13話 魔法剣鉈士。
大陸暦1314年秋の時
カンカンッ
カンカンカンカンッ
小気味いい音が辺りに響き渡る。
「よもやこれほどとはな」
ジャックは素直に感嘆のため息と言葉を漏らした。
「ふぅぅ。どうでしょうか?」
細く長い息を吐き、ソウは答えを求めた。
「予想以上だ。これなら精鋭部隊が手玉に取られたのも頷ける。ルガー。今日からおかずを増やそう」
コクンッ!
ジャックの言葉にルガーはものすごい勢いで首を振った。
小気味のいい音は、もちろんソウとルガーの模擬戦で剣を合わせる音だ。あれから徐々に打ち合える様になってきて、満を持してジャックにお披露目をした。
それを伝えた時に余り期待してなさそうなジャックにソウは条件を出した。
『中佐の目に叶わなければお酒を奢りましょう。もし叶えば、ルガーの食事の改善をお願いします』
自身の教育の成果に自信があるソウは自分に全く得がない勝負を挑んだ。
流石にそれを断る上官ではない。
こうしてエンゲル係数向上チームが結成されることとなった。そこにルガーの意志はない。
「あれ?何でルガーの食事の方が豪華なのです?」
確かに改善を申し出た。しかしソウが食べている軍で出ている食事よりルガーの食事の方が彩りが多いのは見過ごせない。
「こいつの食費は俺が出しているからな。俺達の食事と違うのは仕方ない」
確かにジャックの私費であるが、同一のものにすることも出来た。ルガーの食事を頼んでいるのは同じ兵舎にある厨房なのだから。
しかしそうはしなかった。単純にソウを揶揄うためだけに。
「えっ…ゴクンッ。る、ルガー?そのお肉のソテーと私の焼き魚を交換しませんか?」
ブルブルブルッ
その言葉にルガーは全力で首を横に振る。
ジャックへの恐怖が消える事はないが、ソウに対しては割と自分の気持ちを伝える事が出来るようになっていた。
「じょ、上官命令ですっ!」
もはや形振り構っていられない。恥や外聞を殴り捨ててソウは全力で肉を取りに行く。
「上官ではないな。あくまでも教官程度だ。それに奴隷のモノは俺のモノだ。上官のモノを奪うのか?」
ここまでいくと、ソウをイジることに喜びを感じていそうだ。
「くっ…何たること…どうせなら自分の食事も条件に入れれば良かった…」
ソウは悔いた。軍に入ってから二番目くらいに後悔していた。どうしてあの時ルガーの事ばかりに気を取られたのか。あの時の自分を殴りたい気持ちで一杯だった。
「…まぁ揶揄うのはこれくらいにしておこうか」
予想以上に悔しがるソウを見て、罪悪感どころか変な恐怖を覚え始めたジャックはこの時間の終わりを告げる。
「?どういう意味です?」
「こういう事だ」
全く理解できないソウは素直に聞いた。
そしてジャックは机の下からルガーと同じ肉料理を取り出したのだった。
「ジャック中佐!!一生ついて行きます!!あっ!死地以外で!」
「…大袈裟だが、そこはどこまでも着いてこい」
一生ついて行く事に何故か制約があった。そこに苦笑いを返しながら今日までの褒美を渡すのであった。
「ありゃ化け物だな…」
一人の精鋭部隊員が声を漏らした。
「味方だよな?」
「何でも中佐と曹長のいう事は何でも聞くらしいぞ」
「その中の一人も化け物の内の一人なんだが…」
精鋭部隊が見ているのはソウとルガーの模擬戦である。
人外の動きを見せるルガーとその剣を涼しげな表情で捌いているソウを見て、自分達の調練に身が入らない。
「なぁ…」
「なんだよ?」
「さっきからあの奴隷が光っているのって…」
「…魔法だろうな」
「……俺達って本当に精鋭なのか?」
剣だけでの模擬戦に慣れた二人は魔法も取り入れる事にしていた。
