16話 日常と戦場。
「ぐえっ!?」「がっ!?」
兵達が地面を転がった。
「次っ!」
「くそっ!中佐の腰巾着じゃなかったのかよ!?」
ソウに木剣を持った兵が文句を言いながら斬りかかる。
「アイツ馬鹿だろ…」
ソウを目の前にして言ってはならない事を言ってしまった元新兵に向けて、偶々居合わせたロイドが呟いた。
普段悪い噂は気にしていないと言っているソウであったが、その兵士は念入りにボコボコにされていた。
「全体突撃ぃい!!」
静かな森の中にある集落に向けて、むさ苦しい男共が突撃していった。
作戦も何もない様に思われたが、一つだけ戦法はあった。それは集落を取り囲むということ。
この戦いの目的は魔法使いを一人でも多く捕らえることだ。その目的達成の為には集落の人を一人でも取り逃さない事が重要である。
その為、千三百という人で集落をぐるりと囲み、一斉突撃となった。
兵達が向かった先。そこには集落はない。あるのだが、無いのだ。
申し訳程度の木の家…とも呼ぶには烏滸がましいほどの原始的な小さな住居がそこかしこに点在している。
それは強風が吹けばまさに飛んでいくこと間違いなしの簡易的な住処だった。屋根は何かしらの葉っぱで作られており、壁は細い木の枝が何本も、何百本も使われて出来ていた。
三軒に一軒程はその木の枝の壁に粘土質の土が塗りつけられていたが、ほぼ自然そのままである。
「次っ!」
広場にソウの元気な声が木霊する。
「もう終わりだぞ」
ソウの声に応えたのはロイドだ。
広場に立っている若者はソウだけになっていた。
「そうですか。ついでにロイド曹長もやっていきます?」
興が乗ったのか、遂にはロイドにまで声を掛ける始末だ。
「馬鹿いえ!俺はこうみてえも鬼曹長としての見栄があるんだよ!ソウに好きなようにヤられる姿なんか晒せるかってんだ!」
「…大声でそんな悲しい事を言わないでもらえます?」
気を失ったフリをしている者達もいるだろう。
ロイドは分かっていて言っているのだ。
個の強さだけが軍人じゃない。それを伝える為に恥を忍んで紡いだ言葉は若い軍人達の心に届いたのだろうか。
「そういえば、アイツはどうしたんだ?」
「アイツ?」
「お前と同じくらい馬鹿強いアイツだよ」
「ああ!ルガーの事でしたか。ルガーならご主人様に連れられて帰りましたよ」
自分と同じくらいの強さの者はルガーしか思い当たらない。すぐに誰の事を言っているのかに気付いた。
「ご主人様って言うな!エルメス中佐だろうが!」
「私のって意味ではなくルガーのという意味ですよ」
「わかっとるわいっ!!」
ソウの変な誤解を生む伝え方は見事に誤解を生んでいた。
(や、やっぱり!コイツはエルメス中佐の腰巾着どころか召使いじゃねーかよ!!)
