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6話 虎穴に入らずんば虎子を得ず。





「どうでしたか?」


翌朝、街の門前でジャックを待っていたソウは、待ち人が来て早々に尋ねる。


「渋々だが仕方ないと言っていた。俺たちの方が渋々なんだがな…」


「まぁ、最後に責任を取るのはハルトマン大佐なので仕方ないでしょう。

囮作戦は大佐も考えた事だったかもしれませんね」


「そうだな。しかし、考えただけで実行出来なければそれは何もしていないのと同じだ。

俺も同じ轍を踏む所だった。頼んだぞ?」


同じように小隊を囮にして炙り出したところでハルトマン大佐には次の手がない。

それに既に小隊が全滅した後だ。誰も自分達が囮になりたいと手をあげる者もいなかったのだろう。


その点第四大隊には精鋭部隊がある。未熟ながら特殊部隊も。

そしてそれを纏める男がいた。顔はまだまだ幼さが消えないが、その体格は歴戦の猛者と並んでも見劣りしなくなってきている。そんな男が。


「はっ!必ず生きて帰ってきます!」


ジャックもそう願い、力強く頷いて返した。

情報が得られなくてもいい。最悪は五体満足でなくてもいい。だが、必ず生きて帰ってこいと。






「先ずは昨日のルートを辿る。敵は人数の多さに気付いて昨日は近寄らなかった可能性が高い。

もし罠に気付けば今日も空振りに終わるが、敵はその心の隙をついてくると思え」


門から出発して歩きながら説明を始めた。

特殊部隊には昨夜ルートを含めた説明を終えている。その為、門からは精鋭部隊の二十人とソウだけである。

この精鋭部隊の構成は大隊内の強さ順だと考えて間違いない。ただ、軍曹以上は管理職に人手が足りない為、ロイドなどは入っていない。当たり前だが、ジャックも。


「何か質問はあるか?あるなら森に入る前に聞いてくれ」


森では雑談をする余裕はない。鳥の囀りさえ聞き漏らさない覚悟だ。


「敵に奇襲を受けた場合の陣形はどうされますか?」


「ない。人かどうかもわからないんだ。全て想定することは出来ない。だからこその精鋭部隊での囮だ」


臨機応変に対応するというのは、現場では実力と経験がモノをいう。

相手を囲めば倒せると判断すればそのように陣形を組み、逃げを選択するなら誰かが盾となる。


ここにいる隊員で自分が盾になる覚悟が出来ていないモノはいない。

いるとすればソウだ。

しかし、それは立場が許さない。他の者が感情と経験で覚悟を決める中、ソウだけは頭で覚悟を決める。


「へへっ。おもしれーじゃねーか」


「そうだぜ!俺様の実力を見せてやらーな!」


「お前の実力じゃあミミズもきれねーよ!」


ガハハッ!


「バカ!お前っ!あれはミミズが気持ち悪い見た目だから苦手なんだよ!」


「ミミズなんて魚の餌じゃねーか!俺の剣で敵もミミズも真っ二つにしてやるからお前は後ろで指でも咥えてろよ!」


ふと始まった隊員同士のじゃれ合いに、ソウは気付かぬ内に硬くなっていた身体から力が抜けていくのを感じた。


俺なんかより十分頼もしい仲間がついている。

ソウの顔から棘が取れた時に森の入り口へと辿り着いた。


「ここからは雑談はなしだ。もう一度言うが、命を最優先に行動しろ。ここは勝たなきゃいけない戦場ではない。相手がわかればそれでいい。いいな?」


「「「「はっ!」」」」


その声を最後にソウ達は森へと消えていった。






「いったか…」


街の外壁の上から単眼鏡を使い、ソウ達を見守っていたジャックはそう呟いた。


今回ジャックはここから部隊を動かす。ジャックは強者だが、二百名に一人増えたところで違いは少ない。

であれば、最後まで安全に指揮がとれるこの場所を選んだ。


「部隊は森に入った。他の者達は森からの逃走を手助け出来る布陣に展開しろ」


「はっ!」


隣にいた部下に指示を出した。その部下は手旗信号で下にいる者に伝えた。


「イェーリーが最前線で戦っていた気持ちが、今なら少しわかる気がする」


「はっ?なにか?」


「何でもない」


ジャックの独り言を拾った部下に気にするなと手を振る。

イェーリーは戦闘狂である。理由は違えど、高みの見物が落ち着かないのは同じだった。






「異常はないか?」


森に入り暫く進むとソウが声を掛ける。


「はっ!特にありません」


「もう少し進む」


「「「「はっ!」」」」


場所は街の東側の森。発見も異常も見当たらない為、更に奥へと進んでいった。



季節は夏の時の終わり。元王国の北に位置するベランバザールの周辺は、大分涼しくなっていて動きやすい気候だ。森の中は更に日陰も多く、ソウ達は順調に捜査範囲を広げていった。


