15話 見えざるモノ。
ここから何話か場面の切り替わりが激しくなります。
こんな書き方をしなくても書けますが、何となくこの方が収まりが良かったので。
見づらいかと思いますがご容赦ください。
それでは本編を。
「千だ」
元王国領土内のとある町で部下に指示を出す男がいた。
「せ、千ですか?一個大隊に値しますが…」
「なんだ?この私の言うことに意見があるとでも?」
「い、いえ!準備致します!」
命じられた男は部屋を後にする。
「ちっ。どいつもこいつも使えん奴ばかりだ。しかし…これも後少しの辛抱。漸く報われる時が訪れる」
残されたラスプーチン中将は独り言ちた。
命じられた部下はハルトマン大佐の部下でもある第二師団第二大隊の大隊長であるシーザー・ベラルド少佐という人物。
その大隊長に命じたのは動ける兵を集めること。目標はもちろんルガーの故郷である。
「…三百ですか?」
豪華な部屋でウィリアムは父親の言葉に嫌な顔をした。
「これで無理ならいくら送っても無駄だ。お前の叔父が無能でないのなら問題あるまい」
「わかりました。手配します」
「捨ててもいい奴だけにするんだぞ?」
その言葉に頷いて部屋を後にした。
「くそっ!馬鹿にするな!それくらいわかっているさっ!」
父親の指示に余計なモノが含まれていた事が気に入らないのか、ウィリアムは悪態をついた。
伯爵家には軍と呼べるものはない。あっても町の治安維持の為の衛兵くらいのものだ。
しかし、帝国は常に戦時中のようなもの。領地持ちの貴族は軍とは呼べないものの、備えとして傭兵達を雇い入れている。
ジャックの実家であるエルメス家も伯爵家という家格に見合う程度には傭兵達を飼っているのだ。ウィリアムはその中から自分達の事がバレないであろう者達を選りすぐれと執事見習いの青年に命令したのだった。
人に命令する事に慣れているウィリアムは、実情がどうなっているのかは知らない。知る必要もないと考えている。何処かで足を掬われそうな考えだが、それしか知らないウィリアムに防ぐ事は出来るのであろうか。
〜視点は戻り〜
「そうだ!いいぞ!良くなっている!」
ソウはピョンピョンと飛び跳ねたり走り回りながら、賞賛の言葉を告げる。
「…これは何の訓練だ?」
そこに訪れたジャックは、見たこともない光景にため息混じりの質問を投げた。
動きを止めたソウはそれに答える。
「魔法の連射速度と動く的への命中精度の向上を目的とした立派な訓練です!」
「…だろうな。見ればわかるが、もう少し何とかならなかったのか?」
「物を揃えれば格好はつくでしょうが、最低限の費用で最大の効果を出す為にそれは捨てました」
お金を節約した事に対して胸を張って答える。
見た目などいいのだ!全てのお金は肉のためにある!
ソウは勘違いしている。ジャックの言いたかった事はそこではないのだ。
「そうか。まぁソウの訓練にもなっていそうだからこれ以上は言うまい。ただ…最後に一つ。
場所は選べ」
ここは第四大隊の兵舎に併設されている訓練場。ただの広場だが、周りは高い塀に囲まれている。
「壁に当たらない様に細心の注意を払っていますよ?」
「そうじゃない。いや、それもだが、周りの隊員の事も考えてやれ。どこの訓練場に魔法が飛び交うところがある?」
ここを使用しているのはソウ達だけではなかった。周りを見ると他の隊員達は壁際に寄り、恐る恐る訓練をしていたのだ。
「……戦場の緊張感を与えて『やめろ』…はい」
ソウの苦しい言い訳は通用しなかった。
「特殊部隊の訓練している森ですればいいだろ?」
「……追い出されたのです」
「は?」
「ですからっ!追い出されたのですっ!」
ジャックの疑問に意味がわからない事を返すソウ。聞き返したのは別にジャックの耳が悪くなったわけではない。
「…なぜだ?」
「特殊部隊が訓練の為に個々で設置した罠を、私達が破壊して回ったからです」
「うん。ソウが悪い」
