二章 終話 救われない結末。
この世の全ての宝石が天に散らばっているかの様な、そんな見事な満天の夜空がある。
その様な素晴らしき春夜に一人部屋に籠り、燭台の灯りに漆黒の髪を煌めかせているモノがいた。
『もし、叶うのであれば一度お食事をご一緒してはいただけませんでしょうか?
貴方様の益々のご活躍を祈願して。エリザベス・レ・マーラン』
「はぁ…やっと一通読めた…」
ソウは送られてきた手紙を読んでいる。
一通目はマーラン大佐の親戚の御令嬢のモノだ。
「もう一つはギースの妹か。覚えていたら話題に出来たが、思い出すのが遅かったな。何何…」
『拝啓、漆黒の騎士様。…』
「えっ?俺の名前は何処にいったんだ?」
二通ともソウではなく漆黒の騎士宛の手紙である。
『兄が軍学校に通っていますので、いつか騎士様のお世話になるかもしれません。その時はどうぞお好きな様にお使いくださいますよう。……』
「ギース…酷い言われようだな…」
ギースは妹からモノ扱いされていた。
そして例に漏れず、手紙にはお礼の言葉とお誘いの言葉が綴られていた。
封筒には他にも入っていたが、それはすでにジャックへと預けている。
「…寝よ。帝都からここまでの道のりより疲れた…」
その日、ソウは泥のように眠るのであった。
「レンザ大尉に預けておいたからいつでも引き出す事ができる」
翌朝、これまでのように朝食を食べる為にジャックの執務室を訪れたソウにジャックは告げた。
「ありがとうございます。でも本当に頂いても良かったのでしょうか?」
「まぁ礼だからな。あまり良くないが送られてきたモノを送り返す事は出来ん」
それはあまりにも無礼だ。
「これで焼肉が食べられますね!」
「好きに使えばいい。給料二ヶ月分はすぐには食べきれまいがな」
ソウが受け取ったお礼とは、小切手である。正確には現金書留のようなモノなのだが、細かい説明は省略する。
ジャックはレンザ大尉にソウの貯蓄へと移す手続きをさせたのだ。
「…手紙の内容は聞かないのですね?」
「言わなくていい。言えば忘れられなくなる」
手紙にはもちろんジャックの事も書かれていた。それを伝えたかったが、拒否された。
一つソウの出来る嫌がらせは減ったが、聞きたい事もあった。
「二人から誘われたのですが、どの様にお断りすればいいでしょうか?」
「モテるというのは大変だな。自分で考えろ」
「えっ!?」
まさかそれさえも拒否されるとは思ってもみなかったのであった。
「なんと…合格だけではなく貴族の御息女までも救っていたとは…」
呼ばれた晩餐にはソウとジャックが出席していた。主催はディオドーラ大将。他の主席者は今話していたサザーランド中将とバハムート少将の五人での晩餐である。
「それは偶々です。バハムート少将とエルメス中佐から帝国軍人は帝国人を守らなければならない、と口を酸っぱく言われていましたから」
「そうだとしてもそれを行ったのはソウ曹長だ。また孫娘に伝える話が…」
「サザーランド中将閣下。助けた御令嬢方は閣下のお孫様のご友人だそうです。
ですのですでに伝わっていることかと」
ソウはこれ以上噂を広げられたくはないが、この話に限りすでに手遅れであった。
「何の話だ?」
主催者であるディオドーラ大将は置いてけぼりを食らっていた。
話せば長くなる上に、自分の噂話を自分で説明するという苦痛をソウは味わうことになった。
「はっはっはっ!それは災難であったな!」
ソウから説明を受けたディオドーラ大将は豪快に笑った。
「はい…出来ればサザーランド中将にはもう私の話は…代わりにエルメス中佐の話であればいくらでも提供しますので…」
「おいっ!上官を売るな!」
ソウは年寄りの前で可哀想な子供を見事に演じ切るが、すぐさまジャックからツッコミが入った。
ここでゲンコツはないと知っているから言いたい放題である。
「エルメス中佐。怒らんでやってくれ。全ては儂のせいだ」
じゃあ孫娘に有る事無い事言いふらすのやめろよ!
