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5話 森に潜むモノ。

 




 ベランバザールに着いて初めての朝がやってきた。


「では頼んだ」


「はっ。行って参ります」


 街の門で見送りを受けた第四大隊遠征部隊は総勢で現場へと向かうことに。

 理由も原因もわからない時に、少数での行動は余りにも不用意と考えた結果だ。


 このベランバザールという街は、外周を壁で囲まれている。その外に広がるのは森であり、森の向こうには四方に山がある。街の南にある山はソウ達が通ってきた山だ。

 街の近くの森は建築資材や薪として利用されているのか、どの方角も壁からは100m以上は離れていた。


「陸の孤島ですね」


 街の外を歩きながらソウが呟いた。


「…偶に詩人のような言い回しをするな」


「べ、別にカッコつけて言ってはいないですよっ!?」


「なぜ焦る…」


 ジャックとしては誉めたつもりなのだが、前世の感覚ではそう捉えられたと思っても仕方ない。


「そ、それよりも!何故私達が先頭なのです?」


「この人数だぞ?相手が強敵の場合、俺達が先頭で戦わないと士気が保てない場合がある。

 それに死体には飛び道具を示唆する傷跡は無かった。近接戦ならすぐにはやられんだろ」


「…折角出世してきたのに」


 漸く最前線から少しだけ遠ざかったはずなのに、また最前線である。

 どれだけ異世界生活を謳歌しようが、目的は変わらない。

 あくまでも目的や手段に抵触しない程度に楽しむつもりしかないのだ。


 そもそも中隊規模が簡単に負けるようならこの街はとっくに滅んでいるだろう。

 昨夜の話し合いでそう結論を出していたからこそ、今日の偵察に至っていた。





「ここが現場ですか。特に異常はありませんね」


 初めて襲われた場所に着いたソウ達は現場検証を行っていた。

 時間が経ち過ぎている為、血なども見られない。


「周りの木々にも異変はないな。これは獣の線が薄くなったのではないか?」


 賭けに勝ちそうだとジャックは頬が緩んだ。


「獣ではありませんよ?人ならざるモノです!」


「…それは結局獣だろう?まさか魔物なわけないしな」


「まだ見ぬ未確認生物の可能性もありますよ!」


 どうしても焼肉が食べたいソウは必死だった。


「ですが、おかしいですね」


「何がだ?」


「痕跡が無さすぎるのです」


「?人が人を隠れて奇襲したのならこんなものだろ?」


 現場の周囲を探っていたソウが疑問を口に出した。


「奇襲とは自身より弱い相手に使うものです。兵の剣は綺麗だとのことから相手は無傷のはず。それ程の実力差があれば態々奇襲などしなくとも正面から斬り伏せればいいと思いませんか?」


