19話 悪事千里を走る。
帝都カレドニアに入ったソウは歩きながら街並みを眺めている。
帝都内では許可がないと馬には乗れないのだ。
よって今は馬を牽きながら目的地へと向かっている。
「木造と石造りの建物が入り混じっていますね」
「ええ。火災など、人災自然災害などが起こった時に被害を一律以内に収める効果を見込んでの政策です」
ここでも見栄えではなく、実利をとっている様だ。
資源も無限ではない。
石造りばかりでは石が足りなくなる。木造ばかりでは木が足りなくなる。
これは作っている時だけの事を言っているのではなく、補修・建て替えも含めての事だ。
「てっきりレンガ造りの家が多いのかと思っていました」
「そうですか。確かに煉瓦は頑丈で火災にも強いです。ですが、帝都では暑すぎるのですよ」
「蓄熱効果が高い故の弊害ですか…」
煉瓦の家は蓄熱性が高い。故に寒い地域であればこれほど良いモノはないが、帝都は帝国でも南に位置する為、造るのに手間ばかり掛かる煉瓦の家は敬遠されていた。
そんな質実剛健な街にも異彩を放つ建物は存在している。
「あの尖塔は帝城のモノですか?」
「そうですな。私達が入場した北門から見えるのは帝城にある四つの尖塔の内、南のモノを除く三つになります」
城自体をここから確認する事はできないが、それを守る様に建っている尖塔は帝都を内側から見張る役割をしっかり果たしている様に思えた。
この世界では見ることのなかった高層の建物。
特に高い建物が無いことからさらに異様に映るその尖塔は、ソウの目からは秋の青空に突き刺さっているように見えた。
「しばしお待ちください」
目的地である中央軍本拠地へと辿り着いた二人は、立派な建物にあるエントランスの受付にやってきていた。
受付に身分と要件を伝え暫く待つと案内があった。
「こちらに」
部屋へと案内された後、二人は更に待たされることに。
一時間ほど待つと高官用の軍服を身に纏った初老の男性が二人の待つ部屋へと入ってきた。
「お待たせした」
「いえ。お忙しいところお時間を割いて頂きありがとうございます」
二人が挨拶を交わす中、ソウは直立不動だった。
「バハムート北軍少将。詳しく話を聞かせてほしい」
バハムート少将はこの初老の男性に順序立てて全てを説明した。
男性の名前はラサエル・ハスキーム。軍法会議員であり、調査員を統括する人物であった。
全てを話した後、手紙を証拠として預けると一日時間が欲しいと告げられた為、二人は帝都内の宿で休む事にした。
「筆跡も印も間違いなくベルガルド・ラスプーチン北軍中将のモノであると確認した。
協議の結果、ベルガルド・ラスプーチン北軍中将をここへ移送して軍法会議にかける事となった。
並びにシーザー・ベラルド北軍少佐も同様にする。他の証人など、会議への参列者はこれに記載してある。命令を守り時間厳守のこと。以上」
翌日、同じ部屋に通されると以上の説明があった。
「はっ!確かにお預かり致しました」
命令書を恭しく受け取ったバハムートは、ソウを伴い中央軍本拠地を後にした。
「いずれソウ曹長も来る事になると思います。場所を忘れぬ様に」
「はっ!」
いずれとはいつの事なのか。この時ソウは当分は来ないと思っていたが、その時は意外にも早く訪れることとなるのだが…この時は想像も出来なかったのであった。
「良くやった!」
ディオドーラ大将が手放しで二人を褒めた。
長い道のりを往復した二人だったが、思いの外疲労は感じられない。
それよりも大仕事をやってのけた達成感に包まれていたのだ。
「「はっ!」」バッ
敬礼で労いの言葉に応えた二人は、一番二人を待っているであろう人物の元へと向かうのであった。
「ありがとうございます」
バハムート少将に深々と礼をとるのはジャックである。
自身に非がないとは言え、落ち度もないかと問われると返す言葉はない。その様な人は人に在らず。
