6話 両道教育の始まり。
10畳程の広さがあるジャックの執務室に着いたソウは、立ったまま説明を受けている。
「まずは我が帝国軍の階級についてだ。一般兵が3階級あり、その上に・・・」
一般兵・・二等兵、一等兵、上等兵。
下士官・・伍長、軍曹、曹長。
尉官・・少尉、中尉、大尉。
尉官同様に・・佐官、将官。
尉官から上が士官と言われるモノだ。
(ジャック少佐はかなり上の役職になるのか…)
「俺の様に特別な学校を出た者は一年目は軍曹。2年目からは少尉になる。
まぁ貴族の優位制度みたいなもんだな。ただ遊んでいたわけじゃない。しっかりと色々な事を学んだつもりだ。
そしてその他の者たちは二等兵から始まる。
優遇などはなく、実績と経験が出世へと繋がる。が、士官になる事は出来ない。
ここまでは理解出来たな?」
「はいっ!(何となくだが…わからなければ他の人に聞こう)」
「しかし、例外はどこにでもある。ソウは曹長にはなれるだろうが、いつまでも最前線では長生き出来ん」
!!!
「出世しろ。最前線に立つばかりが軍人ではない。お前なら少佐くらいにはなれるやもしれん。俺の見込み違いでなければな」
「質問いいですか!?」
これまで縮こまっていたソウがいきなり前に出て来た事でジャックは動揺したが、そこは若くして少佐に上り詰めた男。上手く隠し通した。
「なんだ」
「二つお聞きしたいです。一つ目はどうすれば学校に通っていない平民が士官になれるのか。二つ目は少佐になれば戦地でも安全なのか。です」
命がかかっている。そうなった時のソウは何者にも測れないモノへと変貌する。
「一つ目はこれから教えてもらえ。二つ目の返事はイエスでもありノーだ。戦地に絶対などない。しかし下士官に比べれば圧倒的に戦死のリスクが低いのも事実」
死ぬ可能性が低くなる。
ソウにとってその言葉は何よりも甘い蜜に感じた。
そもそも軍人にならなければ。と思わなくもないが、何が貴族の逆鱗に触れるのかわからないソウに、選択肢は無かったのだ。
過ぎた事を後悔するよりも、自身の目的の為に努力する方が余程建設的に思える。
戦地で貴族の盾にでもされるのかと戦々恐々していたソウは、ジャックの自身への扱いに少しホッとしていた。
地獄はこれからなのに。
コンコン
『準備整いました!』
ノックの後、聞こえてきた言葉にジャックが応じる。
「ソウ。頑張ってこい。戦地以外での激励は、これが最初で最後だ」
「はっ!!」バッ
ソウはジャックの言葉に見様見真似の敬礼で返した。
盗んで覚えろとはジャックの言葉だったが、これまでそんな素振りを見せてこなかったソウの変わり身に、自然と口角が上がったのだった。
ソウが兵に案内されたのは4畳程の3階にある部屋で、室内には机が一つに椅子が二脚あるだけだ。
窓からは街並みは見えず、塀と運動場のようなスペースだけが見えた。
案内の兵に此処で待て、と告げられて待つこと暫し。
コンコン
「は、はい」
ガチャ
ノックの後入ってきたのは、神経質そうな目をしている茶髪で軍服を着ている細身の人物だった。
歳は恐らく20代半。身長は170程でソウと大差はない。
ちなみにジャックは金髪だ。貴族には金銀が多く、次いで赤、青、茶の順番で多い。
閑話休題。
「ソウ殿ですね?私は帝国軍事務官のレンザ大尉です。
エルメス少佐からの指示で両道教育の文を担当させてもらいます」
折り目正しくお辞儀したレンザにソウはすぐにお辞儀を返した。
バシッ!