二人の心の声が重なった瞬間だ。
しかし、二人に中将を咎める手段は持ち合わせていない。
「はっ!」
ジャックはすぐに良い返事を返した。
「あっ。そうでした。実は閣下方にご相談がありまして」
「よせ…」
ソウが何を言おうとしているのか気付いたジャックは、止めに掛かるがそれは叶わない。
「おお。ソウ曹長の相談か!面白い!なんだ?」
ジャックの小さな声はディオドーラ大将の大きな声にかき消された。
「実は助けた二人から手紙を頂きまして。それに食事のお誘い?の文が入っていました。
上手くお断りする方法はありませんでしょうか?」
その相談を聞いて、三人の将官達は声を出して笑った。
あのバハムート少将ですら笑っている。その事にソウはそんなに可笑しな質問か?と、疑問に思う。
「神童を超える神童と言われておるソウ曹長であっても、この手の事に関しては見た目のままの知識の様だな!」
「そうですな!どうかな?その二人の中に内の孫娘も入れてはくれぬか?」
ソウは相談する相手を間違えていた。
もちろんソウにそんな気はないし、断るにしてもそれ自体は問題ない。
ソウが知らない事といえば、貴族である。
仮にも平民である自分が、貴族の誘いを断っても問題ないのか。それが知りたかったのだ。
出来れば正しい断り文句があればそれも知りたい。
そういった方向での相談だった。
「ごほん。御二方。余り若者のこういった事を揶揄うのは良くありませんよ」
普段より表情が締まっていないバハムート少将が助け舟を出した。
「少将閣下。私の様な平民が貴族様のお誘いをお断りしても問題はありませんか?」
唯一まともに答えてくれそうな少将に、ソウは一縷の望みを託すことにした。
「ああ。やはりその辺りの相談でしたか。その答えは『ダメ』ですね」
「…そうですか」
身分制度が確立されている世界で、上位者の誘いを断るなど出来るはずもない。
「ですが、ソウ曹長であれば大丈夫でしょう」
「えっ?本当ですか?打首とか嫌なのですが…」
「ええ。大丈夫です。そもそも助けたお礼の誘いを断って殺されれば、それこそ問題です。
フラットな関係であれば身分制度上断る事は難しいですが、それすらも問題ありません」
「えっ?なぜです?」
「ソウ曹長。貴方は何をしに帝都に向かったのですか?」
バハムート少将曰くソウであれば問題ないようだ。
何故なら…
「卒業試験を……そうか。私は貴族になったのですね」
「そうです。正式なモノは少し先ですが、近いうちにソウ曹長は少尉になるでしょう。その為の卒業試験への推薦状ですからね」
士官になれば、帝国では準貴族とも言われる貴族の最下層ではあるが、歴とした帝国貴族の騎士爵位を賜ることになる。
騎士爵位は一代限りである為、子孫に受け継がせる事は出来ないが、歴とした貴族位である。
「では単純にお断りの手紙を出せば…?」
「はい。一応断り文句もありますが、それは誰かに聞いてください」
はい。隣に聞いても教えてくれない人がいます。
ソウは密告しようと思ったが、これ以上ジャックを揶揄うと後が怖いのでやめにした。
「なんだ…そういう事か。てっきりソウ曹長が初心で戸惑っておるのかと思ったわ」
「ディオドーラ大将。そろそろ本題に入りましょう」
ソウを揶揄う事ができると思っていたディオドーラ大将はアテが外れて残念がった。
そこにいつもの真剣な声でバハムート少将がこの晩餐の本題に移ろうと提案する。
二人はてっきり、ソウの祝いの席だと思っていたが、それはついでだった様だ。
「二人には伝えていませんでしたが、今日この場を開いたのには二つ理由があります。
一つはご存知の通り、ソウ曹長のお祝いです。
もう一つはその切っ掛けとなった北軍での事件の顛末と今後についてです。大将閣下。お願いします」
これまでの席についてゆっくりと食事をしながら話をしていた雰囲気は変わる。
バハムート少将に指名されたディオドーラ大将は、着座ではなく立ち上がり話を始める。
