2話 理想と現実の狭間で。
「二百名程度だと楽ですね」
翌朝、天気も良かったので最北の街ベランバザールへ向けて予定通り出発した。
第四大隊から第六中隊を中心に二百名での行軍である。
「数はそのまま強さだが、多いほど何をするにも時間が掛かるからな」
「残党狩りも終わっていますしこれだけの数がいれば安心ですね」
「残党狩り…もう少し取り繕えないのか?」
「?では……大掃除?でどうでしょう?」
ジャックはため息で返事をした。
残党狩りとはもちろん元王国内に残っていた王国兵達の事だ。
狩りとは言っているが、皆殺しにしたわけではない。
すでに決着がついているので投降を促したのだ。
時々いる国と命運を共にする者以外は、武装解除させてインフラなどの国営事業に従事させた。
帝国は実力主義であるが、それは言うなれば現実主義という事でもある。
たとえ昨日の敵であっても使える者は使う。人の感情を無視したリアリストな国家であった。
そして、そんな帝国内で暮らす国民もまたその思想に染まっている。
隣に引っ越してきた相手が昨日まで戦っていた元王国の民だとしてもお構いなしだ。
捕虜となり、戦敗の責任という形で帝国での仕事に就かなくてはならない者達は、昨日まで命の取り合いをしていた帝国へ行くことに怯えていた。
殺されはしないだろうが、石を投げられたり、嫌がらせをされるだろうとは考えていた。
良くて地球の差別的な扱いくらいはされるだろうという想像は綺麗に砕け散ることになる。
帝国に住んでいる自分達の為に身を粉にして働いてくれる元王国民を帝国民は大歓迎したのだ。
帝国に差別などない。あるのは区別だけだ。
生まれがどうであれ仕事が出来る者は評価され、生まれが良くとも役に立たない者に世間は冷たい。
肌の色程度で差別されていたソウの前世とは真反対の環境であった。
もちろんどちらも一長一短。割を食う人が必ず出る。真の平等などないのかもしれない。
しかし、どんな環境であれただの国民には全てを受け入れるしか術はないのは、どちらも変わらない。
そんな自称人畜無害のただの元村人であると豪語するソウは、今日も上官を困らせていたのだった。
その日の夜。
先触れを出して町の一角を借り受けたジャック達は、野営の準備を終えて常駐軍の幹部を筆頭に町の上役に歓待を受けていた。
「砂金が採れるのですね。夢があっていいですね」
ソウは町の役人から話を聞いて、その中から興味のある話を拾った。
「買取は国のみですから驚くほどは貰えません。ですが、子供でも力のない女性でも暮らしていける程度には収入があります。
国としては安い労力で金を。町の住人は今ある仕事が駄目になっても暮らしていける余裕があるので町の雰囲気は明るいですね」
王国が運営していた時から制度は変えていない。ここまで手が回らないのも事実だが、うまく回っていて損がないのなら帝国式に態々制度を変える必要がなく、国を取り込むことに慣れている帝国は柔軟な対応を見せていた。
「私も軍をクビになったらここに来ますね」
「今をときめく北軍の彗星であるソウ中隊長がクビになる事はないですな!」はっはっはっ!
