23話 後始末。
「ぶ、武器を捨てろ!!」
漸く動き出した兵士達がした事は、ソウへの武装解除命令だった。
恐怖は賊だけではなく、襲われていた側の兵士にも与えていたのだ。
そんなソウは愛剣に落としていた視線を上げて、声のした方を窺った。
ソウの周りは首無し死体にその頭部も転がっていて、さらには内臓をぶち撒けて両断されている死体まである。
ソウの片手には愛剣である魔剣が怪しく黒光しており、ソウの端正な顔立ちと黒髪も相まって尚更不気味に見えた事だろう。
目があった兵士は短く『ひっ』と悲鳴を漏らした。
「あの…」「ひぃっ!?来るな!」
兵士の言葉に説明しようと近寄るソウ。
そのソウの言葉と行動に悲鳴を上げる兵士。
「……」
少しの間、その場に沈黙が流れるが、それを断ち切ったのはソウであった。
「私は帝国軍人です。つまり味方です。身元を保証する物も持っていますが、知らない人に渡す事は出来ません。
其方は?」
ソウの言っている保証する物とは、試験を受けるための推薦状である。
唯一無二であり、失うわけにはいかないそれを、恐らく大丈夫であろうという理由で渡す事は出来ない。
ソウの言葉を吟味した兵達は、視線を合わせて代表を決めた様だ。その者がソウへと答える。
「帝国軍の方でしたか…失礼しました。先程は窮地をお助け頂き、誠に有難うございます。
我らはマーラン家の姫の護衛です。失礼ながら所属とお名前をお聞かせ願えますか?」
「北軍第三師団第四大隊所属、第六中隊長のソウといいます。階級は曹長です」
「おお…やはり北軍」
ソウの名乗りを聞いて、マーラン家の護衛達はあからさまに安堵していた。
「?どうかされましたか?」
まだ何も証明はしていないのに空気が変わった事をソウは不思議に思う。
「これは失礼を。我らが護衛している姫の叔父にあたる方が北軍におられるのです。ギベット・マーラン大佐と言います。ご存知でしょう?」
護衛は自信満々に身内を紹介した。
もちろんソウは知らない。厳密には覚えていない。
初めての偵察任務後に大勢の前でソウの事で文句を言っていた人物だが、記憶には残っていない。
「も、もちろんです!マーラン大佐ですね!お世話になっています!」
お世話どころか一度足を引っ張られている。
「おお!やはり!いや、すみません」
ソウの答えに喜んでいた護衛は、仲間に肘打ちされて言葉を切った。
「我らの主が感謝の言葉を伝えたいと申されています。宜しいですか?」
本当は断りたい。しかし名乗った上に北軍大佐とも知り合いときたものだ。断れば色々な人に迷惑を掛ける。
「もちろんです。御目通り叶いますか?」
「はい。こちらへ」
剣を元の位置に戻したソウは、服の汚れを簡単に払うと、護衛に案内されて馬車の入り口前へとやってきた。
馬車が止められていたから馬でも殺されたのかと考えていたが、馬は無事だった。その事にソウが安堵していると馬車の扉が開いた。
「無事だろうか」
執務机に向かっているジャックだが、何処か上の空である。
理由は知っての通りソウの事だ。
「ソウ曹長が無事でないなら、誰が同行しても無事ではないでしょう」
何の慰めにもならない言葉をレンザ大尉が返した。
普段のレンザ大尉であれば親身になるところだろうが、流石にこうも多いと面倒になるようだ。
「今はどの辺りだと思う?」
「…エルメス中佐。それは一刻前にも聞かれました。ソウ曹長であれば無事ですし、問題はありません。私とイェーリーの教え子なのですから」
レンザ大尉は実際にソウの能力を高く評価している。
しかし、実は心配事はいくつかあった。
一つは食べすぎにより旅費が尽きること。
一つはソウのトラブルメーカー体質により、不必要な事に巻き込まれているかもしれないこと。
見事に当たっているのだが、ここで確認のしようもないしわかってもどうしようもない。
「…そうだな」
ジャックはその言葉に一応の納得は見せた。
だがそれも長くは続かないだろうとレンザ大尉は諦めていた。
当たっている。
「まぁ!ではソウ様が噂の漆黒の騎士様でしたのね!」
馬車から姿を現したのは煌びやかな装いの少女であった。
綺麗に紫色に染められたドレスには所々金糸が使われているのか、太陽光をキラキラと反射している。
そしてこのマーラン家の少女はサザーランド中将の孫の友人であった。その友人同士のお茶会の席で今話題の漆黒の騎士、その人物を前にして興奮覚めやらぬ様子だ。
「いえ…合っていますが違います…漆黒の騎士はサザーランド中将閣下が脚色した話でしょう。私は山も割っていませんし、王弟の御子息の首も取っていません」
少女はソウの名前と見た目から間違いないと、お茶会で話題になっていた話を本人に聞かせた。
漆黒の騎士が恥ずかしながら自分の事だとは認めるが、話の内容は容認出来るものでは無かった為、訂正を入れているところだ。
「では…勇敢にも王国軍に先陣を切って斬り込んだというのも?」
「あ、いえ…それは確かにしました。ですがその様な美談ではなくてですね!『まぁ!では、逃げる王弟の息子を捕らえたのも!?』……はい。わたしです……」
ダメだ…都合の良い言葉…いや、美談しか耳に入っていない…
ソウは半ば諦めていた。
「素晴らしいご活躍ですわ!まるでお伽噺の騎士様ですっ!ソウ様は帝国の救世主様でございますわね!」
少女の話を苦笑いで聞いていたソウであったが、どうしても訂正したいことがあった。
「私は救世主ではないですよ。己の油断と過信からとても大切な人を戦争で亡くしました。
この話をするなとは言いませんが、出来ればその方の事を添えて頂けると有り難く思います」
ソウはイェーリーの事を話したかった。
その話まで美談にされたらソウは悔しくて仕方なくなってしまう。
間違って伝わっていた上官の死を、正確に伝える事が自身の償いだとそう思ったのだ。
「先程仰られていた犠牲となった方は私を守る為に割り込んできただけではないのです。その方は私の失敗を代わって下さった。私がちゃんと話をして、そしてその人の話を聞いていれば防げた簡単な事だったのです。
その様な自分勝手な人が救世主のはずはありません。ただ、私にとっての救世主の内の一人は、間違いなくその方だったのです」
「…とても素晴らしい方でしたのね」
イェーリーの死が簡単に美談として語られるのだけは嫌だったが、素晴らしい人と言われるとなんとも言えないソウであった。
「大変名残惜しいのですが、馬を向こうに繋いでいるので、私はこれで」
キリが無い。
延々と話し続ける令嬢に、ソウは何とか終わりを告げた。
「あら?ソウ様はこれからどちらに?」
「訳あって帝都に向かっております」
「まあ!私も同じ目的地ですわ!でしたらご同行願えませんか?見ての通り、私の護衛達は百戦錬磨の軍人様とは違い心許ないので…ソウ様と一緒であれば心強い事この上ないですわ!」
これだから貴族は嫌だ。
自分勝手な事をいう令嬢にソウは機嫌を悪くする。先程命懸けで守ってくれていた相手に敬意が感じられなかったからだ。
しかし…この世界は権力が武力よりも強い事が多い。いくら個人の武で上位に位置しようが、権力からすればそんなもの無いに等しい。
ソウは何とか笑顔を貼り付けて『ええ。よろしくお願いします』というのが精一杯であった。
見た感じでは何も気にしていない風に装っているが、護衛達へのフォローも忘れないソウであった。




