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11話 子供には過ぎたる力。

 





「漸く帰ってこれましたね」


 第四大隊遠征部隊はハーレバーの街に帰還していた。

 特に思い入れはないが、家なき子であるソウにとっては第四大隊の本拠地が家である。


「レンザ大尉のお陰で遠征中に溜まっていた書類もサインだけで済むのは有り難い。

 今日明日を休養日にあてて、明後日から大隊全体の演習に入る」


「第六中隊もですか?」


 第四大隊の兵舎にある大隊長執務室にてソウが自身の予定を確認する。


「いや、必要ない。第六中隊は特任(特別任務)部隊だから、いつも通りにしてくれ」


「では他の隊に連絡しておきます」


 書類を渡したレンザ大尉は連絡を買って出た。


「では私た…私は失礼しますね」


 ルガーを人数に入れて発言しかけたソウは、考え直して発言した。


 ソウが危惧していた大隊内でのルガーへの風当たりは一切なかった。

 逆に『奴隷といえど、あんな年下に使われるアイツは可哀想だな』という同情の声がソウにも聞こえてきたくらいだ。

 若くして中隊長へとなったソウに妬み僻みの声は大きい。それに追加されて『平民のくせに奴隷持ち』という間違った妬みが追加されたが、当の本人は元々僻まれていたので間違っていたとしても一つ理由が増えたくらいでは気にもしていなかった。

 むしろそれでルガーが過ごしやすいなら御の字とすら思っていたのだった。


 後にルガーがジャックの持ち物と認識されるまで、この噂が消える事は無かった。





「型にはまった剣よりもこのままの方がいいな」


 翌日からルガーの調練が始まった。

 思ったよりもベランバザールの街に滞在する期間が長かった為、敬礼や隊列の組み方などはすでに教えていた。

 よってハーレバーに帰ってからは実戦的な訓練に移っていたのだが、ソウが学んだ剣技はルガーには合わなかったのだ。


「まさかルガー達の動きの速さの秘密が身体の動かし方だったとはな…」


 異世界不思議パワーで早く動けているのだと思っていたが、どうやらソウ達帝国軍人とはそもそも身体の使い方が違っている様だった。もちろんそれだけではなく他にも理屈はあるのだろうが。