その後のロイドの訂正の言葉は『ご主人様』という強烈なワードにかき消されて勿論この兵には聞こえていない。
気絶したフリをしていた兵の誤解は、しばらく解かれる事はなかった。
「それで?何人病床送りにした?」
指導という名の『日々の鬱憤を晴らす』時間を終えたソウは、ジャックの執務室に来ていた。
「していませんよ。人聞きの悪い…」
「冗談だ。流石のソウでもその辺りの分別はついていたか…」
「本気じゃないですかっ!」
怒りに任せて何人かは負傷するかもな。と、ジャックは予想していたようだ。
こんなに呑気に思えるのも、今はまだ戦争の気配が感じられないからである。
「これでソウの変な噂は無くなっただろう?」
「大隊内にはと注釈が付きますけど。他の大隊の人達とはあまり関わらないのでどうでもいいですが」
「本人は気にしていないが、周りが気にするから変な噂はないに越した事はない」
ソウはどうでも良さそうだが、ジャックを始め、ソウの事を気に入っている人達は多数存在している。その人達の為にも悪い噂は無い方がいいとジャックは言うが…
「言いたい者は言えばいいのです。根も葉もない噂はいずれ消えてなくなりますよ」
「噂は消えるかもしれないが、ソウの事を気に入らない者達は噂が消えた後も気に入らないままだぞ?」
「それこそ不毛ですよ。誰にでも好かれる者など存在しません。そんな風に思える人の頭は相当お花畑なのでしょうね」
コイツはダメだ…変に達観しているソウの言葉にジャックは説得を諦めた。
ジャック自身も気に入らないモノはどうしたって気に入らないとわかっているから。
粗末な家に男達が集団となり迫る。一軒に付き十人程度の男達が周りを囲み建物を破壊する。
バキッドガッ
鈍い音が静かな集落に響き渡る。
「何かがおかしい…」
ベラルド少佐はその長い軍歴から何か違和感を感じる。その違和感が何から来るのか。
数十のあばら屋が男達の手によって瞬く間に解体されていく。
「!!そうか!静かすぎるんだ!」
集落に千三百もの人達が近づいたにも関わらず、誰にも見つかっていない。相手が普通の者達だと思い込んでいた少佐はまずその違和感を見落としていた。
次に集落に怒声を上げながら向かったにも関わらず、その集落からは一切の反応がなかった。
家を解体されていても。
カッ
辺りが閃光に包まれる。その数瞬後、鼓膜を突き破るような轟音が全てを薙ぎ払った。
ドドドーーーーンッ
千三百は集落に誘い込まれていたのだ。
「そう言えば」
就寝前、ソウは部屋の隅で毛布にくるまっているルガーに問いかける。
「ルガーは魔法で攻撃の他に何ができるのですか?」
「魔法っすか?うーん。俺というよりも集落の奴等ならみんな同じ事が出来るっすけど…擬装っすかね」
「擬装?擬態みたいなものですか?」
「そうっすね。集落では偶に狩りもしてたっす。その時に獣から身を隠す為によく使うっすね」
それは便利だなと、元猟師もどきのソウは思った。
「凄いですね。見せてもらえますか?」
「良いっすよ。こんな感じっす」
そこには毛布に包まるルガーの姿は無くなっていた。
毛布に包まる毛布があるだけだ。
「凄い!触ってもいいですか?」
するとすぐにルガーは姿を現した。
「触られたり、こっちが動いてもすぐに解けてしまうっす」
「そうですか…潜伏には向いていますが、中佐を驚かせるには難しそうですね」
もはや何を生きがいとしているのかわからないソウであった。
「ぐっ……」
爆心地となった集落は全てが薙ぎ払われていた。
そこに程近い場所に一人の男が倒れている。
「な、何が……なっ!?」
目を覚ましたベラルド少佐は、集落の方を見て言葉を失った。
「け、消し飛んでいる…魔法か…」
自分達が相手の策に嵌っていたことを今になって気付いた。
ベラルド少佐は集落へ攻め込む時に少し離れた所から全体を見渡していた。逃げる者や手柄を横取りする様な者を監視する為である。監視できるという事は、遮る物が少ないという事。
離れた場所であったが、モロに爆風という衝撃波に晒されて気を失っていたのだ。
「と、とにかく…中将閣下に報告せねば…」
もはや生き残りはいないだろう。いたとしても合流出来るとは思えない。そう考えて一人で帰還する事に決めた。
「ほう。これは凄いな」
いつもの執務室にて、ジャックは感嘆の声をあげた。
「ただ、動いたり触られたりすると解除されるみたいです」
「それでも凄い。軍では基本的に使えそうもないが、手札が多いのは良い事だ。特にこの様に誰にとっても想定外のモノはな」
ジャックにもルガーの変わった魔法をお披露目したところ、思いの外反応が良かった。
しかし『そういう風に驚かせたかったわけではない』と、ソウは心の中で悔しがってもいたが。
そんな平穏な日々に終わりを告げる報せが飛び込んでくる。




