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間話 総決算。

 





「ジャック中佐。いい加減機嫌を直してください。隊員が皆怖がっています」


 いつもの執務室でジャックに苦言を呈すのは、珍しくソウの方だ。


「わかってる…だが、ソウも気持ちはわかるだろう?」


「わかりますけど…でもここは軍です。私よりも中佐の方が理不尽を呑み込んで来たでしょう?」


「…そうだな。目標は遠ざかったが、別に頓挫した訳ではない。か…」


 気持ちを切り替えようとしているが、思うようにはいかない。

 人はそんなに単純な生き物ではないのだ。


 ジャックの機嫌の悪さはもちろん出世に関するモノだ。

 王国戦以降手柄ばかりの第四大隊である。ジャックもその見返りは直ぐ直ぐではないにしろ期待していたのだ。


「それよりもどうです?似合っていますか?」


「ああ。馬子にも衣装だ」


 それは褒め言葉ではない。褒められた側がいう謙遜の言葉だ。


「…折角士官が着られる隊服をいただいたのに」


「街に出ればいい。ソウなら行く先々でチヤホヤされるだろう」


 ジャックの機嫌は中々直らないようだ。

 ソウはため息を吐いて執務室を後にした。








「ソウ少尉であっても無理でしたか…」


 そう告げるのはガイル軍曹だ。彼はここ(ハーレバー)ではジャックの付き人以外の仕事に従事していた。

 そのガイル軍曹はジャックの事をよく知っている。その為、機嫌が悪い事をいち早く気付き、その機嫌を直す様にソウに頼んでいたのだ。


「ガイル軍曹のその口調は違和感があります…」


「慣れてください。私は少尉に何と言われようが改める気はありませんので」


 ガイル軍曹は真面目な青年だ。ソウとは大違いである。


「それよりも、似合ってますか?何だか良い服を着慣れていないので、違和感が凄いのですが…」


「似合っていますよ。少尉は体格もいいですし、見た目も以前のことからお気付きでしょうが、色男です。どこからどう見ても高貴な方に見えます」


 これまでの生地はしっかりしているが、どこか暗い感じの隊服から、士官用の煌びやかなモノへと変わり、ソウの違和感は甚大だった。


 自分の顔を見る機会がないソウは前世のイメージが強い。

 その場合、貴族が着る様なモノは自分には絶対に似合わないと思ってしまうのも仕方のない事。

 しかし、周りからすると自慢に聞こえる場合もある。


「ガイル軍曹にそう言ってもらえたなら大丈夫そうですね!」


 ちなみにソウは出世しても言葉を改める気は一切ない。ソウが軍曹になった時にガイル軍曹にはタメ口を聞いていたが、やはり違和感がある為、丁寧語に直した。

 少将であるバハムートの丁寧語が許されるなら自分も良いだろうと、ガイル軍曹やロイド曹長には相変わらずの口調だった。









「ルガー。どうかしましたか?」


 いつも通りジャックの執務室で夕食を摂っているとソウが視線を感じた。視線の主はどうやら部屋の隅にいるルガーである。


「…」


「喋っていいぞ」


 忘れそうになるが、ルガーはジャックの奴隷だ。

 声を出すにも一々許可が必要なのである。


「ソウ様の夕食が豪華だったっすから見入ってたっす」


「そうだろう?コイツは手柄を独り占めしているんだ。普通は俺達にも何かあってもいいよな?」


「な、なんて事を言うんですかっ!ちゃんとお土産を買ってきたではないですか!」


 そう。ソウはちゃんと帝都土産を買ってきていた。

 ジャックも最近帝都土産を買ってきていたので、特産品ではなく、みんなで食べられる食品にしたのだが、それは帰還初日の夕食で食べてしまっていた。


「あれは仕事に穴を開けた詫びのようなモノだろう?今回の場合は手柄だ。

 直属の上司と可愛がっているルガーに何もないとは…最近の若者はダメだな?な?ルガー?」


 ジャックのパワハラに巻き込まれて、板挟みにあっているルガーが1番キツい。

