31話 裏切りの上官。
大陸暦1315年春の時初旬
「おめでとう。まぁ当たり前だが」
久しぶりのいつもの執務室にいつもの顔ぶれが揃っていた。
「一言多いですよ。そこは素直に『合格祝いに焼肉をご馳走しよう』と労うべきです!」
「うん。変わってなくて何よりだ」
結局ソウはソウなのであった。
少し前。時間はソウが帝都を旅立つ朝に戻る。
「配属はどこになるのかわかんないけど、北軍に行けたらよろしくな」
「楽しみにしているよ」
「ソウ君…旅に荷物を増やして申し訳ないんだけど、これをエルメス先輩に…」
「わ、わかりました。必ず礼状を書かせますね」
宿舎の前でソウを送る為に二人が待っていてくれていた。
ハルトマン少年は軍属になる前に一度実家に帰るらしい。そして書状が届けば晴れて軍に入隊となる。
バッケンザーガ中尉はソウに着いていきたい程だったが、それは無理というもの。仕方なくジャックへの手土産をソウに持たせる事で我慢した。
知らない後輩から贈り物を貰うってなんか怖いな…と、ソウは思うがバッケンザーガ中尉の事は知っている為、無碍には出来なかった。
そして風呂敷に包まれた何かを馬に積んだソウは、二人に向き直った。
「二人ともお世話になりました。所属は違えど同じ帝国軍。また何処かでお会いするかと思いますが、その時までお元気で。では」
別れの挨拶を告げ、ソウは馬を牽き帝都を行く。
そんなソウの後ろ姿を見つめながらハルトマン少年が呟いた。
「アイツ…マトモな挨拶出来たんだな…」
その言葉には、二人の会話を合格発表の時から聞いていたバッケンザーガ中尉は苦笑いする他なかった。
ソウは何故かギースにだけは崩した口調だったからだ。
どれがソウの素なのかわからないバッケンザーガ中尉だったが、どちらにしても『良い子』だと聖人は思っていた。
「そ、そうか…それは大変だったな…」
ジャックはここに来て初めてソウを労った。
それはそうだろう。思いもよらない自分のせい(?)で、試験前からソウに負担を掛けていたのだから。
「これがそのバッケンザーガ中尉から預かったジャック中佐へのお土産です。ちゃんと礼状を書いてくださいね?」
「当たり前だ。…しかし、これはなんだ?えらく大きいな」
ジャックの執務机に乗せたのはバッケンザーガ中尉から預かっていたお土産である。その大きな風呂敷に包まれたナニカは何なのだろうか。
「私も何か気になります。開けてみてください」
「俺が貰ったものだぞ?…まぁ開けるか」
まるで自分のモノの様にソウが急かし、ジャックが包みを開けると、中から出てきたモノは…
「布?…と、手紙だな」
「なんて書いてあるのですか?」
「待て。今読む」
ジャックが取り出した手紙の内容は以下の通りだ。
『拝啓、我等軍学校卒業生の星であるジャック・エルメス先輩へ。
先輩は知らないかと思うのでまずは自己紹介を。
私は先輩の2年後輩で、先輩と同じく主席で卒業した中央軍所属のヘンリー・バッケンザーガと申します。
学校ではいつも先輩の活躍を耳にしており、いつか先輩の様な人物になりたいと思う様になりました。
軍に入り、先輩に追いつく為に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長くなりましたが、実家の領地の特産である染め物を贈らせて頂きました。
この布は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私も同じ布で作られた服を着ています。
どうぞお好きにお使いくださいます様。
帝都からではございますが、先輩の益々のご活躍を祈っております。 敬具』
手紙を読み終えた二人はゲンナリしていた。
「良かったですね…熱烈なファンがいて」
「嫌味か?嫌味だよな?この布でソウの服でも作らせるか」
