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4話 ベランバザールの異変。

 





 焼肉から一夜明けて、今日も今日とて順調に北上していた。


「山越えでしたが、問題なかったですね」


「そうだな。しっかりと整備してくれていた元王国に感謝しよう」


 山間部の町を過ぎれば登山が待ち受けていた。

 しかしその山は町同様にしっかりと切り拓かれていて、坂道程度の難易度で済んだ。

 王国は帝国と違い、歴史ある国であり、豊かだったのだ。


 帝国も歴史がないわけではないのだが、以前説明した柔軟性から元々の伝統や文化は忘れられていっている。

 そして覇権を握る事を目標にしている為、内政にはそれ程力を入れていない。

 つまるところ軍事目的以外の街道の整備は、他国に比べて遅れているのだ。


「見えたぞ」


 ジャックが馬上で器用に単眼鏡を覗いて、傍にいるソウに告げた。


「遂に来てしまいましたか……」


 魔物の領域に近づいてしまった事実を確認して、ソウのテンションは駄々下がりした。


「向こうも気付いたようだ。隊列を確認しろ」


「はっ!」


 街の見張りもジャック達を発見したようだ。

 それを確認して恥ずかしくないように隊列の見直しを命じた。

 敬礼で応えたソウは馬上から部下に命令を飛ばす。





「中々仰々しい見た目ですね」


 街は立派な外壁に囲まれていて、攻め落とすには難儀しそうであった。

 第一印象でその様な事を考えているソウはすでに軍に染まっている。


「ここより北には人の国は存在しない。恐らくさらに東にある国を警戒して造られたのだろうな」


「どちらにしても北も東も遠くに山が見えるので、ここまで防衛に力を入れなくてもいいのではと思いますが…」


「さあな。歴史が造らせたモノなのは間違いない。ここにはアレが必要だってことだ」


 見ているだけで答えを導き出せるなら全て机の上で物事は片付く。

 二人は議論しても意味がないと感じて、すでにこちらの為に開門してある街の入り口へと歩を進めた。






「よく来てくれた!」


 兵舎にある応接室で二人を出迎えたのはニール・ハルトマン大佐である。

 ハルトマン大佐の身長は今のソウくらいであり、線の細い体つきをしていた。

 あぁ…こんな人もいたな。と、ソウはようやく思い出した。有象無象のこの人を…


「いえ。それよりも手紙には何も書かれていませんでしたが、何があったのでしょう?」


 労いの言葉を切って、呼び出された理由を聞いた。


「ああ…理由を書けなかった事を詫びよう。何というか…言葉でも説明しづらくてな」


 歳は50歳と聞いていたが、その理由のためだろうか、老け込んで見えた。


「一先ず夕食にしよう。そこで話をさせて欲しい」


「わかりました」「はっ!」


 やっと声を出したソウは、食事と聞いてテンションが上がる。

 もしかしたらまた牛が食べられるかもしれないと。





「ここですか…」


 夕食を取りながらと言われて外に出るのかと思いきや、応接室にそのまま運ばれてきた見慣れた料理を見てあからさまに残念がった。


「ソウ中隊長はどうされたのか…?もしや体調でも?」


「いえ。気にしないで下さい。それで話の続きは?」


 ジャックはソウに答えさせずに、続きを促した。

 どうせくだらん事だろうと。正解だ。


「そうか?実はな…街の外を巡回していた兵が何者かに殺されているのだ」


「…犯人に目星は?」


「いや、ない」


「一ついいでしょうか?」


 二人が話している最中にさすがに食べづらかったのか、話に加わってきた。もしかしたら早く話を終わらせて、夕食にありつきたいだけかもしれないが。


「なんだ?」


「巡回とは団体ですよね?それで目星がつかないということは全滅でしょうか?」


「そうだ」


「ありがとうございます。後、殺されていると仰っていますが、一回ではないという事ですよね?」


「…そうだ。ソウ中隊長が言ったように、一度巡回の兵達が全滅してからは小隊ごとで巡回させていた。