 しかし、美味しそうな料理には勝てなかった。

 ルガーはジャックの言葉に同意して、頷いていた。


「くっ…二対一とは卑怯な…仕方ありませんね…」


 そう言うと徐に背嚢を探った。

 中から出てきたのは酒瓶と何か漬物の様なモノが入った瓶だった。

 ソウはこの臨時収入を独り占めするつもりは毛頭なかった。

 ジャックもソウが街に買い物に出掛けたのも、その買い物の内容も知っていた。

 簡単に言うとこれは出来レースだったのだ。


「ルガーもお酒を呑むのですよね?私は呑みませんから二人で食後にでも、ツマミをお供に呑んで下さい」


 奴隷に酒を与える事など滅多にない。

 それを知っているソウはルガーにもこの世界を楽しんでもらう為にお酒にしたのだ。

 流石にルガー用に買うのは何か違う気がして、二人用として買ってきたのであった。


「おお!中々良い酒じゃないか!」


 これでジャックの落ち込みも少しは改善されるかもしれない。

 隊の士気は自分の命に直結する。

 その為なら安い出費であった。











大陸暦1315年春の時


前世の様に桜は無いが、色とりどりの花々が門出を祝っているかの様に街を彩っていた。

祝われているのは黒髪の少年。


「王国戦そして、その後の出来事。身を粉にして働き、一人の兵として多大なる恩恵を北軍に齎した、その功績には昇格を持って応える事とする。異論はないか?」


居並ぶ将校達にディオドーラ大将は確認を取る。

もちろん既に決まっている為、ここで反対!と、手を挙げる者はいない。ここは目出度い席なのだから。


「反対なし!よってソウ曹長を少尉とする!軍規に従い、その身分は一代限りの騎士爵となる。栄えある帝国貴族として相応しい振る舞いを願う。

以上だ」


「はっ!謹んで拝命致します!」バッ!


パチパチパチパチパチパチパチパチッ


少年の堂々たる敬礼に賛辞が贈られた。









「式典があっただろう?」


時は戻り、いつもの執務室でジャックが先程の話を振り返っていた。


「はい。余り意識していませんでしたが、褒められるのは良いものですね」


「ああ。そうだな。感慨に耽っているところ悪いが、話はそれで終わっていないだろう?

あれからもう四日だ。そろそろ決まっただろう?」


「…いえ。候補はいくつかあるのですが…まだです…」


式典の話は先程で全てではない。

あの後にディオドーラ大将から引き継いだバハムート少将からソウに一言あった。

それは…


「家名などどうでもいいだろう?元より無いものだ。適当に『ソウ・クイシンボウ』とかにしておけ」


「何ですかそれは!!せめて『ハラペコリーヌ』とかにして下さい!」


「…それでいいのかよ」


ジャックは冷たい視線を、アホな事を言う部下へと向けた。

ソウは晴れて貴族へと成った。ソウの中の貴族と言えばカッコいい家名である。

帝国法では騎士爵にミドルネームは付かない。その為、それを入れないでもカッコいいバランスの名前が望ましいと悩んでいた。


「ないならエルメスでいいだろう。どうせソウはエルメス派閥なんだし、その方が周りからもわかりやすい」


「えっ?私はイェーリー・レンザ合同派閥ですよ?勝手に中佐の仲間にしないで下さい」


「…それは俺の派閥と何が違うんだ?」


一応聞くようだ。


「中佐にこき使われている可哀想な人達の組合の様なものです。一応外聞的にはエルメス派ということになりますが、派閥の中のさらに細分化された内部派閥です!」


「レンザ大尉は少なくとも俺の命令は喜んで聞くぞ。どこかの上官に敬意の足りない無駄飯食らいと違ってな」


「レンザ大尉は特殊なんです!!力の無い私は先生二人にも逆らえないのです!」


「うん。もうこの話はよそう。ルガーすら飽きているぞ?そしてお前はさっさと家名を決めて提出しろ」


二人のおふざけが過ぎたのか、ルガーは立ったまま寝ていた。

名前の件は以前も出てきたような…

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