭をポンポンと撫でながら告げた。


 この世界には魔法が存在する。

 ソウは文の授業でも武の修練でもその話を聞いていた。

 どちらの教官も『魔法は戦場で助けになる』と言っていたので、それを聞いた日にはジャックに直談判していた。

『魔法を使える様になりたい』と。

 ジャックはもちろんそれも教えるつもりだったが、ソウの余りの食い付きにその場で少し教えたのだった。


 結果はお察しの通り。


『誰でも使える簡単なモノ』

 と、言われたことすら出来なかったのだ。

 そうした事情もあり、ソウにとっては生き残る為に必要な文武の時間が、身につきそうにない無駄な魔法に割かれるのを嫌がっているのだった。


 ジャックはソウの反応を『苦手な事をしたがらない子供によくあるやつ』くらいにしか思っておらず、真剣には取り合わなかった。


 この三ヶ月、食事を一緒にする事でジャックのソウを見る目は変わってきていた。

『いつか自分を助けてくれる』など、ソウの能力を期待したモノから『出来の良い歳の離れた弟』のように可愛がるモノヘ。

 それが頭ポンポンへと繋がっている。


 ジャックに対しての周りの評価は『完璧超人』『どんな状況でも利がある方しか選ばない』『簡単にクビを切る』『出世頭』などの羨んだり、恨んだりの両極端なモノ。

 周りではなく上からの評価も二分している。例えば『ジャックに任せれば安心』『虎視眈々と自分の椅子を狙う危険人物』などに分けられる。



 閑話休題。



 そんな嫌な…いや、無駄な時間もいつかはやってくる。

 時間は待ってはくれないのだから。


「よろしくお願いします」


 ソウが敬礼の後、お願いした相手は軍では珍しい女性であった。

 いかにもな格好ではなく、他の人達と同じ軍服を纏った女性はジャック達と同年代に見える。

 身長は165程で痩せ型、銀髪の長い髪を後ろで一つに纏めている。


「はい。私はマリー・ジェイスキーといいます。階級は中尉です。これから暫くの間、よろしくお願いしますね。

 緊張しなくともレンザ大尉とイェーリー大尉とは違い、私は普通ですので安心してください」


 そう優しい笑みで挨拶したジェイスキーだったが、ソウは『普通の人は自分の事を普通とは言わん』と思っていた。

 軍に入る前からも入ってからも、感情に蓋をする事が多いソウは、その思いもいつも通りすぐに頭から消し去った。


 かくして始まったソウにとっての嫌な時間は、そう時を置かずに終了を告げる事となる。





「なに?反応を示さなかっただと?」


 ここはいつもの執務室。普段感情を見せることが少ない部屋の主は、訪問者の報告に驚きを隠せなかった。


「はい…道具の不具合ではありませんでした。結果から考えると、信じ難いですがソウさんは魔力を持っていないという事になります」


 報告主はジェイスキーだ。

 魔法を教える時、この国で通常は魔力測定というものが最初にくる。

 特に設備がないわけでも時間がないわけでもないソウの魔法講義も、例に漏れず魔力測定から始まった。

 そして何度検査しても、魔力を測定する道具を調査しても結果は変わらなかった。

 魔力は生きている者には必ず宿る。そう古い書物にも最新の書物にも記されている。


 何事にも例外はある。あるのだが、人は中々それを認められない。特に自分が専攻している分野では。

 しかしここでは例外に例外が重なった。

 報告主のジェイスキーは例外を例外として認められる稀有な存在だった。


「そんな事が起こり得るのか?」


 専門家が認めた事だが、ジャックはどの分野も優秀な成績を修めてきた優等生だ。もちろん魔法も。

 しかし今回の疑問は認められないという事ではなく、ソウに付けた教官であるジェイスキーの知見を信頼しているからこそ出た純粋な疑問だった。


「実際に存在すると言ってしまえばそれまでですが…魔力を通さない物質のことはご存知ですよね?」


「ああ。物理的なモノには無力だが敵の魔法攻撃を防ぐ盾に使用されているモノの事だろう?」


 戦争ではごく普通に魔法攻撃が使用される。

 個人で放つモノから集団で放つ威力の高いモノまである。

 そういった攻撃を防ぐ為に開発されたのが魔力を通さない物質を貼った盾であったり柵であった。

 剣などで斬りつければすぐに壊れてしまうモノしか未だ作られていないが、それでも現場では重宝されている。


「はい。それです」


「…まさか!」


「はい。ソウさんにも一切の魔法が効きません。

 そのせいで魔力が測定できないのか、はたまた魔力が無いからその効果が出たのかはまだまだわかりませんが。

 これからの実験で少しは判明していくでしょう」


 ジャックにとっては魔力測定の結果もソウの特性も予想外の事だったが、一つだけ言える事があった。


「実験はなしだ。この事は忘れろ」


「そ、そんな……エルメス少佐!後生です!」


 ギロッ


「ひっ…りょ、了解しました」


 魔法の事になると前後不覚になってしまうジェイスキーを一睨みで黙らせたジャック。その心はソウの為なのか自身の為なのか。

 はたまた両方か。


 ソウの13回目の夏は始まったばかりだ。

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