 指導中、ルガーに対してのソウの言葉遣いは上官からのモノとなっていた。

 人に武を教える時に丁寧語や敬語では締まらないのだ。


「よし。形稽古はなしだ。周りに合わせなくていい。ルガーは自分のやり易いように動け」


「はっ!」バッ


 ジャックからは精鋭部隊に組み込める様にしろと言われただけだ。何も同じ様に剣を振るわせる必要はない。

 そもそも軍人ではないから剣も自前だ。それなら使い慣れた武器を使い慣れたやり方で振るう方が理に適っていた。


 その後は日が暮れるまで精鋭部隊との連携の訓練をさせた。




「構わん。ソウの部隊だ。やり易いように使え」


 ジャックに諸々の事を報告すると思っていた答えが返ってきた。


「問題は魔法の訓練なのですよね。私には素養がないですし、かといって魔法使いに教わるわけにもいきません」


 ルガーの魔法が強力であることを二人は知っている。

 もし、魔法使いがルガーに根掘り葉掘り聞けばいずれルガーのルーツがバレてしまうだろう。

 それは面白くない。


「そうだな。…特殊部隊が森で訓練していたな?そこで俺が教えよう」


「えっ!?中佐自らがですか!?」


 これだけ目をかけられているソウですら教わった事がない。

 その発言に驚きながらも、他に方法はないなと徐々に冷静になり受け入れた。


 この事に一番驚いていたのは何を隠そうルガーであった。部屋の隅でいつもの様に置物の様に立っていたルガーだったが、その身体は小刻みに震えていたのであった。





 翌日、天候も問題なくまだ休暇中の隊員達を尻目にソウ達は森へとやってきていた。


「この先に岩場があります」


「休みのはずなのに悪いな」


「いえ!中隊長と大隊長の命令であれば喜んで!」


 特殊部隊員の一人を捕まえて、森の中を案内させていた。

 この森はすでに辺境伯が皇帝に預けられている所。普通の訓練ならまだしも、木々を薙ぎ倒すような魔法の訓練を勝手には出来ない。

 そこで、特殊部隊員に壊しても良さそうな岩場へと案内を頼んだのであった。


「あそこです!」


 森の切れ目から覗くのは禿げ上がった岩肌。

 塩害なのか鉱害なのか原因は定かではないが、直径100mはありそうな木が生えていない小山が姿を現した。


「ここでなら問題はなさそうだ」


 ジャックの言葉を聞いてソウは特殊部隊員を労い帰還させた。


「さあ、ルガー。見せてください」


 岩山に目印を付けた後、ソウとジャックは下がり、ルガーに魔法を放つ様に指示を出した。


「ほ、本気で撃っていいっすか?」


「もちろんです。むしろ手を抜いたら中佐からお仕置きが飛んできますよ?」


 その言葉にルガーはびくりと身体を硬直させた。


 何事か準備を終えるとルガーの身体が発光し始めた。


「撃つっす!」


 気の抜ける掛け声の後にルガーの身体の輝きは手の方へと移動して、射出された。


 カッ


 眩い閃光の後に轟音が辺りに響き渡る。


「ぐっ!」「うっ」


 ソウとジャックは岩山から100mは離れていた。しかし衝突の衝撃はそんな二人のところまでやって来ていたのだ。

 音と共にやってきた衝撃は砂煙を上げて二人を襲う。

 目と顔を腕で守った二人は衝撃が過ぎ去った後に顔を上げた。


「砂埃で見えませんね…」


 ソウは口に砂が入らないように覆ってから話しかけた。

 そんな二人の視線の先には人影が見える。


「見えてきました。ルガーは無事ですね」


「だろうな。自爆していたら笑い話にもならん」


 砂煙が落ち着いてルガーの姿がハッキリと見えた時、その異様は二人の視界に飛び込んできた。


「う、嘘だろ?」


「えっ…?あんなのを私に撃ってきていたのですか…?」


 幅100mはある岩山は大きく削れていた。その一撃はソウが前世で娘を連れて行った自衛隊の演習の時に観た、戦車の一撃を彷彿とする傷跡をしっかりと残していた。


 それが一度でも自身に向けられていた事を思い出し、今更になって冷や汗が背中に流れた。


 大きく抉れた岩肌を凝視する二人の元にルガーがやってきた。

 奴隷であるため何も発する事が出来ない。そんなルガーは二人の瞳には不気味に映っていた。


「お、お疲れ様でした。魔力はどうです?身体に異変はありませんか?」


 いち早く立ち直ったソウがルガーの体調を確認する。どんなに強力な攻撃手段があっても、それで身体を害するのであれば何度も使用できない。後の戦いを見越しての質問だった。


「も、問題ないっす。本気で撃ったから暫くは使えないっす」


「む。暫くとはどれくらいだ?」


 珍しく呆けていたジャックだったが、気になる所があり、現実へと戻ってきた。


「そ、それは…」


「緊張しなくても大丈夫ですよ。ゆっくり考えて下さい」


「は、はいっす」


 ジャックに声を掛けられると身体が硬直してしまうルガーに、ソウはリラックス出来るよう声を掛けた。


「…多分っすけど、一刻(二時間)もあればまた撃てるっす」


「そうか。威力を抑えたらどうなる?」


「えっと…半分くらいに抑えたら三発くらいなら撃てるっす…かね?」


「なんで疑問系なんだ…」


 その言葉にまたもルガーは身を硬くしてしまう。


「ジャック中佐。その辺は私だけでも確認できますから後日でもいいですか?」


「ん。それもそうだな。ルガー」


「は、はいっす!やべっ!?」コクンッ


 つい返事をしてしまって焦ったが、無事に頷く事が出来た。


「ふー。頑張れ」


 コクンッ


「そこは喋っていいと思いますよ?」


「放っておけ」


 ぶっきらぼうに返すジャックだったが、内心はほくそ笑んでいた。

 ソウから実力は聞いていたが、これまでの事を考えると使()()()とはどうしても思えなかった。

 実戦に投入する段階で、それが部分的な負け戦であれば逃げ出すのではないかと考えていたのだ。

 軍での敵前逃亡は死罪にあたる。

 たとえ軍属ではないと言っても、ジャックの持ち物である。

 そのルガーがいくら強くてもその辺りの事情で実戦に投入出来ないのであれば無駄な買い物だったことになる。

 まだまだ性根は子供だが、それは時間が解決するだろう事を自身の経験からジャックは知っていた。それを待つだけの力を見る事が出来たので、十分有意義な買い物だとほくそ笑んだのだった。


「これからもソウが教育係だ。ソウの相手が務まるのも現状コイツしかいないから丁度いい。今日は帰るぞ」


 本日碌な結果を出さなければ、ソウの手を煩われせる教育係という任は解こうと考えていた。

 しかし予想が良い方に外れた為、これまで通りソウに任せる事に決めたのだった。


「どうしたのですか?」


 ジャックの言葉を聞き震え出したルガーを見て、ソウは体調を気にする。あれだけの威力をただの人が放ったのだ。異変が起きても当然とソウは思っていた。

 しかし…


「ソ、ソウさんの相手……」


 自身と変わらぬ強さの仲間を、いとも簡単に屠ってしまった相手。

 本格的な訓練が始まる前に、ルガーは恐怖に溺れていたのだった。

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