 その小隊が全滅してしまって…」


 小隊が全滅。小隊とは帝国では十人〜二十人の隊のことを指す。

 班ごとの巡回で三人くらいの兵士が殺されたなら、中規模の賊か少数の王国軍の生き残りを疑えばいい。

 しかし小隊規模の全滅は話が変わってくる。


 それだけの人数を殺せるだけの数が、この街の近くに存在している可能性を示唆しているということ。


「その後はどうされているので?」


「小隊が全滅したのだ。街の外は見回りに行かず、外壁の上からの監視に留めている。

 もし中隊規模で巡回させて、そして全滅するような事になれば…」


 クビが飛ぶだけでは済まされない。

 そう言葉が続きそうだった。


「しかし、何も手を打たないのは問題では?」


「そうだ。それで中佐と中隊長を呼んだのだ」


 呼んだのだ。そう言われても…と、二人は言いたかった。


「この街の治安、軍の責任者は大佐です。我々が失敗しても責任は大佐にいきます。それでもですか?」


 ジャックはここに来るまではただ自分の足を引っ張りたいのだろうと、楽観視していた。

 しかし、実際に難しい問題が起きていたので、改めて確認したのだ。


「勿論だ。この話には政治は一切関わっていないと誓おう。勿論誓わなくとも法律上私に責任があるのは変わらんが」


 それはつまり、自分達(ジャック達)を信用すると言うこと。


「わかりました。微力ながらやらせて頂きます」


「わかっ『もう一ついいですか?』…かまわん」


 ハルトマン大佐は、まさかこの歳になってまだ成人していないモノに言葉を遮られるとは思ってもいなかったが…頼ったのは自分だ。何も言わずに発言を促した。


「他には誰にお伝えしましたか?」


 ソウ質問の意図が掴めない大佐は黙るが、考えても答えは出なかった。


「…ラスプーチン中将閣下にご相談した」


「わかりました。巡回コースと日時、それと遺体の損壊状況が纏められた調書を見せてください」


「わ、わかった」


 もはやこの二人はどちらが上官かわからんな…心の中で呟いたハルトマン大佐は、考える事をやめた。

 手紙を出した時点で任せると決めたのだから。







 食後、与えられた執務室でジャックとソウは調書を読んでいた。


「全く想像つかんな。ソウは何か気付いたか?」


「気づくと言うか、疑問が増えました」


「なんだ?」


 犯人像を考えていた二人だったが、ジャックは匙を投げてソウに委ねた。


「犯人は人なのでしょうか?」


「どういう事だ?」


「鎧はかなり壊されているようですし、物も盗られていません。犯人はかなりの怪力で、尚且つ目的がわかりません」


 調書には殺された兵士の状況が事細かく書かれていた。

 簡単に言うと鎧がひしゃげており、破損していない剣がそのまま現場に残されていた。とある。


「目的か…確かにわからんな。ここにちょっかいを出したくらいじゃ帝国は動かん。仮に動いたとしてもその動機がわからんな」


「だから犯人は国とかの規模ではないと?」


 ソウの考えからジャックは一つ答えを出した。


「そうだな。俺は森に住む原住民説を唱えよう」


「では、私は人以外の動物説で」


 実はこの二人…


「よし!そうと決まれば明日現地確認だな」


「はい!牛肉食べ放題は私が貰います!」


 犯人が何なのかを賭け事にしていた。

 余程前の町で食べた牛肉が忘れられなかったのだろう。

 ソウは兎も角ジャックまで魅了するとは…異世界の畜産も侮れない。


「俺は酒だからな?」


 ジャックは牛肉ではなく同等のお酒だったようだ。


「わかっています。何だかお金の使い道がわからなかった頃が懐かしいですね…」


「漸く人としての道を歩み出したな」


「…元々私はまともな人ですよ?」


 その言葉にジャックは何も言わなかった。否定の言葉しか見当たらなかったためだ。


 そしてソウは食という楽しみを見つけた。

 喜怒哀楽のパーツが揃い、本当の意味で第二の人生を歩み出せたのかもしれない。

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