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22話 血に飢えた魔剣とパトラッシュ。

 

 大陸暦1315年冬の時下旬





 白いモノは変わらず山の上を隠している。街に雪は積もっていないが、出しっぱなしの水桶には氷が張っていた。


「それでは行って参ります」


 早朝の兵舎前にて、一人の少年が銀髪の青年に向けて挨拶をしていた。


「本当に一人で大丈夫か?」


「逆に誰を連れて行けと?」


「…レンザ大尉辺り」


「やめて下さい。漸く講義から解放されたのに、まだ虐めるつもりですか!?」


 帝都に向かうソウの見送りとして、ジャックが兵舎前まで出てきていた。

 一人旅が出来るのかと心配になるジャックだが、ソウは供を付ける身分でもない為、人選に困る。


 ソウはそんなジャックに過保護過ぎると抗議の声を上げた。


「馬を貸して下さっただけで十分です」


「…お前は帝都まで走っていくつもりだったのか?」


 ソウは一度帝都に行っているので距離は把握している。

『走っていける距離だ』と本人はそのつもりだったのだが、それはジャックに止められたのだった。


「曹長程度に一々馬を貸していれば、有事に中佐の乗る馬がなくなりますよ」


「全体行動でもなければそんな事にはならん。兎に角馬は使え。走って帝都に行かせたなどと知られたら何を言われるかわからんからな」


 ジャックは大隊内では恐れられている。もちろんただ恐いだけではなく、憧れなども含めて畏怖が多分に含まれている。

 そんなジャックが気にしているのは大隊外の反応だ。

 自らの指示により部下が遠く離れた帝都を赴くのに、徒歩で行かせるなど外聞が悪いのだ。


「ソウ曹長!」


 いざ出発しようと思った矢先。ソウを呼ぶ声が兵舎と反対側の街中から聞こえた。

 その声の主に心当たりのあるソウは急いで下馬して、敬礼の姿勢をとった。


「間に合ったようだ」


 声の主はサザーランド中将だ。

 ソウの出立を聞いて急いで駆けつけたようで、背後からは完全武装の護衛が走ってきている。

 現役の兵を脚力で置いてくるなど、とんでもない爺さんである…


「少ないがこれを持って行くといい」


 ジャラッ


「えっ!?あの…これは?」


 音と重さから中身は想像ついた。貨幣である。ソウが聞いているのはその理由についてだ。


「なに。孫に小遣いを渡すのは年寄りの役目だ。気軽に受け取ってくれ」


「…中将閣下。お言葉ですが、ソウはご自身の孫ではありません。これを受け取るとソウが困る事になるのではありませんか?」


 とんでも理論を展開するサザーランド中将に、ジャックがソウに変わり断る理由を話した。


「なに。文句を言う者がおれば儂の名前を出すがいい。良いな?」


「はっ!」


 軍人であるジャックに上官の言葉を否定する術はない。あくまでも提案までだ。


「中将閣下。エルメス中佐ではありませんが、受け取る理由が見当たらないのですが…」


情けない上官に変わり、ソウが身を切って断りを入れようとするが…


「実はな。長期休暇の時にソウ曹長の話を孫娘にしたところ大変喜んでな。その褒美の代わりといったところなのだ。受け取ってくれるな?」


「…そういう事でしたら。有り難く頂戴いたします。これで帝都の食事で良いものが食べられます!」


「うむうむ。存分に帝都を楽しんできてくれ」


 俺の話?何勝手な事してんの?と思わなくもないが、今回の帝都往復の予算は自費プラスジャックのポケットマネーが全てであった。

 実はお金は喉から手が出るほど欲しかったのだ。


 予期せぬ予算大幅増加により、ソウの帝都観光は彩を増す。いや、観光に行くわけではないのだが…


「はっ!行って参ります!」


 皆に見送られて、漸くハーレバーの街を出発したソウだが、意外にもすぐにトラブルに巻き込まれる事になる。

 果たしてソウは試験に間に合うのだろうか。…そういう話でも無いが。









「以前とは別の道だけど、分かれ道が少ないから迷いそうもないな」


 前回の帝都への行きはエルメス伯爵領に寄っていたが、今回は真っ直ぐ最短のルートで向かっている。

 その為ルートは異なるが、この世界の街道は数が少なく、まして帝都までの道程となると大きな街道ばかりで迷うことは無い。


「一応宿代も準備してあるけど、使わないに越したことはないよな?な?パトラッシュ」


 どうやら野宿をして浮いた分の予算を食費に充てるつもりのようだ。

 ちなみにパトラッシュとは、ソウが勝手に名付けた乗馬の名前だ。

 元々別の名前がついていたのだが、どれがどの馬の名前か把握できなかったソウは兵舎にいた頃から適当に呼んでいる。


 コイツもしかして俺の名前を知らないのか?

