30話 卒業試験。合否編。
「アイツ…やりやがった」
ハルトマン少年は呟く。
この卒業試験の主役は自分だと言うことを、今日まで信じて疑わなかった。
しかし今、そんな考えは微塵も浮かばない。結果がそれを示しているからだ。
そんなハルトマン少年が見つめる先には、一人の黒髪の少年が舞台の上に立っていた。
「採点出来ましたでしょうか?」
息も切らさずに伝えるソウはあれから9回の再試験を行っていた。
「…いや、見えなかった。だが、結果は文句なしだ。これにて卒業試験を終了する!
結果は三日後に校門に貼り出される。しっかり確認しておくように。以上!解散!」
上官…ではないが、ここでは教官が上官である。その者の判断に口を挟めないソウは全てを受け入れる他ない。
文句なしと言われたからには大丈夫だろうが、それでも不安なのが試験というものなのかもしれない。
「結局、試験官全員倒したな」
「勘違いするなよ?軍曹は強い。だからこそやり易くもあるがな」
「?よくわからんけど、お前…曹長が強いのはわかりました」
軍曹の軍歴は長い。ソウがおかしいだけで普通は長く戦場で生き残った者達が就く階級である。他に異例があるのは士官前の軍学校の卒業生くらいだ。
そうした軍曹の動きはソウには慣れたものだった。イェーリーの剣技のように掴みどころがない訳でもなく、軍曹達の素直で愚直な剣は力強く速さもあるが、目の良いソウにとって対応は簡単なモノだったのだ。
軍の剣はあくまでも集団対集団に特化したもの。一対一、一対多を想定して訓練を続けているソウとは相性も悪かったのだ。
「おい。約束だろ?他に聞いている人はいないんだ。ちゃんと守れよ」
「…おかしくないか?舐めた口をきいた俺が殴られたのはわかる。でもその後にその殴った理由を否定するなよな…」
世の中は理不尽なのだ。貴族家に生まれて、父親は軍の高官。そして本人も優秀。これまでの人生で躓くどころか理不尽な想いを一度も経験してこなかったであろうハルトマン少年に初めて降りかかったのが、ソウという理不尽の塊だった。
「そんなことよりも…」
「いや、そんな事っていうなよ…」
「腹が減った…帝都で安く美味い飯が食べられるとこを知らないか?」
確かにソウにとっては生き残る事以外で、食事の上に行くモノなど存在しない。
そんな事である。
「…着いてこい。案内してやる」
「おっ!助かる!やっぱり持つべきものは苦楽を共にした同級生だなっ!」
「誰だよっ!?お前今日初めて会ったじゃねーか!?」
ソウは感動していた。
ツッコミがちゃんとしている…
ただそれだけだが、これまでゲンコツを喰らう事はあれど、ツッコまれたのは初めての事だったからだ。
何はともあれ、無事に卒業試験を終えた二人は、帝都の美味しい食事処へと向かって行くのであった。
「旨い!見た目はアレだけど、量も多いし味もしっかりしている!」
ハルトマン少年が連れて来てくれた食事処は、軍学校から程近くにある学生向けの食堂だった。
貴族の多い学生だが、遠く親元を離れて暮らす彼等彼女等は帝都の店を多用している。
そんな貴族の子弟であれ財が無限にあるわけではない。そんな外食も多い学生が利用しやすい値段で、育ち盛りにマッチしている量を提供しているこの店も多分に繁盛していた。
「やめろよ…恥ずかしい奴だな…」
ソウの言葉は褒めるだけではなく、しっかりと否定も混じっていた。
それに対してハルトマン少年は、この様な大衆店で料理の品評を行う者など何処にもいないと、恥ずかしがっているのだ。
「見た目に反して味が良いっていうのが良いんだ。わかってないな」
否定の言葉にハルトマン少年が恥ずかしがっていると思っているソウはそう告げるが、そうではない。
「おっ。少年は物の道理がわかってるな!」
「はい!美味しいですよ!見た目とギャップがあるのもさらに美味しさを増して感じさせますね!」
ソウに追加の料理を運んできた、店の店主と思わしき男の言葉にソウが返した。
「態々見た目に凝って値段を上げるよりも、同じ味なら安いほうが良いってもんよ!」
「はい!誠におっしゃる通りです!その様な料理は身分の高いお金持ちに任せます!」
「ガッハッハ!おもしれぇ少年だな!よし!サービスで肉をもう一枚焼いてやる!食えるだろ?」
「ご馳走になりますっ!」
ソウは大人に可愛がられる星の元に生まれているのではないのだろうか…
店主が去った後、怪訝な表情をしているハルトマン少年が言う。
「ソウってキャラがブレブレだよな…大体食い過ぎだぞ…」
