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9話 予期せぬ吉報。

 




「そうだったのか…まさか北の未踏の地に集落があって、よりによって私がここの軍事責任者としてやってきた時にそこから抜け出した者が襲撃をしたと…」


 ハルトマン大佐は自身の運のなさを嘆く。

 もちろんすでに済んだこと。どうしようもない為、話を続ける。


「どの様に報告する?」


「如何様にも。私に報告義務も責任もありませんので」


 ジャックは相談を冷たくあしらった。あくまでも援軍としてきただけであると強調した。


「わかった…捕虜の事は報告しない。この後も頼めるか?」


「良いでしょう。先ずはその集落についてですが、そのまま報告します」


 特に捕虜を奴隷とした事は秘密にしなくてもいいと思っていたが、相談にのる(簡単な)事で喋らないと言うのならそれに越したことはない。


「それではその集落攻めを命じられてしまう。他に手はないか?」


 ルガーの証言によると集落の人達はそれぞれ自分達くらいに強いとのこと。

 特に魔法は皆が使えて、女性や年寄りでも戦えると聞いていた。

 ハルトマン大佐はそんな奴らと戦うのは嫌だと言っているのだ。


「問題ありません。ご存知の通り、帝国が軍を動員するのは国をとる時。正確に言えば国土を広げて力を手に入れる為です。

 集落は魔物の領域に近く、下手をすれば領域内です。その様な場所を攻めるとは考えられません。

 得るものもなければ、失うもの多し。と、考えるでしょう」


ハルトマン大佐もその事は知っている。当事者になると途端に悪い事しか想像出来なくなり視野が狭くなるタイプがいる。大佐もそのタイプなのだろう。


「つまり、嘘をつく必要がない?」


「大佐は報告に嘘が許されるとでもお考えで?」


 ジャックとて清廉潔白ではない。しかし、常日頃から揚げ足を取られるような振る舞いはしないようにしてきた。


「ま、まさか!きちんとあった事を報告しよう」


「そうしてください。報告書には私のサインも必要でしょうから、出来上がれば教えてください」


「わ、わかった」


 援軍としてやってきたジャックも報告書を書かなくてはいけないが、同じ内容であれば連名で構わない。それであれば軍の習わしからも上位者の報告書に名前を連ねる事が慣例である。


 捕虜の話が報告書に書かれなければ、ハルトマン大佐も後からこの事でジャックを脅す事は出来ない。

 何故その時に報告しなかったのだ?となるからだ。

 それにジャックはすでに手を打っている。ルガーの出身地を偽り報告してあるのだ。もはやルガー本人が認めない限り、ジャックが捕虜を奴隷とした事は誰にも証明出来ないのであった。


 当のルガーは散々しつけ(可愛が)られた結果、ジャックに歯向かう事など出来なくなっていた。


 漸く任務を終え、この後すぐに二人は熟睡した。何か忘れているとは気づきながら。





「すっかり忘れていましたね」


 そう話すソウの横にはジャックが。そして二人の目の前には床に座って硬い黒パンを水に浸けて貪り食べる奴隷が一人。


「言ったろ?奴隷に人権はない。下手に甘やかすなよ?」


「そうは言いますが、中々慣れません」


 昨日二人は報告後に夕食を食べてそのまま寝てしまった。

 ルガーは気絶していたので食事抜きとなり、朝起きたソウが自分の食事を分け与えようとして、ジャックに止められたところだ。


 奴隷には奴隷の作法がある。


 奴隷は全てが平民以下でなければならない。

 もちろん家の中で奴隷を甘やかすのは自由だが、人目につくところでそれは良しとされない。


 いくら仲が良くても外ではソウはジャックに敬った態度を示さねばならないのと同じだ。

 若干出来ていないが…


 軍の階級ですらその扱いである。これが全ての帝国民に当てはまる身分であれば尚更ということ。


「ソウは意外と博愛主義者だからな。部下には厳しいくせに…いや、俺にもか」


「部下には年齢のこともあってそう接しなくてはならないだけです。

 本来であれば、人類皆仲良くが私のモットーですね」


「それは理想論だな」


「わかっていますとも。ですから私の周りだけでも、と常々考えています」


「それは陰謀論だな」


「何故です!?」


 まるで悪い宗教家のような綺麗事を言うソウをジャックはバッサリと切り捨てた。


「食べたか?」


「ゴクンッ!?は…はい!」


 硬い黒パンを中々飲み込めずにいたルガーにジャックは食事の終わりを告げる。

 無理矢理飲み込んだルガーは何とか返事をする事が出来た。


「次からは待たん。食事の時間は勝手に見つけろ」


「はい!ありがとうございます!」


「返事も必要ない。お前の了承を得る必要はないからな」


「はっ…」コクン


 危うく応えそうになるルガーは寸でのところで言葉を呑み込み、頷いて応えた。


「ソウ」


「はっ!」


「帰るまでは好きにしていい。帰ったら三ヶ月で精鋭部隊と同じ事が出来る様にしろ」


「はっ!」バッ


 本当の意味で好きにというわけではない。ルガーに足らないモノをそれまでに身につけさせなくてはならなかった。

 主に帝国の常識と、軍の常識。


「ソウの言う全ては真に受けるな。コイツもコイツで異常だからな」


 それについてはルガーも首がちぎれんばかりに頷いた。


 集落を飛び出して、初めての対人戦を危なげなく勝利した。その後も、またその後も。

 自分達はこの世界でかなりの強者なのではないのか?

