12話 一進一退。日進月歩。
「三発放てたか」
あれから二日後、ルガーの魔法についての考察と結果をジャックに報告している。
「はい。かなり無理があったようで、その後は一刻経っても使用する事は出来ませんでした。今朝には既に元に戻っていると本人から聞いています」
「なるほどな。残念な結果だが、知っているのと知らないのとでは大違いだからな。よく纏められている」
ジャックはソウの提出した書類をパラパラと捲りながら褒め言葉を紡いだ。
前世の感覚ではギリギリ及第点のレポートであったが、この世界ではこれでも立派な物のようだと安心した。もちろん以前から書類仕事は褒められ続けていたので心配もしていなかったが。
「この経費は何に使ったんだ?」
「その次の頁に書かれている威力表を作成する為の鎧です。もちろん破損していて打ち直しが必要なボロを使用しました。
それでも鉄なのでそこそこしましたが」
「そうか。確かに敵が基本は鎧を着ているから実践的ではあるな」
ジャックは頭の固い上官ではない。
理由を述べてそれに穴がなければしっかりと納得してくれる。『無駄な事を!』などとはいきなり言われる事はない。
「ルガーの用途は無限に広がりますね」
「戦場で臆さなければな」
兎に角ルガーはビビリなのである。これでよく故郷を飛び出せたなとは思うが、確かに聞いたような環境では暮らしたくないなとソウは思う。
戦力としては強く、心の弱いルガー。そんな心の弱いルガーが飛び出したくなるような場所に、自分が転生しなかった事を幸運に思うのであった。
「まぁそれはソウがどうにかしてくれると期待しているがな」
「…急な重圧ですね。期待に応えられるように精進します」
ルガーがどれだけ強くとも、それだけでジャックがルガーに心を寄せる事はない。
既に奴隷である事を除いても、寄せるだけの心が残されていないのだ。
その心は目の前の若い曹長に向けられているのだから。
「さっ。期待に応える為にもやるぞ」
翌日、大隊本隊とは別に第六中隊は調練を行なっていた。
精鋭部隊は歴戦の猛者もいることから態々ソウが顔を出さなくとも調練を怠る事はない。生き残る為に出来ることをしっかり行なってきたから歴戦なのだ。
逆に、特殊部隊は殆どが兵卒である。これに顔を出さなくても良い理由が一つだけあった。それはソウに教えられる事がすでに無いという事。
それ以外の小隊はトリストン曹長に任せている。
よってルガーとのワンツーマンが実現していた。ルガーにとっては地獄のような日々の始まりである。
「どうするっす?」
「流石にルガー相手だと真剣は拙い。手加減なんて出来ないからな。これを使う」
ソウの手には木剣と木で出来た長めの鉈が握られていた。
「工兵に頼んで作らせた。重量も重心もその腰の鉈に近い出来のはずだ。持ってみろ」
ルガーは恐る恐るそれを受け取った。
「す、凄いっす!木の武器っす!」
「その腰の武器の名前はなんと言うんだ?」
「剣鉈っす。昔はもっと短かったみたいっすけど、山暮らしでも使えて、戦闘にも使えるからってこの大きさになったらしいっす!」
集落では模擬剣などはなかったようで、精巧なつくりの木鉈に驚いていた。
互いに武器を手に少し距離を取った。
ソウは革鎧を装備して、ルガーも同じ革鎧を装備していた。
ルガーは戦場に出る事があっても金属鎧をつける予定は今のところない。持ち前の速さを殺してしまうことになるからだ。
これはソウが戦後ジャックから聞いた話だが、ルガーと同等か上回る速さがあるイェーリーは金属鎧をつけて戦場に出ていたが、イェーリーの装備は特注品でとても軽くとても動きやすく、とても高価な物だったらしい。
奴隷にそんなモノは与えられない為、革鎧に慣れてもらう他なかった。
「行くぞ!」
ソウの掛け声によりルガーの地獄の日々が始まる。
二人の訓練は常にルガーがボロボロになるまで続けられた。
それも森の時より遥かに実力に差が出ていた。普通に考えるならば魔剣が使用出来ないソウの方が分が悪く思えるが、それよりもルガーの恐怖心の方が足を引っ張っていたのだ。
魔法が効かなかった事が原因なのか、ルガーはソウにどうやっても勝てないと思い込んでしまっていた。
気持ちで負けてしまうと、実力以上に結果に差が出ることになった。