「食い過ぎはないだろ?俺達は育ち盛りなんだぞ!」
「既に大人顔負けじゃねーかっ!」
ハルトマン少年は律儀にツッコむ。根は優等生なのだ。
「北軍大将のディオドーラ閣下はもっと大きいぞ?」
「いや、見たこともねーし、上を上げればキリがねーよ!ソウは十分デカいわっ!」
ソウは軍でも平均以上の体格になっている。ジャックと出会った時に比べると、子供の成長とは早いモノだ。
「ふぅ…食べた。食べた」
店主のサービスもあり、帝都に来て初めてお腹が苦しくなる程食べたソウだった。
「結局食い切ったな…」
「生まれてこの方食べ残した事はないからな」
それは素直に誇って良いが、限度がある。
ハルトマン少年は呆れていた。そんなハルトマン少年から質問が飛んできた。
「三日後の発表はどうするんだ?」
「世話になった中央軍のバッケンザーガ中尉と午前中に見に行く予定だ。ギースも一緒にどうだ?」
「俺は寮に住んでるからすぐわかるんだよな…でも一緒に行くか。合否を見ずに校門で待っててやるよ」
ハルトマン少年は付き合いが良いらしい。
「わかった。ギースが主席になれるか確認だな!」
「いや、そこは二人の合否を目的にしろよ!」
なんで主役にするんだよ!そんな声が聞こえて来そうであった。
三日後の朝。
宿舎へと迎えに来てくれたバッケンザーガ中尉を伴い、ソウは軍学校へと向かっていた。
「へぇ。友達が出来たんだね」
「はい。北軍のハルトマン大佐の息子です」
「僕が行ってもいいのかい?」
友達と約束しているのならと、気を使うバッケンザーガ中尉にソウは大丈夫だと告げる。
「お世話になった中尉ですもの。それに私の結果を親身になって心配して下さっているのですから。なんの問題もありません」
「そうかい?じゃあ見届けようかな。エルメス先輩の寵児を」
いや、隠し子じゃないから。
そう思うが、この人にジャックの事で何を言っても聞いてもらえないと知っているソウは、無言を貫き通した。
良い人なのだがおかしな人でもある。そんなバッケンザーガ中尉を連れてソウは軍学校に到着した。
門前にはハルトマン少年の姿が見える。
「彼です」
手を挙げてこちらに合図をしたハルトマン少年に、ソウも手を挙げて応えた。
「ギース。こちらが中央軍所属の中尉、バッケンザーガ殿だ」
「はっ!軍学校生徒、ギース・ハルトマンといいます!」バッ
「うん。良い敬礼だね。紹介に預かったバッケンザーガです」バッ
二人の挨拶が済んだところで、三人は目的を果たすために視線を移した。
「結構人がいますね」
「そうだね」
「すぐに移動すると思うので並びましょう」
三人が見ていたのは、試験の合否が貼り出されている掲示板の前に並んでいる人の列だ。
軍学校も軍同様に規律を重んじている。その為、いくら合格発表と言えど、きちんと並んでいる。
列に並ぶ事15分。遂に三人の番がやってきた。
「ありました。合格のようですね」
「…ソウ君。他人事の様に言うのはやめてもう少し喜ぼうよ?」
こう見えてソウはホッとしている。しかし、それを表に出さない程度には、前世で様々な事を経験していた。
「あっ!ギース!主席じゃないかっ!おめでとう!」
掲示板を見て、固まっていたギースを不審に思い、その手に握られていた受験番号と掲示板を見て、ソウが発見した。
主席だけは番号の横に点数が書かれているのだ。
「230点。優秀じゃないか。おめでとう」
「あ、ありがとうございます。これで家族に良い報告が出来ます!」
バッケンザーガ中尉も主席、ジャックも主席、そして初めての同年代の友人も主席。
だが、一番目立っているのは主席ではないソウである。
「ソウが三科目受けていれば無かった主席だ。あまり素直には喜べないけど、良かったよ」
そう告げるハルトマン少年の表情は苦笑いを帯びていた。
「ここだけの話。俺は魔法は全然なんだよ。受けてても碌な点数は貰えてなかったから、主席は間違いなくギースだ。誇っていい。おめでとう」
三年間努力してきたのはギースだ。
ソウの偉業はとてつもないが、主席なのは間違いない。
幼くも気を使う少年に、ソウは心より喜んでほしいと思った。
「そうだよ。ソウ君が三つ受けてても間違いなく君が主席だ。それは同じく主席だった僕が保証しよう」
「ありがとうございます!」
バッケンザーガ中尉もソウと同じ気持ちだった様だ。
中尉の言葉に漸く晴れやかな表情で喜びを爆発させたハルトマン少年だった。
「それはそうと。ソウはいつ帰るんだ?」
ハルトマン少年が喜びも束の間、友人との別れの日を確認した。




