間話 年の瀬。
大陸暦1314年冬の時中旬
「年越しですか?」
ここは山の麓、雪が積もっている山を利用しての第四大隊の雪中行軍の訓練が終わったところだ。
「ああ。昔、まだ帝国暦が採用されていた頃には春が年越しだったのだが、今は大陸暦。その大陸暦の年越しは後十日に迫っている」
「それは習ったので知っていますが…何かあるのですか?」
ソウは今まさにそれを復習しているところだ。
ジャックが態々話題に出すということは、何かしらがあるという事。ソウは考えてもわからない事はすぐに答えを求める。現代っ子なのだ。この世界では…
「やはり知らなかったか」
前回の年越しの時はイェーリーに特訓と言われて山籠りをさせられていた。
結局意味があったのかは未だに謎のままだが…
そんなソウにジャックは、やはり常識外だな。と、新しい言葉を作った。
「帝国での年越しは家族の元で過ごすのが普通だ。我が第四大隊でもこの訓練が終わり次第、長期休暇に入る」
「えっ!?聞いていませんが!?」
「ソウは忙しかったからな。仕方ない」
えっ!?それで終わり!?
ソウの嘆きは続く。
「知らないのはソウくらいだからな…態々伝える事でもない。部下に聞かなかったのか?」
「…その部下と関わる時間がないのです」
えっ!?もしかして虐められてる!?
「…試験の為の勉強や訓練は大切だが、休息もしっかりと取るんだ」
「まさか働きすぎだと言われるとは…」
「いや、試験勉強は仕事ではないからな?」
まさかこの頑張りは無給!?
しっかりと給料は支払われた。
「誰もいなくなりました」
某有名台詞に似ている言葉を呟いたのは、いつもの執務室に来ているソウだ。
「だから言っただろう?普通は家族と過ごすんだよ。帝国は軍事国家の為、いつ死んでしまうか普通の国民ですらわからん。方々に恨まれているからな。
だから年に一度は家族で過ごすように推進されているんだ。
そこで悔いなく過ごす事により戦場で命を張れる」
「何となくはわかりますが、私は逆ですね。家族を遺して死ねないので、子供ができれば軍をやめますよ」
娘に会えなくなる辛さを痛い程知っている。
心からの言葉だった。
「では、結婚するなとしかいえんな。辞められては困る」
「ははっ。それよりもジャック中佐は帰らなくて良いのですか?」
「それはわかっていて聞いているのだろうな?」
ジャックの家庭の複雑さは知っている。しかし、ソウが聞いたのはそちらの家庭の方ではない。
「違いますよ。奥様の元へです」
「ああ。そっちか」
「…いや、普通そちらのことでしょう?」
本当に結婚しているのか?疑問に思うソウであった。
「妻は恐らく実家にでも帰るだろうから、俺が戻らなくとも問題はない」
「…問題がないと思っている事こそが問題だと思います。よく離婚されないで済んでいますね?」
「さあ?帰ったらすでに離婚されているかもしれんぞ?」
さも他人事のように告げるジャックに、ソウはもう手遅れだと何も言えなくなった。
「今の俺にとってはここが家みたいなものだからな。ちなみに俺が妻に捨てられる事はない。貴族の政略結婚で重大な理由なしに離婚する事は恥となる。
笑えなくて残念だったな?」
もうすでに重大な理由になっていそうだが、ソウは何も言わない。言っても意味がないからだ。
「中佐が結婚に向いていないのはよく分かりました。ここに残る事も。
私はどうすればいいのですか?」
「結婚もしていないソウには言われたくないが、向いていないのは間違いないな。
ソウはここで過ごせばいい。金が掛からなくていいぞ?まぁ、浮くのは旅費くらいで休みの間は食事も自分で用意しなければならないがな」
「それは残念です。ここでの唯一の楽しみがただ飯だったので…」
軍人のいい所は衣食住が完備されている所だ。
偶に重たい鎧を着て、まずく硬い携行食を食べて、野宿することはあるが……
エンゲル係数の高いソウにとって、食費が自費になる事はとても大きな事であった。
「今日はスープですか…美味しそうですね?」
別の日の朝、部屋に一人で勉強するよりもジャックとルガーのいる執務室で勉強する事が多いソウは、本日も執務室にやってきていた。
そのソウの視線の先ではゴロッとした大きな野菜に薄切りの肉が入ったスープを食べているジャックがいる。
「ルガーは料理も中々の腕だ。やらんぞ?」
物欲しそうな瞳を向けるソウに、ジャックは言われる前に断りを入れた。
「い、いいじゃないですか!?す、少し!ほんの一口でいいのです!」
「外で食ってこい」
「何処も休みで開いていないのを知って言っていますよね!?」
そうなのだ。軍ですら休暇の期間、街の人達ももちろん休みである。
そんな時に仕事をしているのは、治安を守り維持する為の衛兵や、役人など一握りだけなのである。
貴族に仕える使用人すらもこの時ばかりは休みが貰える。もちろん貴族に生活力などない、この時用に家族のいない者をしっかりと雇っているのだ。
「一杯だけだぞ。ルガー。その浮浪者にスープを入れてやれ。具なしでな」
コクンッ
「ルガー!具をたっぷりでお願いしますね!」
「もらう分際で贅沢を言うな!」
最近の朝はいつもこの様な騒ぎで始まっていた。
いつも夕食の時にジャックが『朝の分も残しておけよ?』と注意するのだが、食べ盛り(?)のソウはいつも完食してしまう。
結果、朝食がいつもないのだ。
ちなみに前日のソウの夕食は、牛肉を塩胡椒で焼いたものと軍で食べ放題の長期保存が出来る硬い黒パンである。
前世で料理を作ってはいたが、それは前世の道具と調味料があればこそ。
そして晩年の10年程は殆ど娘の紗奈が作っていた。
つまり、ソウの料理スキルはほぼゼロなのだ。
ここ最近は毎日肉や魚を焼いただけのモノを食べている。それでも問題なく食べられるのはソウの身体が若いからなのか、それとも大食漢だからなのか。両方か…
「牛肉は高いので、今晩からは山羊肉です…それも保存用の干し肉…」
休みに地獄を味わっているソウであった。




