26話 聖人は面倒。
「ここが試験場所と受付所になる軍学校だよ。受付の時は僕も一緒に行くから安心してね」
尊敬するジャックの悪口を言ったが、そんなソウにも変わらず爽やかに優しく接してくれた。
もう少し悪い人であれば邪険に扱えるのに、とソウは少し憂鬱だ。
「ありがとうございます。ここからなら一人で帰れますので、中尉はご自分の仕事をなさって下さい」
流石に今きた道を戻るだけなら誰でも出来る。
この真面目で思い込みの激しい若者を遠ざける言葉を、ソウは優しく紡いだ。
「…本当に一人で学べるのかい?君には悪いが、僕にはエルメス先輩がどうしても君を虐めているとは思えないんだ。
だけど、一人の人が何かに向かって努力しているのなら手助けがしたい。どうだろう?エルメス先輩の事は抜きにして、僕と一緒に頑張らないかい?」
聖人かよ。
ソウは心の中で盛大に溜息を吐いた。
そして覚悟を決める。
「嘘ですよ。ジャック中佐は気のいい友達みたいな関係で、私が中佐を揶揄う方が多いくらいです。ですので虐めはありません」
「えっ!?じゃあなんでそんな事を!?まさかエルメス先輩を陥れる為にっ!?」
「それも違います。正確にはその”エルメス先輩”との約束があるからです。その為に私は一人で学ばなければなりません」
ソウはジャックから…いや、北軍の上層部からお達しがあった。
『魔法が効かない、断ち切ることが可能な事は極力内密にするように』
ジャックからも常々無闇矢鱈に広めるなとは言われてきた。
しかし、今回はバハムート少将からもこのように伝えられていたのだ。
その為、ソウは極力一人で過ごそうとしていたのだ。どこでボロが出るかわからないから。
「私はジャック中佐の機密そのものだと言えば、バッケンザーガ中尉であればご納得頂けるかと」
あまりにも真っ直ぐに来られると、ソウであっても流されるようだ。
態々探られる可能性を他人に与える必要はない。
しかし、バッケンザーガ中尉の気持ちに失礼だと、誤魔化す事はやめた。
「そ、そうだったんだね…ごめんね。僕は良かれと思って…ううん。エルメス先輩に気に入られるように知らず知らずの内に君の事を蔑ろにして、自分勝手を押し付けていたようだね」
「いえ。中尉の人柄は少ししか接していない私にも素晴らしく真っ直ぐな方だとわかります。
ですのでその誠意に嘘はダメだと思い、話させて頂きました。
では。私は試験勉強がありますので」
スッキリした。
ソウはそう思い、踵を返す。そんなソウに背後から一言。
「剣技は一人では難しいんじゃないかな?」
しつこかった。
「ふう。どうでしょうか?」
宿舎に併設されている訓練場にて、ソウは剣の形を披露した。
「うん!凄く綺麗だったよ!まるで在りし日のエルメス先輩みたいだった!」
手を叩き喜ぶ姿は元々の爽やかさもあり25歳にはとても見えない。
「まぁ…形はジャック中佐に教わっていたので、それででしょうね」
「ホント!?いいなぁ!僕も教わりたかったなぁ…」
「在学中に頼まれなかったのですか?」
「頼めないよぉ…エルメス先輩はみんなの憧れだよ?二つも学年が違えばそれはもはや神様みたいなものだよ」
何処かの高校球児のようなセリフだ。
ソウがまだ宗一郎だった時、その宗一郎の高校時代の話だ。
クラスメイトの野球部員が先輩にこき使われていた。それを見て話を聞くと『こき使うのは2年生の先輩で、これは慣例みたいなもの』じゃあ三年生は?と宗一郎が聞くと『神様だよ』もはやついていけなかった。
しかし宗一郎が社会に出て、他の地域の同年代にその話をすると、どこも野球部は同じような感覚だった事がわかった。
まさか軍学校も似たようなところだとは…
ソウはそう思ったが、神様扱いはバッケンザーガ中尉だけかもしれない。
「ちょっ!?ちょっと待って!!」
形稽古は問題ないとされて、次は実戦に移っていた。
「はっ!」
上官に待てと言われたら、用を足していようとも待つのが軍人である。
すぐさま木剣を下ろして敬礼をとった。
「強過ぎるんだけど…君は何歳なの?力で負けるなんて思わないよ…」
「14であります」
「若っ!?えっ!?まだ成人もしてないの!?」
「はっ!」
「エルメス先輩が君を可愛がるわけだよ…」
バッケンザーガ中尉は漸くソウの異常性に気付いた。
「中佐と出会った時は弱かったですよ。恐らくですが、同年代とそう変わらなかったかと」
「流石先輩!見る目まで人並みはずれているとは!」
ソウの成長速度よりも、憧れの先輩を褒めることが優先された。恐らくソウの話はジャックの部分しか聞こえていない。
「それにしても君は規格外だね。確かに二科目で卒業出来るよ。座学も得意なんでしょ?」
「得意ではないですが、中佐の同級生だったレンザ大尉にお墨付きはいただいています」
「えっ!?あのマシュー・レンザ先輩!?」
「えぇ。あのがどれを指すのかはわかりませんが、マシュー・レンザ大尉です」
ジャックは見た目も良く、文武共に優秀だからわかるが、まさかレンザ大尉まで知っているとは思わなかった。
「氷の殺戮者…」
「何ですか?それは?」
聞きなれない単語を聞いてソウは聞き返した。