「今日も派手にやったようだな。見込みはないか?」
あれから数日後。季節は秋になっている。ルガーは今日も今日とて身体にアザを作り、フラフラとしている。
「そんな事はないです。確かに私には弱いですが、それは恐らく気持ちの問題です。
今は痛みを克服している段階ですので、もう少しお待ちください」
「い、いや。それならいいんだ。余り無理はするなよ?」
やる気を漲らせているソウに『やり過ぎるなよ?』と、間接的に伝える。剣がダメでも魔法使いとしては優秀なのだ。それも恐らく北軍で一番の。
このままいけば廃人になってしまうのではと危惧していた。そうなれば全てが無駄になる。
本人の事なのに疲れ切っているルガーには聞こえていない。それを確認したジャックは奴隷であり、元敵でもあるルガーの事を少し不憫に思った。
まぁ…死ぬよりはいいだろう?と、心の中で弁解をしつつ。
ソウがジャックに少し噛み付いたのは『教え子』が蔑まれているように感じたから少しムキになっていたようだ。本人は全く気づいていないが。ルガーはこういった気持ちの変化も齎していた。
そんな地獄のような訓練にもついに変化が訪れた。
いつものように向かい合った二人は剣を交える。
これまでは防戦一方だったルガーが一歩前に踏み込んできたのだ。
「くっ!」
間合いが変わった事でソウの剣に力の全てが乗らなかった。そこをルガーは合わせた鉈ごと身体を斜め前へと押し込んだ。
「うりゃあっ!!」
身体が起き上がり右足を一歩下がらされたソウに向け踏み込んで、低い体勢からソウの下半身に向かい鉈を全力で振り切った。
カンッ
すんでのところで脚と木鉈の間に木剣を差し込んだソウはギリギリ直撃を避けた。
「ぐぅおおおっ!」
無理な体勢から全力で鉈を振るったルガーだったが、さらに無理をする。折り曲げた左足をソウの方へ跳ね上げるように力を入れて離れようとするソウに肉薄した。
そして防がれた鉈をソウの下顎に向けて跳ね上げた。
「ちっ!」
自身には不可能な動きを見せたルガーに虚を突かれたソウは、一瞬何故離したはずのルガーがまだそこにいるのか理解できずにいた。
理解は出来なかったが、過集中の中にいるソウには下から迫り来る木鉈がハッキリ視認できた。
見えるのだが、イコール躱せるわけではない。
ソウもギリギリの中で決断を迫られていた。
「えっ!?」
木鉈をいなされたルガーは驚愕の声を上げる。
その声は驚いているだけではなく、そんな…と失望の気持ちも混ざっていた。理由は・・・
「そんなモノを顎に受けたら食事が摂れなくなるからな」
そういったソウは左手の甲をさすっていた。
ソウは木鉈を左手の甲でいなしたのだ。もちろんそれはルガーの武器が鉄ではなく木だから出来た芸当である。
ルガーの声にはそれについての批判も込められていたのだ。
「何だ?文句があるのか?」
散々好きなようにやられて、初めて痛みという恐怖を乗り越えて踏み出した一歩で得た千載一遇のチャンスだった。
ルガーの目にはこの時ばかりは畏怖ではなく恨みがましい気持ちが宿っていた。
「文句は…」
「今のはルガーの反則が先にあった。脛を狙ったろ?」
「あっ!!」
ソウとルガーの模擬戦にはいくつか取り決めがあった。
それは重大な怪我に繋がる恐れのある攻撃を禁止するモノであった。但し最後の頭部(顎)への攻撃は禁止されていない。
「この模擬戦では下半身への攻撃は禁止していたぞ。思い出したか?」
「は、はぃ…」
腕が折れても歩いて行軍には着いていけるが、足の骨折は無理である。
ルガーは別に構わないが、ジャックの右腕であるソウはそういうわけにはいかなかった。そういった理由から下半身への攻撃は禁止していたのだ。
「それに俺はいざとなれば真剣であっても手で止める」
これはソウの目が良いから止められる自信があるともとれるが、基本は命を失うくらいなら喜んで四肢を差し出すという意味が多分に込められている。
ルガーはソウの生への執着を知らない為、前者の意味合いで受け取ってしまう。
折角恐怖に一歩踏み込めたルガーであったが、真剣に手を出すなんて自分には恐ろしくて無理だ…そう考えて再び項垂れてしまった。
もう暫く地獄の模擬戦は続くのである。