 そう思うのも仕方のないことである。若さも、知識のなさもそれに拍車を掛けていたのだから。

 そこに現れたのは雑魚(ざこ)のはずの重たい金属を見に纏った集団。

 二十人くらいであれば問題ないと思っていたが、隠れていた者たちがいた。しかし、それでも雑魚は雑魚。これまで通り、自分達にその牙が届く事はない。

 結果はご覧の通り。

 予想外の強さと、魔法が効かないというルガー達からしたら反則のような敵が中に混じっていたのだ。

 そして、雑魚と舐めていた者達の団結した強さにも驚いた。


 もちろんジャックが異常と言ったのは強さではなく、常識が乏しいことについてだ。


「私が非常識みたいな言い方ですね…ルガー。行きますよ。私が貴方を立派な小間使いにして見せます!」


「何か違う気がするが…任せた」


 やはりジャックの常識とソウの感覚には大きな隔たりがありそうだ。





 ソウとルガーがやって来たのは街中だ。

 先ずは帝国の事を知ってもらおうと散策にやって来ていた。


「私も山出身なので街には不慣れなのです。一緒に街中の常識を学びましょう」


 コクン


「…私と二人の時は喋っても良いですよ?やはり意思疎通に会話は大切ですので」


 これはソウが甘いというよりかは、まるで独り言を喋っているようで虚しいと感じたからだ。


「お、怒られないっすか?」


「怒りませんよ。それにジャック中佐の言い方だと、物である奴隷に怒りを覚える事はないはずです」


 物に怒るものはいない。ただ物にあたる人達が一定数いるだけである。

 なんの慰めにもならないが。


「気になった事やわからない事は聞いてください。私もわからない事が多いですが、わかる事は説明します」


「う、うっす」


 その返事にやはり子供だ、とソウは微笑んだ。自分の見た目の事は棚に上げて。


「ひっ!?」


 ソウのアルカイックスマイルに恐怖を感じて悲鳴を漏らした。


「アレは…市場ですね。行ってみましょう」


 しかし、他の事が気になっていたソウに気づかれる事はなかった。





「ほう。それで土産の酒か」


 街の散策を終えた二人は夕方前に兵舎へと戻って来ていた。

 今日の出来事をソウが説明して、お土産のお酒を渡したところである。


「はい。いくらジャック中佐が割り勘でいいと言われても、勝負は勝負。そこまで高級な品ではないのですが、ここで造られた珍しいお酒との事でしたので、これを進呈します」


「まぁ遊びと言えどルールは守ったほうが面白いからな。有り難くいただくとしよう」


 ソウはジャックに奢られなくともたまの焼肉くらいであれば問題なく払える。

 しかし、魔剣の整備の事を考えると散財は出来なかった。


 今回も魔剣が無ければ危なかった。

 イェーリーといい勝負が出来ていたとはいえ、そのイェーリーが何人もいれば勝ち目は薄い。

 鉄さえも難なく両断する事が出来る魔剣を所持していた上に、魔法が効かなかったから勝てたのだ。前回の戦いは結果だけ見れば圧勝であったが、一つ何かが足りなければ全く別の結果になっていた事は、ソウ自身が一番理解していた。


「牛肉は暫く我慢します…」


「安心しろ。牛肉はすぐに食える」


「えっ…?」


 ルガー達の襲撃により、生き残るためにはまだまだ努力が足りないと身を引き締めた矢先。ジャックから信じられない言葉が投げかけられた。


「今回の功績をハルトマン大佐に丸々譲った。俺はルガーを手に入れたことだし、あまり欲をかくとロクな事にならんからな。

 その代わり、何も手に入れてない最高功労者にハルトマン大佐から非公式に報酬が渡される事になった」


 抜け目のないジャックの事だ。もちろん報酬は牛肉で頼んでおいた。


「精鋭部隊と特殊部隊には預かったお金から俺が飲みにでも連れて行くから気にせず食べてくれ」


 他の功労者に対しても大佐からしっかりと報酬を受け取っていた。

 半ば強請のような取引だった事は説明しなくてもお分かりいただけるかと思う。


 そんなジャックの事をまるで神のように崇めるソウであった。

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