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24話 苦労は買ってでもしろ。

 




「ほう。ではソウ殿は軍学校の卒業試験の為に帝都へ向かっているのですな」


 道中することもない為、会話を交わしていくうちに護衛の口調は普段のモノへと変わっていた。

 言葉を交わす前は不気味で恐ろしく感じていた様だが、話せば気の良い青年、少年であるソウは護衛達とすぐに打ち解けた。


「はい。推薦してくださった方々の為にも遅れるわけにはいかないのです」


「素晴らしい推薦者の方々ですな。まさか北軍大将であられるディオドーラ様のお名前まであるとは。

 遅れる事はないでしょう。ここからなら後三日程度で帝都につけますゆえ」


 そうソウに答えながら護衛の一人が推薦状を返した。

 ソウの実力も知って、尚且つ推薦状に名を連ねる者達を敵に回す行いはしないだろうと、ソウは身分を保証するその推薦状を護衛達に見せていたのだ。

 彼等も仕事柄、何処の馬の骨とも知らぬ相手を護衛対象に近づけるわけにもいかないだろう。そう考えて気を遣ったのだ。


「そうですか。それなら安心ですね」


「それはそうと姫様の機嫌が……」


「いえ。乗りませんよ?私は平民なので馬車に乗れる様な身分でもないですし、何よりも愛馬がいますから」


 令嬢はソウと話がしたい。その為、移動中は馬車に一緒に乗って欲しいと頼んで来た。それを何とか断って今があるのだ。

 一度でも乗ってしまえばそこは牢獄。抜け出す事は叶わないだろう。


 言い訳の一つでもある愛馬であるが、名も知らない事を誰が疑うだろう。












「ふぅ!スッキリしたな」


 ソウはこの旅で初めて宿を利用していた。そして久しぶりの湯浴みだ。湯浴みと言ってもお湯が張られた桶があるだけだが、それでも有り難かった。

 この真冬にずっと野宿をしていたと聞いて護衛達はたいそう驚いていた。

『軍人とはそれ程に過酷な職業なのか…』

 と、勝手な想像をしていた。

 もちろんソウのストイックさは食事の為である。護衛達と令嬢の勘違いは正される事はなかった。


「まさか宿代を出してくれるとは…人助けも悪くないな」


 お礼にはほど足りないが宿代は出させて欲しいと令嬢から申し出があった。

 元日本人らしく一度は断るものの、二度目の申し出は有り難く受け入れることにした。


「飯も美味かったし、おかわりも自由にして良いと言われれば遠慮は出来んよな?」


 普通おかわりは一度くらいだ。

 最後の方は護衛も令嬢も唖然としていたのは言うまでもない。


「後二日か…一人だと一日で済むが馬車がな。しかし宿と飯があるなら何の問題もないな!」


 これは士官になる為の旅であり、食道楽の旅ではないのだ。ソウは勘違いしているのかもしれない…





「おはようございます。今日もよろしくお願いいたしますわ」


 既に出立の準備を終えている護衛達とソウの前にゆっくりと優雅にやってきた令嬢と侍女は綺麗なカーテシーを決める。


「おはようございます。何もない事を馬車の中よりお祈りください」


「ふふっ。ソウ様の武勇をこの目で見られるのなら、何かある方を望んでしまいそうですわ」


 コイツ昨日襲われていたんだぞ?貴族は肝も太いのかよ…

 ソウは強いが無敵ではない。流れ矢で簡単に死んでしまうかもしれない。

 いくら格下であろうとも争いを避けたいソウは、貴族の図太さに乾いた笑いしか出ることはなかった。








「英雄録の一ページですわっ!」


 街道を順調に進んでいたソウ達の目の前には、トラブルがあった。

 正確には襲われている馬車が一台。

 この世界は馬車は襲われなければいけないのか?ソウのそんな声が聞こえてきそうではあるが、今回襲っているのは人ではない。


「熊ですね」


「熊ですな」


 馬車を襲っているのは体長2mはゆうに越えるヒグマのような見た目の熊であった。

 この世界の熊も冬眠はするのだが、今日は陽気がいい。勘違いして目覚めたのかもしれない。

 そして冬眠明けはお腹が空いていて気性が荒くなる。


「ソウ様!頑張ってください!」


「……」


 俺が行くのかよ…

 ソウはそう思うが、この護衛達には荷が重いだろうことも理解している。

