25話 後輩は尊敬が過ぎる。
「はい。伺っております。暫くお待ちください」
中央軍本拠地の建物に来ていたソウは、受付の人と話をしていた。
バハムート少将が帝都でソウが困らないようにと、中央軍の者に話を通してくれていたのでやってきたのだ。
受付の者に少将の名前を出し、しばしその場で待つと、一人の青年がソウに近づいてきた。
「君がソウ曹長か?」
「はっ!北軍第三師団第四大隊所属のソウであります!」
「そうか。私は中央軍所属のヘンリー・バッケンザーガ中尉だ。君の案内係をバハムート少将から頼まれている」
バッケンザーガ中尉は青髪でジャックより少し若く少し身長が高い青年だ。
「はっ!お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします!」
「よし。先ずはソウ曹長の期間中の宿舎に案内しよう。着いてきなさい」
ソウはジャックの第一印象は、少しヤンチャそうな人だと思っていた。対してバッケンザーガ中尉の第一印象は、育ちは良さそうでありさらに優秀そうな雰囲気を感じていた。
そんなバッケンザーガ中尉の後を着いて行く格好で、案内は始まった。
本部の建物を出た二人は、帝都の中を歩いている。
「…一つ聞いてもいいかい?」
「はっ!」
「ジャック・エルメス少佐…いや、今は中佐だったな」
ジャックの名前が出たことで、ソウの思考は瞬く間に疑いで埋め尽くされた。
これまでにジャックに対しての嫌がらせを嫌というほど見てきた。いや、正確には巻き込まれてきた。
そんなソウが警戒するのは当然のことであろう。
しかし、そんな警戒モードに入ったソウに気付くことはなく、どこか遠くを見ながらバッケンザーガ中尉は言葉を続ける。
「エルメス中佐は凄いよね?」
「はっ…は?」
「君も北軍なら見ていたのだろう?一体エルメス先輩は王国戦でどんな活躍をしたんだい!?」
「……」
どうやらこの爽やかイケメンはジャック中佐のファンらしい…いや、後輩か?
ソウは予想外の方向からの質問に声が出せなかった。
「難しい事は君にはわからないだろう?見たままでいいんだ!教えて欲しい!」
「あの…活躍と言われましても…ジャック中佐の何を知りたいのですか?」
ジャックは王国戦で大活躍していた。ソウはその事を否定する気はないが、対象が多すぎて絞れないのだ。
それ程近くにいたしほぼ全てを見てきて、更には共有していた。
「ジャック…中佐?君は一体…」
しまった!
ソウはいつものようについファーストネームで呼んでしまっていた。気付いたが時すでに遅し。
「中佐には良くしていただいていて、下の名前で呼ぶように言われています…」
「ば、馬鹿な!?あ、あのジャック・エルメス先輩が!?」
だから何の先輩だよ。
聞く前にまずは理由を教えろと、ソウは思っていた。もちろん口には出せないし、聞かなくても凡その事は想像できるが。
「あの…」
「あっ!ごほんっ。失礼した。エルメス中佐は軍学校時代の先輩なんだ。君はどうやら中佐とは仲が良いみたいだね。是非話を聞かせてくれ」
「…私には試験勉強が…」
「なに。それは宿舎に着いたら私が見てあげよう。何を隠そう私の代では、私が軍学校の主席だったからね!安心してくれ」
ソウは全てを諦めた。
そんな二人はいつの間にか大きな建物に着いていた。
中央軍本部から徒歩で体感10分ほどの距離にあるこの建物が、帝都でのソウの宿泊場所になるようだ。
建物はこれまでソウが暮らしていた兵舎と大差ない造りであり、落ち着いて暮らせそうだ。
案内された部屋は四畳半くらいの部屋でベッドと机が置いてあった。
「ここが君の部屋だよ。宿舎への出入りは自由だけど、門限があるから気をつけてね。それで…」
バッケンザーガ中尉はソウを案内して宿舎利用の説明を終えるとモジモジしだした。
イケメンであっても同性のそんな姿は長々と見たくはない。ソウは失礼ながら言葉を遮って先を促すことにした。
「中佐の話ですね。良いですよ」
「おお!では君の知っているエルメス先輩を全て教えて欲しい!」
いや、それは無理。
そう思うが、向こうに引く気が無さそうなのを感じると、ソウは出会いから順序立てて話すことにした。
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「と、そんな感じですね」
「素晴らしい…流石エルメス先輩…学校では神童と言われていたけど、卒業してからもその才を遺憾なく発揮しておられます…」
「…。バッケンザーガ中尉はジャック中佐の軍学校時代の後輩という事でいいでしょうか?」
「ああ!もちろんエルメス先輩は僕の事なんて覚えていないだろうけど…先輩は僕らの世代の憧れの人なんだ!」
確かにジャックは公明正大であり、能力を正しく評価してくれる。
だが、自分の妻すらも蔑ろにしているジャック。そんなたった一人の妻すらも、ロクに幸せにできない男に憧れるところがあるのか?と疑問に思う。
もちろん本人には言わないし、言えない。
ソウも前世では結婚を一度失敗しているのだから。たとえ最大の理由が向こうにあろうとも、最終的にそうなったのは二人の責任だと思っている。
「ちなみに…どの辺りに憧れる要素が?」
「どこって…それは全てさ!誰も寄せ付けないあの孤高な振る舞い。しかしそれでも着いて行く人が後を絶たないカリスマ性…
文武両道であり、全てを高水準で熟す完璧主義者。憧れないところがないでしょ?」
その人って誰ですか?