特殊部隊はソウの手を離れて独自の訓練を始めた。その一つが先ず初めにバラバラに動いて自由に罠を張る。そしてその後に纏まって行動して罠を見つけ、解除するというものがある。
その罠を尽くソウとルガーが壊したのだ。
勿論わざとではない。
「ついに中隊内ですら居場所がなくなりました。私達は孤児のようです」
「やめろ。ルガーが困っているだろうが」
「あれ?奴隷は物ではなかったのですか?」
『訓練はしろ』『ここではするな』という上官に、何故か孤児設定を持ち出して何とかしようと試みた。ソウは確かに孤児だが、ルガーは家なき子なだけで孤児ではない。そもそも帝国法ではルガーは成人している。
「どうやらソウ中隊長は元気が有り余っているようだな。丁度いい。ソウ中隊長にはここに来た者の指導を任ずる。ルガー。お前は戻れ」
「えっ!?ここに来た者って!?まさか全員!?」
「当たり前だ。お前は奴隷すら平等に扱うのだろう?まさかそのような者が自分の部下以外には教えないなんて事はないよな?」
ジャックにした揚げ足取りが全部返ってきた。
もはや言葉にならないソウは項垂れるのであった。
「だって…恨まれていますよ?」
「恨まれてはいないだろう。妬み僻みはあるだろうが。この機会に大隊内だけでも改善しておけ」
中隊内でソウの事を見下す者はいない。
しかし大隊には少数ではあるが、未だにソウの事を気に入らない者達がいた。声を上げている者で少数であるならば、声を出していなくとも気に入らない者達は更にいることだろう。
「…わかりました。担当外なので晩御飯のおかず増やして下さいね」
「何故だ…」
サービス残業、業務外労働に別途報酬を要求する。
転んでもただでは起きないソウに、ジャックは呆れて言葉が出てこなかった。
ソウを見ていても疲れるだけだと思い、ルガーを伴いその場を後にした。
「…ソウ様っすか?」
ジャックの執務室へと戻ってきたルガーは戻るなり質問された。
「ああ。どう見る?忌憚ない意見が聞きたい」
「…強いっす。ただ強いだけじゃなく、なんていうか…目的の違う強さっすね」
「なるほどな。それ以外は?」
強くなった理由もその目的も知っている為、他の情報を聞き出す。
「変な人っす。言動がじゃなく…言動も変っすけど、感情が見えないっていうか…」
「感情が見えない?ソウはお前に優しくはないのか?」
いつ見ても親鳥が雛鳥を見る様な様子が窺えた。まさか陰でいじめている?と、考えるがそれはないと思い直す。
「優しいっす。でもそれは俺が思ってるだけっす。ソウ様は無理に壁を作っているって感じるっす」
「壁か…わかった。今日はもう休んでいい」
コクンッ
頷いて退室した。
「わからんな。いつもふざけている様にしか見えん」
それは間違いないだろう。
ルガーには何が見えているのか。少し考えたが答えの出ないことだと思い、ジャックはその疑問を心の片隅にしまった。
「標的はこの先の集落!数は二百!最悪は殺してもいいが、その場合には報酬は出ない!生捕りにした数だけ報酬が出る事を肝に銘じておけ!」
ベランバザールの北。そこにある山で男は大きな声を上げた。
男の名前はシーザー・ベラルド少佐。北軍第二師団から千人の志願兵とエルメス家から三百の傭兵を預かってここまでやってきた。
目的は魔法使いの捕縛。
「敵は老若男女関わらず強力な魔法を放つ!これは軍から預かってきた魔法を弾く幕だ!貴重なモノだから後で回収する!無くしたり破損した隊は報酬から減額する!」
態々報酬の話ばかりしているのは、これが軍事作戦ではない事を意味している。
傭兵はもちろん、志願兵も金に釣られてやってきた者たちばかりだ。
一番の目的は『これに帝国軍は関係ありません』と声を大にして伝える事だ。
「これは混成軍である。その為下手な連携はしない。五人から十人の隊を自由に作るんだ!最初の突撃のみ息を合わせる!それ以外は早い者勝ちとする!」
「「「「うぉおお!!」」」」
略奪や自由な暴力こそ戦場の醍醐味。そう言わんばかりにここにいる者達はその興奮に身を委ね、雄叫びを上げた。




