18話 天国とは程遠い所。
「権力の及ばない所とは?」
ソウの言葉にバハムート少将は疑問を返す。
「軍ではないところです。この場合は中佐のご実家ですね」
「どういう事だ?エルメス家は伯爵家だからそこそこの権力を持っているぞ?」
「それは貴族としてですよね?貴族の権力は軍には及ばず、軍の権力者であるラスプーチン中将の力はまた貴族には及びません。
そして貴族は…いえ、権力者は立場を守る生き物だと私は思っています。間違っていますか?」
ソウの答えに今度はジャックが疑問を投げる。
「いや、まぁそんなものだ」
ジャックは何か色々と端折られた気はするが、訂正はしなかった。だが、次のソウの言葉には驚きを隠せなかった。
「エルメス家を脅します」
「「なに!?」」
またも二人の言葉が被る。
そんな二人を見て場違いにも『実は息ぴったりなんじゃ?』とソウは思った。
「ごほん。脅し方は単純です。『エルメス家の傭兵が見つかったからお前達が関わっているのだろう?』とでも言えばいいのです。
ここからは時間との勝負なので、北軍の許可を迅速に得て、正規の手続きで踏み込みたいのですが…可能でしょうか?」
「…なるほど。そこでエルメス家から言質を取るということですね」
傭兵を捕らえた事がラスプーチン中将に伝わる前に行動を起こさなければ間に合わなくなる可能性が高い。
この城にはラスプーチン中将の息のかかった者がいるはずである。
そもそも第四大隊内にその様な者がいるのであれば手遅れだろうが、それはないだろうと信じる他ない。もし居たとすればその者はすでに他の事に利用されているはずだと考えて。
「そういう事であれば急ぎましょう」
「はっ!」
「ソウ曹長と私で行ってくるのでエルメス中佐はここで待ちなさい」
「はっ!ありがとうございます!」
ジャックとしても自分の事である。さらに実家まで関わっているのであれば是が非でも行きたい。しかし状況がそれを許してはくれない。
優秀な上官と信頼している部下に全てを託して座して待つ事となった。
話を終えた後は早かった。
元々ジャックが罠に嵌められていると睨んでいたディオドーラ大将は真犯人捕縛のために全面協力してくれたのだ。
今回の件についてディオドーラ大将が帝都に戻れば叱責は免れない。
唯一溜飲を下げる方法があるとすればそれは首謀者の特定だ。
その者の首を持って皇帝に頭を下げる事がディオドーラ大将の希望となっていたのだ。
帝国軍の正式な書類を権限と共に預かった二人は、エルメス伯爵領へと急ぎ向かったのであった。
「あれがエルメス伯爵領領都ですか」
ソウの視線の先にはハーレバーの半分ほどの街が見えている。
ハーレバーの半分とはいえ、この世界では十分に大きな街と言える。
「間違い無いでしょう。さて。ここからが本番です。お互いしっかりと励みましょう」
「はっ!」
ソウはベランバザールの街から帰還してすぐに乗馬の訓練もしていた。そのお陰もあり、ここまでの道程でバハムート少将に迷惑を掛ける事がなく済み、ホッとしていた。
言葉は優しいが、その鋭い視線が前世の時に見たモノと似ている為、少し苦手なのだ。というか、ビビっている。
その視線の相手は前妻の父親である。
恐らく世の既婚男性は無条件で苦手な視線であろう。その全てを見透かすような視線は自身に色々な覚悟をもたらしてきた。
閑話休題。
街を視界に入れた二人は外壁にある入り口へと辿り着いていた。
「バハムート…しょ、少将!?こ、これは失礼を!」
二人の内一人の素性を知り、門番は借りてきた猫の様に大人しくなった。
猫に見送られて街の中へと入った二人は中心部へと向かう。
門番から聞いたエルメス邸の場所だったからだ。
エルメス伯爵邸は領主館ということもあり、かなりの大きさである。
もちろん入り口には衛兵がおり、名と所属を名乗ると中へと通された。
二人が通されたのは15畳くらいの豪華な応接室である。そこにある来客用のソファへと座ると侍女か下女と見られる者がお茶を淹れてくれた。
