10話 魔物の供物。
今日明日は複数投稿します。多分来週の金曜と土曜も。
予期せぬ焼肉に危うく小躍りしそうになったソウであったが、ルガーのいる手前、何とか我慢した。
翌日の夕方には肉屋がやって来て、ソウに大量の肉が贈呈された。
ハルトマン大佐自身は特に言う事はなかったのか、焼肉を食べた後も会う機会は訪れなかった。
「お礼の言葉でもお伝えしたかったのですが、お忙しいですよね」
「やめておけ。大佐は今回の手柄で得るものは少ない。
むしろ小隊を一つ潰してしまったんだ。それと手柄を相殺されるのが関の山だろう。
俺達に悪い印象は無くともいい印象もないはずだ」
もし、ハルトマン大佐が心から感謝しているのであれば、自ら礼を述べに来ているだろう。
それが来ていない事から大佐の心情は想像できた。
「報告書はなんて書いてあったのですか?」
「俺達を指揮して大佐がルガー一味を討伐した事になっている。
そして拷問の末、話は聞けたが捕虜は死んだと書いてあった。その話の内容は嘘偽りなく纏められていた」
「ルガー。質問があります。もし、貴方の故郷を我々が襲撃することになればどう思いますか?」
捨てた故郷と言えど、そこには血を分けた家族が住んでいるはずである。たった一人の家族のために全てを捧げてきたソウであれば、それを許容する事はできない。
「発言を許可する」
黙ったままのルガーにジャックは許可を出した。
「も、問題ないっす…です。あんなところ…無くなればいいんだ」
「そうですか。わかりました」
ジャックはルガーの故郷に軍が攻めるとは思っていない為、この話に興味はない。しかし別の所に興味があった。
「態々聞いたということは、ソウは軍が攻めると考えているのか?」
「いえ。十中八九攻めないでしょう。ですが、何事も可能性はゼロではないので。
もしそんな事を指示されたら私は逃げ出します」
自信満々に脱走する事を宣言した。むしろ清々しいまである。
「…そんな気はしていたが、もしそうなっても逃げるなよ?」
「中佐が守ってくれるのであれば吝かではありません」
「俺も死にたくはないからその時は何か考える」
そんな事にはならんだろう。と、ジャックは先延ばしにした。
「兎に角。報告書は送った。後は帰還命令が出されるのを待つだけだ。それまでは兵達もゆっくり休ませてやれ」
戦争が終わって漸く腰を落ち着けたかと思った矢先の遠征だ。
命令が下されるまでの期間を疲れが取れていない者達のリフレッシュ期間に当てる。
「はっ!」
ソウはルガーを伴い退室した。
あれからルガーはソウと四六時中共に過ごしている。
寝る時も同室である。
武力で敵わないソウといればルガーも変なことは考えないだろうとジャックの一存で決まった。
部屋ではソウがベッドで寝て、ルガーは部屋の隅の床に座ったまま寝ていた。
初めはそれを仕方ないと思ったソウだったが、強くなるためにはちゃんとした休息も大切だとジャックに直談判した。
流石にベッドは与えられなかったが、床で毛布に包まり寝る事は許された。
そんなルガーはソウを見る目が変わってきていた。
「ソウさんは変わってるっすよ」
「それはないですね。私ほどまともな人は見た事がありません」
与えられている部屋へと戻った二人は話をしていた。
何だかとんでもない事をルガーに言っているが、ソウの事を知っている人でこの言葉を信じるものはいない。
「悪い意味じゃないっす。他の人達は俺のことを物のように扱うのに、ソウさんだけは人として扱ってくれるっす」
「…ダメですよね?頑張って奴隷制度に慣れないといけないのですが…染み付いている感覚は中々拭えないものです」
元々ルガーはソウ様と呼んでいた。前世でも中々呼ばれた事はなく、そして自分が人から敬われる人物だとも思っていないソウは様付けをすぐにやめさせた。
「俺は嬉しいっす!確かに他の人がいる所ではご迷惑になっちゃうし、拙いのは理解してるっすけど…二人の時はこんな風に喋れると頑張れるっす」
「そうですか。何かを頑張る。努力する事は素晴らしい事です。ハーレバーにある第四大隊の本拠地に戻ってからはつらいと思いますが、頑張ってください」
言葉遣いは目上に対するモノだ。これはまだルガーが部下でもないからという理由もあるが、一番の理由は最初からルガーに舐められていないため、無理に高圧的にならなくていいからだった。
