29話 卒業試験。剣技編。
その後はソウの噂話をする者も好奇の視線で見てくる者もいなかった。
理由はハルトマン少年にある。どうやら彼はこの学校で本当に優秀な生徒のようで、周りから一目置かれているらしい。
そのハルトマン少年の側にソウがいる為、誰も見なくなったのだ。
「えっ!?お前一年足らずで曹長になったのか!?」
「そうだ。戦争で偶々活躍したのが認められてな。軍学校を出るといきなり軍曹扱いなんだろ?そんなに驚くことか?」
平民であれ貴族であれ軍学校を出ると一年ないし、二年は軍曹扱いである。
その後は少尉へと上がる。これは現場の動きを年間通して知っていないと、人を使う立場になった時に知識だけではわからないところが出てくるのを防ぐ為であった。
そして平民であれ、貴族であれ軍学校を出ていない者の軍人生活は二等兵から始まる。
「それとは全然違うだろうが!一体何をしたんだよ!?」
「何も?普通に言われた事をこなしただけだ」
確かに間違ってはいない。
ただその活躍は尋常では無かったが。
「本当かよ?父上を知っているって言ってたよな?北軍の第二師団員か?」
「いや、俺の所属は第三師団の第四大隊だ。ハルトマン大佐から依頼を受けて援軍に行ったことがある。戦後の事だがな」
ルガーの故郷の事は伝えない。軍事機密扱いになっているからだ。それに北軍の汚点でもある。
「そ、そうなのか?じゃあ本当に知っているのか?」
「当たり前だろう。軍人が軍の事で嘘をつけば首が飛ぶ。物理的にな」
「な、名前を教えてくれ」
ハルトマン少年の目でも最初からソウの事は異様に映っていた。
暴力を呼吸をするかのように振るい、その後も全く動じていないという異常性。
そんなソウが嘘を吐いているとは思っていなかったが、自身の父の事はソウが一方的に知っているだけで知られてはいないだろうとも思っていた。
しかしどうやらその考えは間違っていたと気付いたようだ。
「北軍第三師団第四大隊第六中隊中隊長のソウだ」
「中隊長…俺と年が変わらないのに既に百人以上も部下が…」
「ちなみにまだ成人していないから正確に言うとギースより一つ下だがな」
平民には縛りはないが、学園に通う貴族達が卒業する時は15になっている。
つまりはソウの一つ年上達だ。
「えっ!?年下かよ!?」
一瞬接し方を変えようかと考えていたハルトマン少年だったが、年を聞いたからには下手には出づらくなってしまった。
ソウは軍人視点では叱ったが、本音のところでは同年代で気安く話せる相手がいなかった為、嬉しかったのだ。だからギースが下手に出そうになったところで歳を告げてやめさせたのだ。
「軍では年齢は関係ないからな。あまり気にしたらダメだぞ」
最年少軍人による説得力のない話は、ハルトマン少年の心に全く響かなかった。
広い軍学校の校舎を跨ぎ、反対に位置する運動場へとやってきたソウ達は試験官の声に耳を傾けている。
「では、先程の説明にあったように剣技の試験は軍からの応援も借りている。失礼がないように」
試験官の説明によると、学校側の教官は採点するのみで相手をするのは現役軍人のようだ。
殆どが貴族のこの学校の卒業学年の生徒数は、然程多くはない。しかし、さらに少ない教官だけで剣技の試験を行えるほどではないからだ。
「中央軍から来ていただいたのは十人の軍曹達だ。胸を借りるつもりで全力を出しなさい」
教官の話が終わり、試験番号順に一段高くなっている所へと呼ばれていった。
そこは一辺が10m程の正方形の形をしており、そこから出ると負けのようだ。
実際の戦場は広いが一人一人の取れるスペースはかなり狭い。戦場に出た時に移動がしづらいここでの訓練が身を結ぶとかなんとか。
ハルトマン少年の解説を聞きながら自分の番を待った。
「強いじゃないか」
ソウより早く順番がやってきたハルトマン少年の剣技試験の感想を告げた。
「ふんっ!真剣なら勝ってた」
「いや、ギースの腕力だと鎧の上からでは真剣でも効果はないな」
ギースは確かに言うだけのことはあった。
しかしそれはあくまでも他の生徒と比べてのこと。戦場でのし上がってきた歴戦の軍曹には遠く及ばなかった。
「く…じゃあ偉そうな曹長さんは勝てんのかよ?」
「あれくらいなら五万と見てきた。問題ない」