森で見せた高威力のものではなく、近接戦を行いながらも放てる程度の魔法だが、その変則的な戦いを経験しているモノはいない。
威力が弱いといっても拳大の石を全力投球する程度の威力はある。打ちどころが悪ければ即死する代物だ。
そしてこの戦い方はルガーすら初めての試みだった。
てっきりしてきたものかと思えばした事がないと言われてソウは勿体ないと驚いていた。
これまでその訓練をしてこなかったのには理由がある。それを練習出来る相手が存在しなかったからだ。
ルガーの死んだ仲間達も訓練すれば出来ていた事だろう。しかしその訓練は通常死が付き纏ってしまう。
ソウのように動く的で、且つダメージを負わない相手がいるからこそ身についたのだった。
数日後、先の模擬戦が隊内で話題となり、遂にジャックの知るところとなった。
「剣を振りながら魔法を使っていると聞いたが本当か?」
「はい。剣だけでの模擬戦に慣れてきたので魔法も取り入れました」
「…何でそんな当たり前の事の様に言うんだよ」
隠していたわけでもないのでソウは普通に答えた。しかし返ってきた言葉は予想していないものだった。
「?ジャック中佐も魔法を使えるのですよね?」
「そうだ。ルガーの様に強力ではないが使う事は出来る」
「?では剣技に組み込んでいますよね?それと同じですよ?」
ソウはよくわからなくなってきた。使えるモノは何でも使ってきたジャックだ。であれば、魔法を剣技に混ぜるのは人が息を吸う様に当たり前の事ではないのか?とソウは思ったのだ。
「そんな事は出来ん。歩く程度であれば出来るが、走った状態ですらまともに撃てるとは思えん。戦いながらなど不可能に近い」
「えっ…じゃあ何の為に魔法を覚えたのです?」
「剣が振れなくても戦えるからだ。そんな可哀想な奴を見る目を向けるな。そんな魔法すら使えんだろうが」
えっ?そんなの意味あります?とでも言いたげなソウの言葉にジャックは大人気ない言葉を返した。ソウは前世も合わせるとジャックより遥かに年寄りだが。
「私には魔法無効があるので気にしません。それよりも魔法とはそこまで不便なのですね。
もし戦いながら魔法を放つ人がいないのであれば、ルガーはかなりの戦力になりますね」
「うん。今更だな…」
ソウ以外の人は既にその事で驚いているのだ。
「第四大隊の奥の手として緘口令を敷いた。二人は誰かに話さないとは思うが、聞かれても答えるなよ」
「わかりました。軍事機密という奴ですね!」
「何で嬉しそうなんだ…」
ソウはまるで前世で観ていたスパイ映画の登場人物になった気でいたのだ。
「ところで…何故中佐には出来なくてルガーには出来るのでしょうか?」
「使えない俺にわかるわけがないだろう。だが、一つ言える事は俺達が使っている魔法とルガーが使っている魔法は似て非なるものなのだろう。どうだ?ルガー。お前は何かわかるか?」
「…わかんねぇっす。俺達は気付いたら魔法が使えていたっす。理屈も何もないっすね…」
魔法が生活に密着していたのだ。ここでは使っていないが、火を起こすことも魔法を使って出来る。水を生み出す事は出来ないが、何かしらの力に働きかけることが出来るのが魔法のようだ。
「うーん。理屈…理論化されていないのであれば周りに技術を広める事は出来そうにないですね…」
「そうだな。だが、一つ調べられることが残っている。それはルガーの魔力測定だ」
「すっかり忘れていました」
ソウにとっては苦い思い出だったのか、記憶から消していたようだ。
「実は既に用意している。早速測定するぞ」
「流石ジャック中佐です!」
「…露骨に褒めても肉は奢らんぞ?」
「ま、まさか?その様な裏なんてあるわけ無いですよ?」
何故疑問系なのだ?
ジャックの疑いが晴れる事はなかった。




