20話 一つの結末。
大陸暦1314年秋の時中旬
「問題はなかったか?」
帝都から戻ってきたジャックは、自身の執務室に入るなり二人に声をかけた。
「はっ!業務は滞りなく消化しております」
レンザ大尉がすぐに答えた。
「いきなり仕事の話ですか?部下を労う言葉があればもう少し頑張れると思いますよ?」
ソウは相変わらずな言葉を返す。
「そうか。頑張ったな。お疲れさん。これでいいか?」
「…何だか言わされたみたいで心が篭っていません」
「ソウは言葉でいいらしいからこの土産は他の者にやろう」
ジャックは荷物から何かを取り出して告げた。
「そ、そういうのは初めに言ってください!」
土産が何かもわからないのに現金なものである。
「いや、仕事の確認が最初で間違ってないだろう…?」
「わかりました!仕事は完璧です!お帰りなさいませ!わたくしはお土産を所望しますっ!」
「……わかった」
何が琴線に触れたのか。大した物ではない為、出しづらくなってきたなと後悔しだしたジャック。
「大した物ではないが…いつも書類仕事を助けてもらっているレンザ大尉には帝都で流行っているペンを土産に買ってきた」
「ありがとうございます!家宝にいたしますっ!」
「い、いや、それはやめてくれ…だが、喜んでくれたようで贈った身としてはホッとした」
まずはいつも勤務外の仕事を押し付けてしまっている部下にお土産を渡した。
続いて目を輝かせている少年に渡さなければならない。
ソウも帝都にはついこの間いったばかりだが、あの時は急いでいた為、土産どころか寄り道もせずに帰ってきていた。
「ソウにはこれだ」
ジャックは手に持っていた袋ごとソウに渡した。
「やった!何が入っているのでしょう!?」
ゴソゴソ
貰ったその場で袋をひっくり返す勢いで中身を確認する。しかしいつまで経っても見つけならない。
「ソウへの土産はその袋だ」
「…聞き間違えですよね?」
「いや、その袋だ」
「………なんで!?」
聞いた事が信じられなくて聞き返したが答えは同じ。
イジメか…?これはイジメなのか!?と抗議の声をあげようとしたソウを制したのもジャックだった。
「その袋は柔らかいだろう?」
「…そうですね」
「それは馬に乗る時に尻の下に敷く事が出来る緩衝材の役割にも使える物だ」
「!!」
袋の説明を聞いて全てを理解した。
ジャックは嫌がらせなどしていない。むしろ自分をちゃんと見てくれていた。
この前の帝都往復の時にはバハムート少将がいたからそんな素振りは見せられなかったが、帰還から翌日まではお尻が痛かった。どうやらジャックには椅子に座って落ち着かない様子からしっかりとバレていたようだ。
それを理解して、この贈り物の贈り主に最大の感謝の言葉を告げる。
「ありがとうございます!」
予想を超える喜びようが見えて、ジャックは満足そうに頷くのであった。
「では、ラスプーチン中…いえ、元中将は、死罪になったのですね」
漸く腰を落ち着けられたジャックから報告があった。
「ああ。シーザー・ベラルド元少佐も処刑された」
ジャック達が帝都に向かってから今日で三十日目だった。
どうやら処刑にも立ち会ったようで、ソウはあまり聞きたくはない二人の最期を聞かされる。
「ベラルドは既に壊れていた。あの様子からは自分が処刑される事も理解していなかったかもしれない」
一度は責任をとる覚悟を決めた。しかし、その後に甘い未来をラスプーチンに見せられた事により、そこからおかしくなり、最後には結局捕らえられた事が引き金となり精神に異常をきたしていたようだ。
「ラスプーチンは言いたい放題言って死んでいった。『お前の家族はお前を消したがっている』とかも言われたな。後は他にも道連れを増やせないかと、自らが関わっていた不祥事の暴露大会だな」
「もしかして、それで遅くなったのですか?」
本来であれば二十日くらいで戻って来られる予定だった。しかし蓋を開けてみれば十日も延期していたのだ。その理由はまさにソウが聞いた通りである。
「そうだ。ラスプーチンの暴露話が本当か嘘なのか精査する必要が出てきた。
それにより、事は北軍だけに留まらず、軍全体へと波及していったからな」
「最期まで迷惑な人でしたね」
「こういう奴はある程度の組織になれば必ずいるからな」
エルメス家はお咎めなしだった。
ラスプーチンの送った書状には援軍要請しか記載されていなかったのだ。
それにより、エルメス家は知らぬ存ぜぬが通用した。もちろんエルメス伯爵は傭兵の使い道に関して元々周知はしていなかったから当然とも言える。この抜かりのなさが高位貴族なのであろう。
ただ家内では一悶着あったようだ。
「馬鹿者が!!」
バキッ
エルメス伯爵の執務室にてジャックの兄であるウィリアムが伯爵に殴られていた。
「あれほどっ!!送る傭兵の選別には気をつけろとっ!!」
伯爵は興奮のあまり顔を真っ赤にしている。
「お、お館様!ど、どうか!どうか落ち着いて下さい!倒れられてしまいます!」
不躾であろうと自身の役目を果たす為に伯爵を羽交締めにしてウィリアムから引き剥がしたのは、この家の執事長である。
「離せっ!!」バッ
引き剥がされた伯爵は執事長を振り払うと椅子へ腰をかけた。
「このような簡単な事も出来ぬとは……年明けまでの謹慎を命じるっ!」
「ち、父上…」
殴られて朦朧とする頭でその言葉を理解したウィリアムは使用人に連れられて行く。
それを見送った伯爵は大きな溜息を吐いた。それはまるで魂を吐き出しているかのような深い溜息であった。
その日の夜、エルメス家から一人の若者が姿を消した。
「は、ははっ!ざまぁみろっ!!散々殴られた仕返しだっ!!」
その若者はウィリアムに付けられていた執事見習いの青年であった。
ウィリアムは自身の行いから恨みを買い、このタイミングで仕返しをされていたのだった。
青年は身元がバレないどころか古参の傭兵ばかりをラスプーチンへと送っていたのだ。
その青年は二度とエルメス領に戻っては来なかった。
「二度も助けられた。感謝してもしきれない」
いつもの執務室にてソウとジャックの二人に深々と頭を下げる人物がいた。
「顔を上げて下さい。ハルトマン大佐」
「そうです。階級が上の者に頭を下げられる程居心地の悪い事はないですから」
頭を下げているのはハルトマン大佐。前回のディオドーラ大将とは違い、こちらは感謝の気持ちを伝える為に頭を下げた。
そんなハルトマン大佐を見て、以前ジャックが言っていた事と同じような事をソウは返す。
「二度も助けられたのだ。それも今回は冤罪による死罪から救われた。どう感謝すれば良いのか…二人と違い凡人である私にはこうする他、わからないのだ…」
「大佐は凡人ではなく成功者ですよ。殆どの者達が大佐へと上がる事なく退役していきます。その中で大佐まで上り詰められたのです。それは偶然ではありません。それに今回は偶々こちらが手助け出来ただけですよ。気になさらないでください」
気にしないで欲しい。二人は切に願う。
何故ならハルトマン大佐の事をすっかりと忘れていたからである。
ラスプーチンの悪事を暴いていくと自然とハルトマン大佐の疑いも晴れていった。当然である。何もしていないのだから。
ついでに助けられたハルトマン大佐に、ここまで誠心誠意感謝の気持ちを伝えられた二人の居心地は最悪だ。悪い事はしていないが後ろめたさが残っていく。
そんな激動の秋は終わりへと向かっていくのだった。