「やめてください!どんな呪いに掛かるかわかったモノじゃないです!!それにバッケンザーガ中尉に見つかれば殺されてしまいます!」
バッケンザーガ中尉の贈り物は呪い扱いに格下げされていた。
「流石に殺しはしないだろ?」
「何をっ!こういった何かに夢中な人ほど恐ろしいモノはないのです!犠牲はジャック中佐だけで充分なのです!」
「犠牲って言い切ったな…」
ジャックの机の上に広げられた布は綺麗な藍色に染められていた。
「良くやった!流石ソウだ!」
帰還の報告は上司であるジャックにいの一番に伝えたが、他にも報告しなければならないところは多い。
その一人が北軍最大権力者であるディオドーラ大将である。
ソウは元王城の一室にて、ディオドーラ大将に報告中であった。
「はっ!ありがとうございます」
「それと、一つ。これがソウ宛に届いておる。これの報告もしてもらえるか?」
ディオドーラ大将が取り出したのは二通の封筒であった。
「はっ。…心当たりがありません」
「本当か?宛名を確認してみろ」
答えるソウにジャックが確かかと問いかけた。
「私に手紙を送る人なんて……『エリザベス』?に『クリステラ』?知りませ…ハルトマン…マーラン…」
名前を見てもピンと来なかったソウだったが、家名を確認して全てを思い出した。
(そうか…あの熊から助けたお嬢さんはギースの妹だったのか)
漸く御令嬢が日の目を見た。もちろんすぐに忘れる事だろうが。
「この二人は帝都へと向かう時に賊に襲われていたのと、熊に襲われていたのを偶々助けたのです。
お礼は結構と伝えたのですが…どうやら気を遣わせたみたいです」
「聞いてないんだが…」
ジャックの嘆きはスルーされた。
「そうか。更に良くやった!ハルトマン家からはハルトマン大佐からも連絡が来てな。知らない事だから本人に言えと言っておいたわ!
マーラン家からはマーラン大佐は何も言ってこなかったから、恐らくは本家の令嬢の事で大佐は知らないのであろう」
「はっ。確かにその様な事を言っていたかと…」
「うむ。今日は時間はないが、明日の夜にソウの帰還祝いと合格祝いをしようではないか!
バハムートとサザーランド中将にはワシから言っておく。今日はゆっくりと休むが良い」
こう見えてディオドーラ大将は忙しい御仁である。
ソウとジャックは敬礼後退室した。
またもいつもの執務室に戻ってきた二人は、夕食を摂っていた。
「それで?詳しく報告しろ」
「?あぁ…御令嬢達の話ですね。一応言っておきますが、本当に忘れていたのです。嫌なことが多かったので…」
ソウにとって二つの事件で嬉しい事は何一つなかった。
熊肉でも手に入ればよかったが、そんな事を主張する事も、また時間もなかった為、泣く泣く諦めたのだ。
ソウはジャックに嫌な事も含めて説明した。
「マジか…」
「マジですよ。あの調子だと、帝都でも噂は広められていますね…」
ジャックは頭を抱えていた。
ソウが説明したのは噂についてだ。
噂とはもちろん『漆黒の騎士と金色の賢者』についてのことである。
「それは記憶から消したくなるのも頷ける」
「では、不問ですね?」
「…まぁ仕方ない。むしろ何故思い出したのかと怒りたいくらいだ」
そんな事を言われても…
ソウは手紙の送り主を恨んでくれと思った。いや、この場合はサザーランド中将か。
「それで?封筒には何が入っていた?」
結局二人は似たモノ同士なのである。ジャックもソウが何を受け取ったのか気になる様だ。
「待ってください」
ソウはまず初めにマーラン家の封筒を漁った。
「手紙ですね。読んでみましょう」
『拝啓、漆黒の騎士様。…』
「読むのやめて良いでしょうか?」
ソウは懇願するようにジャックに問う。
「…やっぱり、手紙は一人で読むモノだな。頑張れ」
ジャックはソウを裏切った。
辱めを受けるのは一人だけでいい。
実に軍人らしい考え方である。