「ほ、本当かよ…」
ソウの忖度ない評価に反論出来なかったハルトマン少年は、年下を煽り返すが返ってきたのは特に感情の込められていない言葉だった。
「次!〓〓〓番!」
話し込んでいたソウの受験番号が告げられた。
「おっ。やっとか。じゃあいってくる」
他の生徒は魔法試験を挟んでいるが、ソウは暇だった。どちらかと言うと身体を動かしたいまであった。
「…勝てたら敬語で話してやるよ」
散歩にでも行くかのように告げるソウにハルトマン少年は言いたかった事を話した。
ソウが本当に曹長であれば、敬語で話さないといけないのは間違いない事実。随分と掛かったが、勇気のいる発言だったのだろう。ハルトマン少年の握りしめた手は震えていた。
それにソウは気付いた。
「いや。勝てたらその口調でいる事を命じる。もちろん他に人がいないところでの話だがな。後は軍規に照らし合わせて考えろ」
「えっ?」
返ってきた言葉はハルトマン少年の予想していないモノだった。
そんな呆気取られているハルトマン少年を残して、ソウは舞台へと上がっていった。
「おい。名を名乗れ!」
舞台に上がった生徒は漏れなく皆名乗りを上げた。もちろん試験官の軍曹より先に。
「いいのか?上官に先に名乗らせて?」
返ってきたのは予想外の言葉。歴戦の軍曹はどうするのか。
「…雰囲気が。いや、いいだろう。中央軍育成機関第二部隊長のガレックだ」
自分が凄んで見せても動じないソウの雰囲気に唯ならぬものを感じて、先に名乗りを上げた。
「北軍第三師団第四大隊所属第六中隊長のソウだ。一応曹長だ。試験よろしく頼む」バッ
「なっ!?し、失礼しました!」バッ
ソウの熟れた敬礼に相手の軍曹は慌てて敬礼を返した。
何も喧嘩を売っているわけではない。ここでは隊服を身につけていないから双方の階級がわからないのだ。
ソウは教官の説明で相手が軍曹である事は知っていたが、相手は寝耳に水の話だったことだろう。
「ごほんっ。挨拶も済んだ事だし始めてくれるか?」
「はっ!では…いいでしょうか?」
教官の言葉により軍曹が伺ってくる。
「もちろん。本気でこい。俺も本気で行く」
「では…」
二人のやりとりを見ていた生徒は誰一人声を出さずに見守っている。まさかあの目立っていた外部受験生が現役軍人だったとは…そう驚く生徒達の視線は真剣なモノに変わっていた。
現役の軍人同士の対戦はそれほど興味を惹かれるモノのようだ。
剣技の試験では金属鎧を身につけてはいない。
普段の授業では鎧を着るみたいだが、人数分はない。そして着替えを待つ時間も勿体ない。
そうした理由から試験では救命胴衣のような頭から被って横で縛るタイプの革鎧を身につけて行う。
武器は木剣である。
木剣はスタンダードなロングソードくらいのモノでソウも使い慣れているモノだ。
そして試験は始まる。
軍曹が剣を構えて動かないソウに斬りかかる。
試験では上半身のみ攻撃可能…それも首から上への攻撃は禁止されている。
普段であれば幹竹割りの要領で頭頂部を切り裂くものだろうが、これは試験。
軍曹は斜め上からソウの左肩目掛けて渾身の振り下ろしを決めようとした。
ブォンッ
ソウはそれを一歩踏み出す事で半身になり紙一重で躱す。途轍もないプレッシャーを放ちながら木剣がソウの左耳を掠める。
ソウはそれを瞬きもせずに確認した上で、一歩踏み出した力を利用して、中段に構えていた木剣で軍曹の胴体を捉えた。
ボゴッ
そのまま木剣を振り切り、すれ違った二人だったが、結果はわかりやすかった。
「ゴホッオエッ」
鳩尾にモロに入ったのか、軍曹はその場に倒れ込み嘔吐いた。
他の生徒は何合か剣を打ち合って剣技を披露していた。それを知っていたソウはこれは拙いのでは?と思いだした。
魔法が0点なのだ。剣技まで点数が低いと本当にまずい。
焦ったソウは教官に告げる。
「あ、あの…剣技の採点が出来ないと困るので、もう一度やらせて貰えませんか?」
「そ、そうか。では最後にまた頼む」
実は採点者の教官も困っていた。
ただの一撃で倒したのはまだいい。その一撃すら見えなかったのだ。
危うく理由も書けずにただ100点と書こうとしていたところに、受験者からの有難い申し出を受けて即答していたのだった。