「知っていると思うが、中佐と曹長に過ぎない二人に事の顛末を伝える必要は軍にはない。
しかし、二人の活躍あればこそ、この度の事件は終息を迎える事ができた。これからも二人には北軍の中心となって盛り立ててもらいたい。その気持ちも含めての話だという事を、忘れぬ様」
「「はっ」」バッ
ディオドーラ大将の話に、二人は立ち上がりその場で敬礼をした。本来食事の席などの場合には、動きの激しい敬礼ではなく、気をつけの姿勢が望ましいが、この場の雰囲気が二人にそうさせていた。
「うむ。私が帝都の軍法会議に出席した時の事はエルメス中佐も知っているから省かせてもらう。
まず、私の懸念はそこにはなかった。問題は皇帝陛下への報告にあったのだ。
簡単に言うと、私も首を切られる覚悟をしていたのだ」
ゴクリッ
死を覚悟していた。そのセリフにソウは息を呑んだ。
ソウが絶対に避けなければならない事態だからだ。
「そこで私は陛下に北軍で起きた事件の詳細を報告した。私の知っている陛下は失敗を咎めたりはしない。大切なのは最終的な結果である。そんなお方だ。
しかし、それは戦争における話。王国戦で多大な犠牲を出そうとも、陛下が命じた『王国を手に入れろ』という結果さえ持って帰れば、細かい事は言われない。
今回の場合は、陛下の命令外での事。
そこで多数の兵を死なせ、軍が内部分裂しかけた。
どう言うことかわかるな?」
帝国民は貴族、軍人、一般人含めて等しく皇帝のモノ。
それを勝手に死なせたのだ。責任はトップにある。それも簡単に支払える代償ではないだろう。
「私は元より許しを乞いに伺ったわけではない。どうすれば償えるのかを窺いに行ったのだ」
許しと償い。似て非なる言葉。
「そこで陛下に『私の首で良ければ差し出させて下さい』と懇願した。
老い先短い身だ。今更命は惜しくはない。むしろこの事件…汚点が、この命で消せるのならば喜んで差し出したい。
しかし、陛下は厳しいお方であった」
えっ?命を取るより!?
ソウにとってはそれが全てだが、人により大切なモノの順位は違う。
「私にまだ北軍の大将でいろと命じられた。そして次の戦では、北軍に他の軍の援軍を命じられたのだ」
うん。だからなに?
ソウは生きているんだから大した事じゃないだろ?と言いたかった。
「援軍…」
その言葉にはジャックが反応した。
「細かい事はバハムート少将に任せる」
そう言うとディオドーラ大将は着席した。それに倣い二人も席へとつく。
「では。まず、北軍に下った罰は中将の一人欠員状態を10年。私達将官の自主退役を認めない。そして先程伝えられた援軍です。エルメス中佐はこの意味がわかりますね?」
「はっ…援軍とは他の帝国軍の支援です。その意味は長期遠征を意味します」
「そうです。しかも援軍なので手柄は少なく、出費ばかり嵩みます。
恐らくキナ臭い南軍方面辺りに派遣されるでしょう。そうなると期間が3年はあります。
家族から遠く離れる為、隊員達の士気は大幅に下がることでしょう。お二人の大隊の心配はしていませんが、ここが北軍の踏ん張りどころとなるのは間違いないです。
必ずや長期遠征を無事に終えましょう」
ソウにとってはどうでも良い話かもしれない。
しかし、出世にこだわるジャックにとっては全く面白くない話であった。
まず中将の椅子が期限付きとはいえ無くなるということは、少将のいずれかが出世してその席が空くことはないということ。
さらには年齢などの理由で将官が退役しないのであればその椅子は中々空かない。
確実に退職後に領地を貰うには最低でも将官にはのぼりたい。
ジャックにとっての悪夢の晩餐であった。
第二章、『泡沫の夢』が終わりました。
ラスプーチンの夢と他の将官の夢、ジャックの夢も儚くも散ってしまいました。
まぁ、ジャックはまだ若いのでこれからいくらでも叶えられるでしょうが。
明日からの間話を挟んで第三章が始まります。
またしばらくお付き合い下さい。多謝。