 何よりも時間は残されていない。熊はすでにその馬車の護衛を紙切れの様に吹き飛ばしていた。


「ご指名のようですので行って参ります。皆さんは御令嬢を」


「わ、わかりました。お気をつけて」


 以前のソウであれば逃げ一択だ。しかし、今は腰に頼もしい相棒がぶら下がっている。


 パトラッシュを護衛達に預けると、馬車へと向かい走り出した。


 なるべく足音を殺して近づいたが、流石は野生動物。20m程手前で気づかれてしまった。


「やっぱり簡単にはいかんか」


 ソウもそこまで期待はしていなかった為、覚悟を決めて熊へと迫った。


「グゴォアア!!」


 雄叫びを上げてソウを威嚇する熊へと剣を抜き肉薄する。


「ガァアッ」


 ブォンッ


 死の音がソウへと迫るが、イェーリーの剣ほどの鋭さはなかった。


「シッ!」


 気合い一閃。熊の爪と腕を掻い潜り、その巨体を通り抜け様に斬りつけた。


「グギャオオ」


 熊は自身の死が迫っていることに抗うかのように雄叫びを上げる。

 その足元には自身の臓腑がこぼれ落ちている。


 ドォンッ


 その巨体に相応しい轟音と共に、巨体は地面へと投げ出された。


「ふぅぅ」


 人とは違いその動きは洗練されてはいない。しかし、その気迫は本物であった。

 人相手より神経を削がれたソウは、いつものように細く長い息を吐いた。






「お見事ですわ!!まさに疾風迅雷とはこの事!あぁ…早くこのお話をお聞かせしたいわ…」


 令嬢にとってソウは憧れの人物というより、もはや話題製造機であった。


 ソウが令嬢の相手をしている間に、護衛達が襲われていた馬車の者達と話を終える。


「お嬢様。どうやらハルトマン家の分家の御令嬢のようです」


「まあっ!ではお助けしなくては!ソウ様。しばしお待ちください」


 どうやら熊に襲われていたのは令嬢の知り合いの令嬢らしい。

 またも煩いのが増えるのかと、ソウはゲンナリするが、一つ気になる事があった。


「ハルトマン…家?」


 少し思うところはあるが、一刻を争う事は他にいくらでもある。まずは倒れている護衛の元へと向かった。









「まぁ!ではソウ様はお父様をご存知でいらしたのですね!!」


 新たに加わった令嬢もソウと同年代の少女であった。そしてこの少女はハルトマン大佐の一番下の御息女とのこと。

 両令嬢の二人は帝都にある全寮制の学院へと向かっていた。


「はい。直属の上官ではないですが、お父上の作戦に参加させて頂いたこともあります」


「まあ!では本当に知らない仲ではないのですね!漆黒の騎士様と縁があるなんて羨ましいですわぁ!」


 ソウの気苦労という名の荷物は倍になっていた。













「やっと着いた…」


 ソウ達の前には以前にも見た灰色の壁が迫っていた。

 前回はその威容に臆していたが、今回はその壁が三途の川の近くにあるとされるお花畑のように感じた。


「本当にここでお別れですの?」


「学院までご一緒しませんこと?」


 令嬢達は見た目も良いソウを見せびらかしたいのか、しぶとく誘っている。


「軍人には専用の入り口がありますので、ここで。宿は助かりました。ありがとうございました。

 お父上と叔父上にはどうぞよろしくお伝えください」


「仕方ありませんわね…ソウ様。この度は窮地を救って頂き、ありがとうございました。家の方からも何かあるかと思いますが、その時は気になされずお受け取りくださいませ」


「獣の餌になる所を助けて頂き感謝の言葉もありません。

 も、もし宜しければぶ、文通など…」


「それこそお気になさらないように。軍人たる者、帝国民は等しく守る対象ですので。文通はご遠慮ください。筆不精ですし、軍人はひと所に留まりませんので。では、皆様のご活躍ご健勝を遠い空の下でお祈りいたしております」


 伝えるだけ伝えるとソウはすぐにその場を去っていった。

 文通は娘としているから間に合っている。とは言えず、適当に濁した。


 ソウが思っていたよりも時間は掛かったが、ジャックが試算したのと変わらない早さで帝都に辿り着く事は出来た。

 漸く一人になれる…

 ソウの気疲れは終わりを迎えた。

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