足元はまだ秋にはなっていない為、落ち葉も少なく、乾いた地面が続いている。

木の根がある為、凸凹していて真っ平ではないが、傾斜もそれほどなく足を妨げるモノは少ない。特に森での移動はソウにとっては慣れたモノだ。


「そろそろ休憩にしよう。丁度川がある」


森に入り一時間半くらいが経過していた。

かなり警戒しての移動だった事もあり、時間からすればそれ程奥へは入ってきてはいない。

丸い石が散らばっていて川には澄んだ水が流れていた。


休憩は体感で30分程、取ろうと決めた。各々自由に過ごしていると20分程で異変が起こった。


「囲まれているぞぉっ!!!」


それは特殊部隊からあげられた声だった。


「警戒陣形!」


半ば叫ぶように命令したソウの周りに隊員が集まった。


「しまった…足場が悪い…」


荷物になる為、水を持ってきていなかった事が仇となり、足場の悪いところで敵と遭遇してしまった。


「見えるか?」


「いえ!まだ確認できません!」


特殊部隊が声を掛けてきたのだ。必ずいる。そう思い、ソウは辺りに目を凝らした。


「いた!西の方向!」


「東にもいます!」


ソウが発見すると同時に反対側にも発見された。


「くそっ!何人いるんだ!?」


「どうしましょう?こちらから打って出ますか?」


「いや、様子見だ。何か動きがあればその時に各自で対応。いいな?」


「「「「はっ!」」」」


後手に回ってしまうが、それは今更だ。囲まれてしまった以上は相手の出方を窺い、それが攻撃なら後の先を取る。

辺りに緊張が走った。


「来るぞ!」


川を挟んだ所から敵が近づいてきた。同時にいくつもの場所から敵がやってくる。


「ここまで奥に来たからには俺達に援軍は見込めん。必ず全員で生きて帰るぞ!」


「「「「おうっ!!」」」」


ソウの掛け声と共に隊員が裂帛の気合いを放った。


ソウ達に近づく者達は…人である。

帝国のどこにでもいる見た目だが、皆銀髪という共通点があった。

数は八人。


「二対一以上で戦え!」


飛び込んでくる敵を前にしながら指示を飛ばした。


「速い!」


キンッ


ソウに斬り掛かってきたのは村人の装いに刃渡りの長いナタのような武器を持った人だった。

想像よりも速く重い攻撃にいなす事しか出来なかった。


他に構っている余裕はない。

ソウは魔剣を握りしめて相手との距離を詰めた。


「しっ!」


ヒュン


ソウの一撃を後ろに跳びながら躱す。

それを見て


「奴等はこの足場に慣れている!一団となって森に入れ!」


精鋭部隊は流石精鋭部隊。

相手が強いとわかると、仲間と固まり攻撃を凌いでいた。

そのまま森へと進んで行く。

ソウはそれを気配で感じ取り、隊員達とは少し離れた森へと駆け込んだ。


一対一の構図となったソウは隊員達が他の敵を相手取ると信じて、目の前の敵に集中した。


「どうして俺達を襲う?」


「……」


「言葉も知らん獣か」


会話が出来るなら理由も知っておきたい。ただ倒すだけで解決出来るのならいいが、敵がこれだけだと決まったわけではないためだ。


ついでに動揺を誘うために挑発も忘れない。

使えるモノは何でも使うのだ。卑怯と呼ばれてもそれはソウにとっては褒め言葉に違いない。


「黙って死ね!」


遂に口を開いた敵はイェーリーに勝るとも劣らない速さでソウに斬り掛かる。

普通であればニノ太刀要らずの剣であっただろうが、ソウにとってその速さは慣れ親しんだモノだった。

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