それを飲み、暫くすると待ち人が訪れる。
「エルメス伯爵閣下。予定の無い来訪のご無礼、平にお許しください」
「北軍所属バハムート少将…であったな?座りなさい」
ソウの事は付き人か何かだと思ったのか、一切の興味を示さなかった。
「それで?少将も知っての通り暇では無いのだ。要件を聞こう」
「はっ!実は・・・」
バハムートは全てを告げた。ただ一つ。ジャックが疑われている事のみ伏せて。
「ば、馬鹿な…し、知らん!しらんぞ!?私は関わっておらん!!」
取り乱すヴィクター・ド・エルメスに向かい、バハムート少将は優しく告げる。
「その様に申されましても北軍の調査で結果は出ております。その傭兵もエルメス家に雇われている証拠もあると申しています」
「し、しかし…」
エルメス伯爵は迷っていた。
ここでラスプーチンを売るのは簡単だ。しかしこれが罠だった場合を考えているのだ。
貴族世界とは魑魅魍魎が跋扈している世界。その世界で曲がりなりにも伯爵家を背負って今日までやってきたのだ。バハムートから何とか他の情報を得られないかと抵抗している。
「我々はこの後、帝都に赴きます。伯爵が知らないと仰せならば、そのまま伝えるのみになります。宜しいですか?」
「……。そうだった。たしかラスプーチン家の者に傭兵を貸してほしいと頼まれていたな…もしかしたらその者に貸した傭兵かも知れぬ」
「かもでは弱いですな。このままお伝えする事にします。残念です。エルメス伯爵家と言えば私の部下の実家でもあります。故にどうにか助けられないかと帝都への道すがら寄らせていただきましたが…どうやら無駄足だったようですな。
それでは『待て!今思い出した!』…待ちましょう」
脅しが弱いと思ったバハムート少将は『自分は味方』だと切り込む方向へと転換した。
敵か味方かわからない伯爵は口を噤みそうになるが、最後には保身への道を歩む事にしたようだ。
「確かあの時の手紙があった筈だ。今持って参る」
「はい。お待ちしております」
こうして証拠を手に入れた二人は帝都へと向かった。
「流石少将閣下です。素晴らしい演技でした」
伯爵領領都を抜けた二人は馬上の人となっていた。
「いえいえ。ソウ曹長の出番を無くして申し訳なく思いますよ」
「いえ。私が下手な演技と台詞を吐けば、エルメス伯爵にバレていたかと。
同じ事がないとは限りません。その時は参考にさせて下さい」
ソウの心からの賛辞にバハムート少将は気を良くして鷹揚に頷いた。
『大将や中将を虜にするわけです…』
バハムート少将はギリギリ踏み留まる。
ソウにその様な気は一切ないのだが、勝手にバハムート少将の評価は上がっていった。
「私も歳をとったという事でしょうな…」
「?なにか?」
何も。バハムート少将は久しぶりに素直に喜べた事を噛み締めながら独り言の様に呟き返した。
歳をとり立場が上がっていくにつれて、素直な賞賛からは縁遠くなる。
軍人では少ない素直な性格のソウが年寄りに好かれるのは、このためかもしれない。
「凄い…」
ソウの視線の先には灰色の壁が地平の彼方まで続いていた。
その高さ10m。天辺には100m置きにバリスタのような物が備え付けられている。
まさに難攻不落。ソウには攻め落とせるビジョンが浮かばなかった。
もちろんここをソウが攻めることなどない。何故なら…
「驚いたようですね。ここがターメリック帝国帝都『カレドニア』です」
伯爵領は初めてだと言っていたが、バハムート…いや、士官の者達はここにある軍学校を皆卒業している。したがって士官でカレドニアを知らない者は存在しないのだ。
外から見た見た目は華美なモノは見られない。全てを軍事力に振ったような質実剛健さがその威容からは見てとれた。
「カレドニア……」
ソウがその名前から想像したのは前世の『ニューカレドニア』通称『天国に一番近い島』であった。
しかしその名前のイメージとは真逆の感想をソウに与えたのは、疑いようのない事実であった。