ルガーにとってはジャックの次に恐ろしい人物だったが、今となっては唯一話ができる掛け替えの無い存在となっていた。
「やはり放っておくという結論に至ったな」
ルガー捕縛から十日が経っていた。
帝国北軍から齎された命令は『帰還』であった。
「良かったです。何事も万が一がありますから、漸く安心して寝られます」
「いや、寝すぎだからな?今日も俺が使いを寄越さなければまだ寝ていただろうが」
「そ、それは…あれですよ!あれ!心配で夜に寝られないので昼に寝ているのです!」
ジャックから冷めた目で見られたソウは言い訳にならない言い訳を吐き出す。
「まぁ休息を取れと命令したのは俺だからいいが、これからはちゃんと起きろよ」
「もちろんです!帰還はすぐですよね?明日の朝でしょうか?」
「いや、ベランバザールの兵の補充が行われてからだ。小隊分減っている上に、襲ってこないとはいえ、脅威がすぐ近くにあるからな」
補充は一個中隊だと説明を受けた。
それまでは変わらずここで過ごす事に。
「まぁそれが妥当な判断ですね。ルガー達と変わらない強さの二百の集団に襲われれば、今のこの街の防衛力ではすぐに落とされてしまいます」
外壁など魔法で簡単に砕かれるだろう。そしてその後の白兵戦で太刀打ちできずに防衛線は崩壊する。
「そうだな。俺としてはそれだけの力を持った者達がただ山に篭っている事が信じられんが」
「人類皆ジャック中佐の様に武力行使を良しとはしないのですよ?私の様な博愛主義者も多くいるのです!」
ゴチンッ
「いっつぁあっ!?」
「殴ってなんだが…ソウは学習しないのか?」
一言…二言は多いソウはいつものゲンコツをくらうのであった。
「俺が言いたいのは、力を持った者は多かれ少なかれそれを使ってみたいと思うものだ。
何故そいつらはその力を使わずに山に篭っていられるのかと、気になった」
「篭っていませんよ?ルガーがその証拠です。これまではそんな人達がいなくても、これからは前例が出たので増えると思います」
「もしそうなれば面倒だな」
ルガー達はソウがいたから倒せたと言っても過言では無い。
明らかに数が多ければ襲ってこないくらいの知恵はある。
そして倒せると思えば躊躇なく襲って来た。
もしその様な者達が増えると、対応を迫られるのは北軍である。
「ルガー?何かあるなら教えてください」
ルガーはソウの方を見つめて何か言いたそうにしていた。
「許可する」
許しも出たのでルガーは口を開いた。
「そんな事にはならないと思うっす…故郷の奴らは森と共に生きる事を至上の喜びだと思っているっす。そういう風に育てられるっす」
ソウは前世の知識からまるで『エルフ』だなと思った。
「あれ?じゃあなんでルガー達は外に興味を持ったのですか?…いえ、興味を持てたのですか?」
知識が無ければ行動は起きない。知識が無くても行動を起こす時は好奇心か追い詰められた時くらいだ。
高々好奇心くらいでは住んでいた安全な故郷を飛び出すには弱いとソウは思った。
「…集落では十年に一度生贄を魔物に捧げているっす。幼馴染がそれに選ばれて、反発した俺達は集落を飛び出したっす」
以前聞いた話は、集落の大人と意見が合わなかったから、仲の良い同年代の者達と集落を出て行ったと聞かされていた。
「何ですかそれは……その幼馴染は?」
もはや理解不能な言葉に絶句をし、自分が殺したのか?と、ソウは聞いた。
「生贄にされて死んだっす。あっ!もし、ソウ様に殺されていたとしても恨んだりしないっすよ?あれはいきなり襲った俺達の方が悪いって今ならわかるっすから」
「そうですか。別に恨みはどうでもいいですよ。仮に私が悪くても身内が殺されれば逆恨みと言われようが仇を討つと思いますし。
ですが…ルガーには悪いですが、その集落は聞けば聞くほど変な所ですね」
魔物に殺されるのを防ぐ為に外部との接触を絶ってまで生き残っているのに、わざわざ少ない同胞の命を理解不能な事に捧げている。生贄に確固たる理由、理屈がない限り矛盾しているように感じた。
「自分達で外部との接触を絶った事により、色々と歪んでしまったのだろうな。人は新たな刺激がないと成長しないどころか、退化してしまう生き物だからな」
ジャックの言葉にソウは頷きで同意を返し、ルガーは難しい話になった為、定位置で置物の様になったのだった。