「いえ。さぞ心細さと怒りに震えていた事でしょう。ただ、全てが終わるまではここに居てもらいます」
「はっ!」
ラスプーチンは馬鹿ではない。軍は集団である。集団の中の上位者は縁故などの理由がない限り、無能なモノが到達することはできない。
特に保身に強い想いを寄せるモノはしぶといのだ。最後まで隙を見せない様に偽装の軟禁は続く。
「怒りは確かにありました。ですが心細さはありません。バハムート少将閣下もソウの事も信頼していましたから」
そう告げたジャックの表情はとても爽やかなものだった。
ソウは普段からその表情をしていればもっと部下達がとっつき易いのにと思うが、この時ばかりは流石に声には出さなかった。
ソウが空気を読んだのは初めての事かもしれない…
「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか?」
ラスプーチン中将を前にしてシーザー・ベラルド少佐は弱音を吐いた。
「堂々としておれ。エルメス家にも書状は送った。全てジャック・エルメスの独断で知らぬ存ぜぬで通すようにと。
内部調査を行う部署にも私の息のかかる者が多くいる。全て根回し済みである」
「さ、流石中将閣下!亡くした多くの部下の代わりに私は必ずや…」
都合のいい大人達が自分達にとって都合の良い未来を見ていた。
もう少しで北軍の会議が開かれる。内容は知っての通り。
ラスプーチン中将はバハムート大佐とジャックに全ての責任を押し付けるつもりだが、場合によってはベラルド少佐も切るつもりである。
無能は別に構わない。無能には無能の使い道があるのだから。しかし、利用価値のない無能は必要ないのだ。
この悪魔を断罪する会議が、間も無く開かれようとしていた。
〜時は戻り〜
「よくも北軍という看板に泥を塗ってくれたな!?」
ディオドーラ大将が溜めていた怒りを爆発させた。
「は……?」
ラスプーチン中将は言葉を失くす。
現実を受け入れられない。理解することをその性格と保身に走る事ばかり考えていた脳が拒否しているのだ。
「二人を厳重に監視の上、翌日からの移送の準備をしろ!」
「「「はっ!」」」バッ
居並ぶ高官達はその言葉に行動を開始した。
「エルメス中佐」
「はっ!」
ジャックは椅子に座らされていた。その脇には偽装の為に完全武装の兵士が二名立っている。
そこにゆっくりとした足取りでディオドーラ大将が歩み寄り名前を呼んだ。
「長い間ご苦労だった。軍内の不祥事は全て大将である私の責任である。この通りだ」
そう言うとディオドーラ大将はジャックに深々と頭を下げた。
「や、やめて下さい!今回の事は私にも少なからず責任はあります!大将に頭を下げさせるなど部下に在るまじき行い。どうか頭をお上げください」
「そう言ってもらえると助かる。今回の件で二つあった懸念の一つが漸くなくなった気がする」
一人の無実の者が不当に罰せられるところであったのだ。ただの罰であれば後で挽回も出来ることだろう。しかし今回の罰は間違いなく死罪である。取り返しのつかない後悔の人生を歩む事なく済んだ事に、ディオドーラ大将は一つ安堵の息を吐いた。
そんなディオドーラ大将のもう一つの懸念は皇帝への奏上(報告)である。そればかりは皇帝の一存でしかない為、どうなるかは不明だ。
「軍法会議にてお互いの憂さを晴らそうではないか!」
いつもの豪快な武人へと戻ったディオドーラ大将は、苦笑いを浮かべるジャックの肩をバシバシと叩くのであった。
「では留守を頼んだぞ」
翌日早朝のハーレバーにて、ジャックがソウとレンザ大尉に向かい告げる。
「はっ!お任せください」
「はっ!お気をつけて」
多くの隊員が見送りの為聞いている。しっかりと敬礼をした後に無事を祈る言葉を残した。
お土産を楽しみにしています!との言葉は既に伝えてある。抜かりのないソウであった。