ソウの軍人ギャグに乗っかったのはこの町に常駐している軍の責任者だ。
本当にある噂なのかはソウにはわからないが『彗星って事は、すぐにどっかにいっちゃうんじゃ?』と褒め言葉に疑問を持った。
「そういえば、新しい土地に来て何が一番苦労しましたか?」
自分の話はいいんだよ、とばかりに軍の責任者の言葉をスルーして役人に話を振った。
「町の人には歓迎こそされないものの、そこまで否定的には接される事はなかったので……しかし、一つあげるならば、元代官の横領のせいで着いて早々にバタバタしたことでしょうか」
軽い気持ちで行った話題転換がドロドロとした雰囲気を帯びてしまう。
「そ、そうでしたか…やはり金の横領ですか?」
「そうです。現物の横領は発見も難しかったのでしょう。しかし帝国へと変わった事で隠し切れなくなり、あえなく御用となりました」
国が変われば制度も変わる。
王国は騙せても同じ手法では帝国まで騙す事は出来なかったようだ。
「大変でしたね」
中間管理職の大変さを身をもって知っていたソウは役人を心から労った。
砂金はあまり知られていないがソウの生きていた日本でも至る所で採取できる。
但し、採ることが出来てもイコールしていい事にはならないが。
帝国では砂金を拾うことに取り締まる法はない。しかし国に届出ない事は違法になる。
そしてこれは生易しい罰では意味がないので死罪となる。
元代官も今は夜空のお星様となって、砂金のようにキラキラと輝く星々に囲まれている事であろう。
「明日も行軍は続くので、我々は退席します」
この席に来ていたジャックの言葉によりお開きとなった。
ここにはジャックとソウ、そしてトリストンが来ていた。
トリストン副中隊長は、先の論功により無事に軍曹から曹長へと昇格していた。
「では失礼します」
ソウがジャックに続いて退室の挨拶をすると、隣で寝ているトリストンの肩を揺すった。
「起きろ」
「はっ!?ここは!?」
「弱いのに遠征先で呑むなよ…」
トリストン副中隊長は見た目は古風で屈強な帝国兵然としているのに、見た目とは裏腹に下戸であった。
ソウはトリストンに肩を貸して野営地まで戻るのであった。
「何があった?」
翌朝、行軍を再開して暫く進むとジャックがソウへと問いかける。
「昨日の醜態を挽回する為に頑張っているのでしょう。放っておいてあげてください」
「お、おう。酒の席での事だから気にしなくていいのにな」
「私もそう言いましたが、本人からすればそうは思えないのでしょう。彼は生粋の軍人気質ですし」
二人の視線の先には荷車を押している若い隊員に混ざり頑張っているトリストンの姿があった。
この行軍ではジャックはもちろんの事、ソウとトリストンにも軍馬が支給されている。
昨日の泥酔事件(?)があってから、トリストンはそんな自分が楽をするわけにはいかないと言って聞かず、手押しの荷車を馬と自分で運んでいる。
曹長がそのような事をしているのに若手がサボる(?)訳にも行かず、今の光景へと至っていた。
「今日は外でしたよね?」
「そうだ。軍が入れるような規模の町までは二日の道程になる。
まぁ、町中でも普通の兵達はテント暮らしだから変わらんがな」
「確かどこでも軍が寝泊まりできるように人口五千人以上の町には兵舎が建てられるのでしたよね?」
元王国は国内で兵を動かす事を想定していない作りの町ばかりだ。
帝国は逆に軍第一に考えられている町作りにしてある。
大隊規模であれば急な移動でも問題はない程度には。
「ああ。今頃大将閣下と少将閣下が財務官達と言い争っている事だろう」
「その案が通らない事は?」
「まずない。財務官達は何もしないで金を出す事は出来ないからしているだけであって、問題なく兵舎は建つことだろう」
「うーーん。そこだけ見ると無駄ですね」
「そこだけ見ればな。昨日の話にも出てきたが、財務官達のお陰で不正が暴かれる事も多い。帝国は皇帝陛下のモノだ。
陛下は自分の考えや想いを具現化する軍を重宝して下さるが、自身のモノを身内から守る財務官達も同じ様に大切にされている」
大将達と財務官のやり取りを無意味に思うが、内容は実は異なる。
基本は兵舎を建てる方向で進み、話し合いが難航するのは決まって広さや設備に関したことばかりだ。
大将達は軍をベストな状況で維持して、尚且つ利便性を計る。
財務官達は限られた予算内で現実的なモノを提示する。
理想と現実の食い違いを話し合っているのだ。
「私としては安全な場所でお腹いっぱい食べられたらいいのですけど…」
「その理想はある意味人が行き着く所だな。俺達の現実は安全とは対極の位置にあるからその理想は捨てとけ」
ここにも理想と現実の狭間で葛藤している者がいる。しかしいつもの様に一蹴されたのだった。