 馬からそんな不審の目を向けられているソウだが、どう思うのか。


「やっぱりパトラッシュもそう思うよな?よし。出来る限り野宿をする事にしよう」


 全く伝わっていないのであった。









「いやぁ…食った食った。冬だが天気も良いし問題なさそうだな」


 本来泊まるはずの町では泊まらず、夕食を食べるだけにして街道を進んでいる。

 初めての町で初めて食べた料理は口に合ったようで、大変満足していた。

 パトラッシュにも飼葉を買って、町を後にしてそのまま先を急いでいるところだ。

 正確には先を急いでいるわけではない。野宿出来そうなところがないか急いでいるのだ。早くしなければ日が沈んでしまう。


「流石に濡れると死んでしまうからな。それは避けないといけない。

 霜も避けるとなると場所は限定されるな」


 そんなソウの行先に一つの建物が見えた。


「あれは…小屋か?」


 街道沿いにある建物はボロく小さい。

 周りに他の建物が無く、最近は使用された形跡もなかった。


「ラッキーだな。よし。今日はここを借りよう」


 街道を整備する時に建てられたものなのか、用途も持ち主も不明のその建物を借りる事にした。

 雨風凌げたらそれでいいのだ。


「何だ…穴だらけだな。まぁ少しでも風避けになればいいか」


 建物の中は苔が生えていて、屋根と壁には至る所に穴が開いていた。

 それでも外よりはマシと考えて、その小屋の中にテントを張って寝る事にした。


「よし。パトラッシュにも水と餌を与えたし、今日は寝るかな」


 建物の中にテントという不思議な光景を気にする事なく、ソウは眠りへとついた。





 北部辺境伯領を越えて暫く行ったところ。この長旅も半分をゆうに越えて、終わりが見えてきていた。

 そんな油断しているソウの耳は聞き慣れた音を拾った。


「戦闘音だ」


 剣と剣がぶつかる音を聞いて、より集中して音の出どころを探る。

 剣がぶつかる音だけでは戦闘音と断定は出来ないが、そこに悲鳴が含まれていたことから断定したのだ。


「あっちだ」


 ソウは丁度三叉路に出ていた。左は本来進むべき帝都への道。戦闘音は反対の右から聞こえている。


「はぁ…見るだけだから…」


 ソウは軍人であり騎士では無い。しかし帝国軍人は国を守る剣だ。だからこそ士官から一代限りの騎士爵位が与えられる。

 そんな士官を目指すソウに、ジャックとバハムート少将が伝えていた事がある。

『困っている民がいれば出来る限り助けなさい』と。


 正直ソウは、こんな訳の分からない所へと転生した自分の方こそ助けてほしいくらいだと思っているが、上官の命令は絶対。

 それが先程の溜息だったのだ。


「頼むからトラブルはやめてくれ…」


 パトラッシュの手綱を近くの木に縛った後、そう呟きながら戦闘音に向かうのであった。

 これがトラブルではない可能性は極めて低い。分かっていながらも、時間にもお金にも余裕のないソウは呟かずにはいられなかった。










「くそっ!やっぱりトラブルじゃないかっ!!」


 少しの希望を込めて音のする方へと向かったソウが目にしたものは、複数人に襲われている馬車である。

 襲っているのは見るからに賊だろう。薄汚れた革鎧に身を包んだ薄汚れた男達だ。

 対して馬車側は見慣れた帝国軍の鎧ではないが、しっかりとした金属鎧を装備したものが何人か。