「ぐっ…何を…」
レンザは何も言わずに何処から取り出したのか教鞭をソウに振るった。
「口答えですか?貴方にはまだまだこのムチが必要そうですね」
バシッ!うっ
流石にソウも気付いた。
はい以外言ってはならない事を。
「よろしい。まず最初に叩いたのはお辞儀にお辞儀を返したからです。
軍人はいついかなる時も挨拶は『敬礼』のみ。
もちろん仕事中のみ。と注釈は付きますが…ソウ殿。貴方は今、仕事中でしょうか?」
「はいっ!」
「よろしい。最初はどうしてこんなポンコツに…と思いましたが、流石エルメス少佐の推薦。
見込みアリですよ」ふふふっ。
ゾクッ。
ソウの背筋に冷たい汗が流れた。
その日は旅の疲れもあるだろうからと、夕食までの少ない時間では簡単な礼儀を教えられただけであった。
ゴーン。ゴーン。
鐘の音が何かを告げる。
「それでは本日はここまでです。明日からは早朝の走り込みの後、昼までここで授業を行うのでそのおつもりで」
「はいっ!ありがとうございました!」バッ
レンザに敬礼と共に感謝を告げたソウは部屋を後にした。
これから向かうのは先ほどのジャックの執務室だ。
すれ違う兵は、体格は小柄な大人だが顔は子供のソウを見て怪訝な表情をするが、子供に何か出来るとも思えずスルーした。
すれ違う兵が向かっているのは食堂である。食堂はレンザの説明では別の建物にあるようだが、ソウはエルメス少佐と一緒に摂るように説明されていた。
コンコン
『入れ』
「失礼します」
ガチャ
部屋の前へと着いたソウはノックをして返事を待った。
最初にジャックが声を掛けた部屋の外にいた兵がノックをしなかったのは呼ばれたからだ。
緊急時に一々ノックをしないのも軍のあるある。
呼ばれた用は緊急ではない場合が殆どだが、緊急だった時は困る。よって呼ばれればすぐに対応するのだ。
「来たか。そこに掛けろ。おい。飯の用意だ」
部屋にいた兵へとジャックが指示を出す。
「「「はっ!」」」
二人の兵と共にソウも返事をしてソファへと腰を下ろした。
「やれやれ。休んでいた分の書類仕事も漸く目処がたったな」
そう言うと執務机から立ち上がり、ソウの真向かいのソファへと腰を下ろした。
「どうだった?」
「はっ!レンザ大尉には分かりやすく指導してもらいました!」
「…そうか。それは大変だったな。俺はソウに謝らなければならないことがある」
ソウが言う指導の意味を正確に捉えたジャックは素直に労った。
そして何やらソウに言わなくてはならない事がある様だ。
「何でしょうか?ジャック少佐にはこれまで良くしていただいていたので特に謝罪をされる様な事は…」
ソウの言葉をジャックは片手を出すことによって止めた。
「俺は勘違いをしていた。ソウの年齢だ」
「年齢…ですか?」
「ああ。俺はお前の歳を少なくとも15にはなっていると勘違いしていたのだ」
「あの…仰られている意味がイマイチ…」
15ではなく12だと言うのが何だと言うのか?ソウはジャックに問いかける。
「軍に入るには15からでないと入る事は出来ないんだ」
「……えっ!?」
間の抜けた返しをしたのも仕方がない。
ここまで半ば強制的に連れてこられたのだ。いきなりそっちの事情で『はい。さよなら』ではソウも困る。
どうしようかと身構えたソウに、ジャックは慌てて声を掛ける。
「待て待て。しっかり考えがある。その為の両道教育なのだからな。
ソウはしっかりと勉学と訓練に励むことだけを考えていれば良い。
ソウが軍に入るまでは俺の従者扱いにして給金も俺の財布から出すから何も心配するな」
「わ、わかりました。ジャック少佐…ではなくジャック様とお呼びした方が?」
軍属ではないのだ。呼び方を変えるのは至極普通、当たり前の事だと、前世の社会人経験が言ってきた。
「どちらでも構わん。ソウのそういう機敏、対処の正確さを俺は買っているんだ。その才能を遺憾なく発揮してほしい」
「はい!しかし、お言葉を返すようですが、それは買い被りに御座います。
ジャック少佐のご期待に沿えるように努力する所存ではありますが、私にそのような才能はありません」
ソウは宗一郎の時から自分には自信がなかった。
しかし、自信がないから努力するタイプではあった。自信がつく事はなくとも、何事も諦める事はせずに区切りまでは黙々とこなしていく、そんな人生だった。
「…その歳で謙遜までするか。ソウと話していると身を振り返るのが恥ずかしくなるばかりだな。
兎に角、お前は俺の予想通りの奴だ。今後の成長はお前自身の努力に掛かっているが何の心配もしていない。
さっ。夕食がきたみたいだ。頂くとしよう」
ソウは前世で20年以上社会人を経験しているのだ。
ジャックが自身の12.3の頃と比べるのは酷というものだ。
扉の前に人の気配を感じたジャックがそう言うと幾人かの人が部屋へと食事を運んできた。
「今日は肉か。頂こう」
「あ、あの!」
ソウは怒られる事を覚悟して何事か聞く。
ジャックは言葉で答えずに目で先を促した。
「な、何故、私の食事はジャック少佐の倍もあるのですか?」
「ん?それはソウは成長期だからだ。よく食べて、よく動き、よく学び、よく寝ろ。ソウなら少なくとも俺よりも大きくなるだろう。
戦場に出れば大きいというのはそれだけで相手に威圧感を与え剣を鈍らせる。
大きいという事は力も強く、又身体も強くなるから死にづらくなる。生き残れるって事だな」
言うまでもないが…
ソウはがむしゃらに食べた。