「それこそ念には念を入れて…」


「それってまさに獣の所業ですよね?」


 次はソウが笑う番だった。


「…よそう。俺達がふざけていたら解決するものもしなくなる」


「私は至って真面目なのですが…」


 ジャックは自分達が固定概念を持って考える事を危惧するが、ソウは真剣であった。主に焼き肉に対して。


 現場は森の中。と言っても中から街の外壁が視認出来る程度には浅い。

 悲鳴くらいであれば街に届かない程度の距離だ。


 ここではわからないと、次の現場へと向かった。





 次の現場は前の現場よりも森に入った所にあった。


「これは人の仕業ではないですよ」


 周りの木々の内何本かは薙ぎ倒されていた。


「決めつけるのは良くないぞ」


「…負け惜しみですか?」


 ゴチンッ


「いっつぅぅぅうっ!?」


「お遊びはお終いだ。周囲の警戒を怠らない様に指示を出せ」


 いつまでも焼肉に固執しているソウに拳骨を落とし、

 その現場を見たジャックは警戒の色を濃くしていた。


「はっ!」


 どうやら冗談を言っている時ではないと察した…殴られて気付いたソウは、部下に指示を出した。


「何がいるんだ?」


 ジャックの疑問に答えられるモノはここにはいなかった。





「結局今日は見つけられませんでしたね」


 その日、夕方まで犯人捜索を行ったが見つけることは出来なかった。


「すぐにわかるとは思っていない。明日からも続けよう。何か案はあるか?」


「……」


「どうした?何かあるなら言え」


 案を出せと言われて口籠るソウ。


「…これは余りお勧めしませんが、恐らく犯人を見つけるためには人数を絞って誘き出さなければ見つからないかと」


「なるほどな。確かに木々を薙ぎ倒す力もあれば、何も証拠を残さない能力もある。しかし、警戒心は高い。口籠ったのは森は向こうの領域だと言いたいんだな?」


 もし、獣であれば誰かが目撃している可能性もある。

 敵は森に精通しており、斥候の能力が高く、且つ木々を薙ぎ倒す力も有している。


 誘き出すのは向こうの方が地の利も有り斥候能力が高く、また言い淀んだのはその気になれば木々を薙ぎ倒すくらいの力が囮に向かうからだ。


「そうです。二百名で探して見つけられなかったのです。やり方を変える事を提案します」


「ソウはそれに自分が選ばれることを覚悟の上で提案しているのだな?」


「…本音は嫌ですよ?ですが囮で生存率が高いのは私と精鋭部隊でしょう。

 さらに特殊部隊を報告と最悪の場合は増援として周りにつかせます」


 部下を死地に送るのに最善を尽くさないわけにはいかない。

 士官になれば自身がそれをしなくとも済むが、下士官にすぎないソウにはこうする他なかった。


「万が一にもお前を失う訳にはいかないんだ。他の方法を見つけろ」


「そう言ってもらえるのは有り難いのですが、中佐もこの方法は思いついたはずです。

 それに他にあれば提案していますよ。死にたくないですから」


 ジャックとてその方法はすぐに思いついた。

 しかし、すでに死人が出ているのだ。それも小隊規模で。

 同じ条件でも自分達なら死なないと考えるほど子供ではない。

 もしするなら先程ソウが提案した方法が一番()()だと気付いていた。


「…わかった。但し、相手が現れたら直ぐに報せろ。自分達だけでは戦うな」


「わかりました。その様にします」


 他に良い案も思い浮かばない為、話は以上となった。






「私達が囮ですか?」


 その日、心の準備をさせる為に、精鋭部隊の元へとソウはやって来ていた。


「ああ。俺達だ。他の隊員には荷が重すぎるからな。敵が何か判ればそこで作戦は完了と見做す。

 戦う事が目的ではないからな」


「一ついいでしょうか?」


 ソウが説明を終えると、一人の隊員が手を挙げた。


「なんだ?」


「戦わないとのことでしたが、装備はどの様にしましょう?守る為の盾を持っていくのか、戦わずに逃げるのであれば武器を携帯しない方が身軽です」


「わかっていることは敵の攻撃力は強烈だ。鎧を破損させ、木々を薙ぎ倒す事が出来る。

 盾で防げると判断したなら持っていけば良い。

 俺は森という条件下と敵の攻撃力から金属鎧は装備しないつもりだ。身軽な方が俺には有利だからな。

 もちろんお前達は戦い方が俺とは違う者もいる。各々考えて準備してくれ。こちらからこうしろとは言わない。ただ剣は持っておけ。最悪逃げる時には捨てていけば良い」


 軍人は騎士ではない。使えるモノは使うし、必要のないモノは捨てていく。

 合理的に勝つ為、生き残る為の選択をし続けなければならない。



 精鋭部隊の部屋を去ったソウが次に向かったのは特殊部隊の部屋だ。


「中隊長自らの囮作戦ですか?こう言ってはなんですが、他の者に変わった方が…」


「俺はそんなに頼りないか?」


「い、いえ!その様なことは!」


「冗談だ。ただ今回は相手がわからないから念には念を入れて俺が出ることにした。

 お前達にはその囮部隊を離れた所から監視する任務を与える。

 もし、何らかの異常を確認したら直ぐに本隊へと連絡を入れるんだ。

 そしてその異常が戦闘という形なら援護を頼む。もし俺が撤退を指示したら囮部隊の撤退の援護だ」


 特殊部隊はソウが鍛えた。

 ソウがいなくなると自分達の居場所も無くなるかもしれない。そうでなくとも鍛錬を続けるのにも大変だし、人に厳しく自分には更に厳しい中隊長の事が気に入っていたのだ。


 その言葉に冗談を返して、明日の仕事を言い渡した。


 王国戦では窮地に命を張って守ってくれた上官がいた。その後は運が味方して激戦区に回されることも無かった。

 王国戦後に命を賭ける出来事が早々にあるとは夢にも思わなかったのであった。

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