暇があれば俺を構い、すぐに揚げ足を取ってくる。自分に才能があるから、教え方が下手。
ソウの意見は真反対であった。
「そんな人がいたんですね…」
ソウは遠い目をしていた。
そしてせめてもの抵抗で、バッケンザーガ中尉に聞こえないように呟いた。
「しかし、君がエルメス先輩の腹心の部下だと聞いたなら尚更何もしない訳にはいかないね。
僕がきっと君を先輩に次ぐ成績で卒業させてみせるよ!」
ジャックはどうやら軍学校を最高成績で卒業していたようだ。
バッケンザーガ中尉は大真面目に言っているのであろうが、ソウがその成績を出す事は叶わない。
全て満点であっても200点までしか取れないからだ。
「いえ。お気遣いはありがたいのですが、中尉の手を煩わせるわけにはいきません。
元よりジャック中佐には魔法抜きの二科目での卒業を厳命されております。ですので成績という面では中佐に次ぐモノは出す事は叶いません」
「そ、そんな!?軍学校の試験は簡単なモノではないんだよ!?
君はそれ程エルメス先輩に認められているのか…」
憧れの人。そのジャックが態々難易度を上げてソウに試験を受けさせる意図を勘違いしている。
もちろんこれはソウがそう思わせているのだが。
「認められているのではないのです。これは虐めです!」
ソウはジャックの株を本人がいない所で下げようと画策した。
バッケンザーガ中尉のジャック像も間違っているが、態々嘘を吐いてまでジャックの株を下げる意図は明白だ。
「エルメス先輩はそのような事はしない!!」
「皆さんそういうのですよね…いいです。バッケンザーガ中尉の事は素晴らしい方だと思いますが、やはり信じてもらえない人には教えは乞えません…
私は一人で試験に臨みますので、これで」
嫌われれば、一人でゆっくり出来る。
安直な考えだが、これだと相手も強く言えない。
この作戦のデメリットは本気で嫌われて、嫌がらせをされる。もう一つは何故かソウの意見を信じてしまい、ジャックの悪い噂が流れることだが、そのどちらにもならないだろうと、ソウはバッケンザーガ中尉の人柄を捉えていた。
案の定、バッケンザーガ中尉はジャックの事を擁護する言葉しか浮かんでこず、しかしそれをソウに言っても逆効果だ。
ソウは誰にも信じてもらえないと言っているのだから。
中尉は明日また来ることだけを伝えて、部屋を出て行った。
「はぁ…試験の事に集中できるから早めに来たのに…気疲れしてしまったな…」
漸く一人きりになれたソウは呟き、今後の予定を立てる事に集中した。
「四日後に試験の最終受付があるからそれまではここの敷地内で過ごそう。
中尉が明日来るのは恐らく試験会場となる軍学校への案内だろう。優秀そうな人だし、真面目そうな印象だからさっきの事があっても大丈夫だろう。中佐の事以外は…」
また明日会うのか…
ソウは出来るなら別の人に代わって欲しいと祈った。
もちろんその祈りは届かず、翌日の朝食後にソウの部屋へと訪ねて来るのであった。