「剣技も装備も馬車側が勝っているが、押されているな」


 守りながらの戦いだからか、どうやら馬車側が不利なようだ。


「賊の人数は十人か。対する馬車側の戦闘要員は四人。ギリギリ押されているが…」


 ソウが飛び込めば戦況は変わるだろう。しかし、放っておいてももしかしたら勝つかもしれない。

 そんな状況だからこそ、放っておきたいソウは踏み込めずにいた。

 何もソウは賊を恐れてはいない。練度も低く、王国兵の方が圧倒的に強いと言える。そんな王国兵すらも圧倒していたソウからすれば何の問題もないように思えるが…

 その後も関わらなければならないのが面倒なのだ。


「ちっ!」


 舌打ちの後、ソウが飛び出した。

 ソウの居たところは街道からは死角になる木の陰。そこから馬車が襲われている場所を覗き見していたのだ。

 そこで投石を始めた賊共を見て、馬車側の不利が覆されるどころか益々劣勢になるのを確信してやっと飛び出して行った。


 馬車が襲われている街道は幅6mほどである。ソウが本来進むはずの街道はもう少し広かった。

 そんな街道の外れには森が広がっており、賊はそこで待ち伏せしていたのだろう。


 音もなく賊の背後へと接近したソウは、馬車と兵士に気を取られている賊の首に魔剣を一閃した。


 声を上げる事すら叶わなかった賊は、自身の頭が落ちる音で仲間に危険を知らせた。


 ゴトッ


「しっ!」


「誰バァッ!?」


 その音に顔を向けてきた賊は、迫っていたソウによりその命を刈り取られた。


「だ、誰だテメェ!?」


「援軍か!?」


 賊からは何某か聞かれ、馬車側からは期待の声が上がる。

 ソウはそのどちらにも答えず、一番近い賊へと足を向ける。


「ガキじゃねーかっ!くそったれ!」


 賊に仲間を失った動揺はない。味方の人数が減ったことへの悪態はつかれたが。

 そしてソウを見くびる。

 ソウはこれまでも幾度となく見くびられてきた。それはソウにとって有利に働いてもきたことだ。


 ソウが接近するが、相対する賊に恐れはない。

 そんな賊に向けて全てを断ち切る剣を振るう。


「はやっ!?」


 予想以上の移動速度に剣速。賊は咄嗟に剣を出すが間に合わない。


「えっ?」


 ドサドサッ


 中途半端に伸ばした腕ごと、賊の上半身は下半身とお別れをした。


 ソウの剣は大剣と比べると断然短い。そんなソウが人を真っ二つに出来た理由は踏み込みの深さにある。

 イェーリーとの訓練により、中途半端な距離が一番ダメージを負うことを本能的に理解していた。

 だからソウが相手を斬るときは、出来るだけ接触スレスレまで近づくのだ。

 もっと簡単に言うと日本刀でいう鍔の部分にあたるところで、相手を殴るぐらいの気持ちで斬り掛かっていた。

 それにより賊は上下に分断されて、自身の間抜けな声が辞世の言葉となった。


 何も変わったのは死んだ賊だけではない。生きている賊には恐怖を与えていた。


「ば、化け物だ!?」


 まだ数の上では有利だった賊だが、一人が悲鳴を上げて森に逃げ出すと、他の者もつられて逃げ出していった。


 残されたのは血糊を丁寧に落としているソウと、それを何も言えずに見守ることしか出来ない兵士たち馬車一行だった。

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