「ああ…レンザ先輩の渾名…異名だよ。レンザ先輩は優秀なんだけど、そうじゃない人にはとても厳しかったんだ。あの氷の様に冷たい目で表情は変えずにボロカスに言われた人達が、そう名づけていたらしいよ」
「何だかわかるのが悲しいです」
ソウもボロカスに言われた者の一人だ。
つきっきりでの指導をされたのはソウただ一人のため、ソウが一番ボロカスに言われているだろう。
きつい日々を思い出して、ソウは遠い目をしていた。
「でも、あのレンザ先輩が認めているなら大丈夫だね!君はやっぱり凄いんだね!」
「指導者に恵まれていただけです。私には才能はないですから」
事実、ソウに武の才能は無かった。ただ目が良く、人よりも丈夫で挫けない心を持っていただけである。
文の才能も人並み。これは前世の知識でカバーしている。
ソウの唯一にして最大の才能は『生き残る為に全てを犠牲に出来る』ことである。
「謙虚さもあるなんて…本当に14歳?体格だけならもう大人だよ?」
「サバ読みませんよ…間違いなく14です」
バッケンザーガ中尉はソウの案内を指示してきた上官からある程度は聞いていた。
その内容は『成人前に入隊して、最速で昇進している者の案内だ』と。
優秀だとは思っていたが、桁が違っていた。
「これなら君が指導はいらないと言っているのも納得できるよ。
僕が手伝えるのは自分では確認しづらい形稽古くらいかな?それくらいなら手伝っても大丈夫だよね?」
ソウには何かしら隠しておきたい事があるのはわかっている。その上で手伝ってもいいのか聞いているのだ。
「はい。お断りする理由がありません。よろしくお願いします」
ここまで真っ直ぐこられて、さらには余計な詮索はしないと言っているのだ。これを断る事はしなかった。
今日は申し込み最終日である。二人の姿は軍学校の門前にあった。
「じゃあ行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
軍学校はその名の通り学校である。
いくら推薦状を持っていたとしても、入るのであれば顔や名を知られている者の同行が望ましい。
バッケンザーガ中尉はここの卒業生である。どこに行けばいいのかも熟知しており、中央軍で働いていることからも軍学校と何かしらの繋がりは今でもあるだろう。
まるで自分の庭の様にすいすいと進むバッケンザーガ中尉にソウは遅れない様について行った。
学校を囲む塀は2メートル程で、校舎は木造に漆喰の様なモノが塗られていて、木の茶色と白のコントラストが鮮やかである。
両開きの入り口を入ると中も同じ様な造りになっており、廊下は木で造られていた。
二人の軍靴が奏でる音が規則正しく向かったのは、入り口から程近い部屋。
コンコン
「失礼します」「失礼します」
ノックの後に挨拶をしたバッケンザーガ中尉に続き、ソウもそれにならった。
「あら?バッケンザーガ中尉ではないですか。どうされましたか?」
軍学校は軍人の天下り…再就職先でもある。その為職員もバッケンザーガ中尉の事を階級も含めて知っていて、敬称が階級なのだろう。
「こんにちは。今日は卒業試験を受けられる方をご案内するために来ました。
北軍第三師団第四大隊所属のソウ曹長です」
「ご紹介にあずかりましたソウです」
「お若い曹長さんだこと。ただ軍学校の卒業試験を外部の方が受けるには将官級の紹介状が必要なのよ。お持ちかしら?」
入った部屋は20畳程の部屋で所謂職員室のようなものだった。
40歳くらいの女性がバッケンザーガ中尉の挨拶に応えて二人の対応をした。
「紹介状です」
そう言ってソウは懐にしまっていた紹介状を女性に渡した。
「では一旦預かるわね。そちらに座って待っててね」
ソウを子供扱いする口調だが、見た目からすれば少し背の高い学生と大差ない。
学校の先生であればこの対応は普通なのかもしれない。
「はっ!待たせていただきます」バッ
「…子供扱いは謝らせてもらいます。お掛けになってお待ち下さい」
ソウの慣れた敬礼を見て女性は言葉を改めた。
「いえ。実際子供ですので問題ありません」
「そう。自己紹介がまだだったわね。私はシーラ・レビュウというわ。シーラ先生でもレビュウ教官でもどちらでも構わないわ」
「…私はまだ受験資格がないので、レビュウ殿と呼ばせていただきます」
対応を間違えればその紹介状に書かれている名前に傷をつけてしまう。
一歩引いた対応を心掛けた。
椅子に腰掛けて暫く。
先程の女性が老年の男性を伴い戻ってきた。それを確認して、ソウは立ち上がり敬礼の姿勢をとる。
「我々は軍の関係者ではあるがまた別の組織です。その様に畏まる必要はないですよ?」
「はっ!北軍第三師団第四大隊所属ソウ曹長と申します。お言葉に甘えて楽にさせてもらいます」
そう伝えるが姿勢を弛めるつもりはない。
そんなソウを見て、老年の男性の頬は弛んだ。
「バッケンザーガ殿。紹介状に間違いはございませんな?」
「はっ!もちろんです。ライメルン学校長」
この老年の男性はどうやら軍学校のトップらしい。
この人物は味方なのか?
…いや、敵でなければいい。
ソウの想いは通じるのか。




