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 二章 泡沫の夢    1話 譲れぬモノ。

二章が始まりました。

よろしくお願いします。

 




「だ、誰だ!?」


 日が沈み、辺りは暗闇に包まれている。

 男は剣を抜き、辺りを警戒している。いや、これは警戒などというモノではない。恐れているのだ。


 シュッ


 ザシュッ「うっ!?」


 男の薄暗かった視界は徐々にその薄明かりすら拾えなくなり、永遠の闇へと(いざな)われた。


 倒れた男の周りには、男と同じ武装をした者達が倒れていた。







「またですか?」


 兵舎にあるジャックの執務室で、本日何度目かになる部屋の主の溜息に、ソウが苦情を申し立てた。


「…これを見てみろ」


 ジャックに渡された紙を一読する。


「ご愁傷様です」


 そこにはわかりやすい嫉みとこれまたわかりやすいおべっかと共に頼み事が書かれていた。


「まさか受けませんよね?」


「…断り文句が尽きた」


 ジャックはわかりやすく降参のポーズをとってみせた。


「無視は……出来ませんよね」


「一応相手の方が階級が上だからな。しかし散々俺の事を目の敵にしてきた相手が、俺を頼るとは…それほどの難題かもしれんな」


「何何〜差出人はニール・ハルトマン大佐…知りませんね」


「いや、会ったことあるだろうが!」


 ソウの記憶には残らない程度の人物なのだろう。


「どこでですか?」


「王都攻略の軍議の時にもいたぞ?」


「そんな有象無象の事など覚えているはずがありません!」


「有象無象って…俺よりも階級が上なのに…」


 ニール・ハルトマン大佐は青髪で同じ青髪のラスプーチン中将派の一人である。

 そしてジャックやソウの事で色々と難癖を付けていた者の内の一人でもあった。


 有象無象というよりは、普段関係性が薄いから記憶に残っていないだけだろう。


「それで何処のどなたなのですか?」


「第二師団の副師団長で今は王国の北の端の街に派遣されている」


「…大変ですね。頑張ってください」


 頼み事は応援要請。つまりそこまで行かなくてはならない。

 ソウは他人事にしようと決めた。


「無理だぞ。第四大隊で自由に動けるのは第六中隊くらいだからな。予備に他の中隊からも人員を借りて出る」


「そんなぁ…」


 ソウは情けない声を出して項垂れる。

 応援要請という事はトラブルがあったのだ。それだけならまだしも、ソウが近寄りたくない北に向かわなければならない。

 大陸の()()が患う『魔物恐怖症』に今更ながら罹っていた。






「話は通してきた。明日出立するからそのつもりで準備させてくれ」


 応援要請を断れなかったジャックはサザーランド中将にハーレバーを空ける許可を貰ってきた。

 行くならば迅速に行動しなくてはならない。

 態々向かっても『あれ?今更きたのか?』なんて言われた日には、腑が煮え繰り返る思いを体験する事になるだろう。


「はっ!失礼します」


 ジャックの命令を聞いたソウは自身の中隊を集めに向かった。


 広い兵舎の中には常時五百人くらいの人がいる。

 その中から第六中隊の百五十名程を探し回る事は出来なくもないがしたくはない。


 そんなソウは兵舎の外にある鐘塔へと向かった。


「確か2回立て続けに鳴らして、その後6回鳴らすんだったな」


 鐘塔とは名ばかりの木で組まれた高い塔へと梯子で登り、天辺に備えてある鐘を鳴らした。


 カンカンッ

 カンカンカンカンカンカーンッ


 規定回数鳴らすと、10mくらいの高さがある塔から降りて広場へと向かった。






「第7小隊集まりました!」


 全ての中隊員が集まったので、ソウは説明を始めた。


「急な事だが、明日より我等第六中隊はここより北に位置する『ベランバザール』という街に向かう事になった。

 理由はまだ聞いてはいないが応援要請である事は間違いない。

 先の戦争で活躍できなかった者は今一度チャンスがやってきた事になる。しっかりと励むように」


 だから向こうでは鍛錬の邪魔をしないでね?と付け足したかった。

 若過ぎるが故に、部下になめられないよう普段厳しく接しているソウが言えるわけはないのだが。


「期間はどれくらいなのでしょうか?」


 一人の物怖じしない隊員が質問を投げかけた。


「さぁな?わからん。という事で、どれだけ長く掛かってもいいように準備をしっかりしておけ」


「はっ!」


 隊員達への連絡を終えると、鍛錬に戻るのであった。





 ソウはその日も夕刻まで剣を振り続けた。

 決してソウは剣術が好きでも、強くなりたいわけでもない。

 怖いのだ。


 王国戦前、最後は際どくも勝つ事が出来たが、故にイェーリーはソウと同レベルの強さがあった。ソウは眼でイェーリーは素早さという違いはあれど。

 そのイェーリーが呆気なく死んだのだ。

 それが戦争・争い・命の奪い合いの現実だった。


 いつか追い詰められた時に、一度でも多く剣が振れるように肉体を虐め抜く。

 今では届かない強さを持った敵といつか出会ってしまった時の為に、技術を向上させる。

 全ては寿命で死ぬ為に。


「いい加減にしとけ」


「はっはっはっ…はぁあ。ふうぅぅ」


 浅く早い呼吸を無理矢理深呼吸へと変えて、呼吸を整える。


「日課ですからね。ですが明日からは行軍なので、この辺でやめておきます」


「……何がそこまでお前を追い詰めている?」


 理由はそれぞれだが、鍛錬を日課にしている者は軍ではかなり多い。

 しかしここまでのハードワークを課しているのはソウくらいのもの。


 ジャックが学生の時でもここまではしてこなかった。

 そんなジャックは自分の努力が少なかったとは思っていない。


 ジャックの努力が『考えて行う』モノであるのならば、ソウの努力は『強迫観念でさせられている』モノである。


 側から見るとソウは鬼気迫る様相で剣を振っている。ジャックはそれが何なのか知りたかったのだ。


「?以前伝えましたよね?死なない為です。私の唯一の望みは寿命で死ぬ事です」


「…本気でいっているのか?ソウの人生は始まったばかりなんだぞ?」


 生きるとは死なない事ではないぞ?と投げ掛ける。


「それを言うならジャック中佐も同じですよ。いえ。生きている人は皆同じです。いつか死にます。それが明日なのか、50年後なのかわからないだけです。その時が来るまで何歳であっても人生は始まったばかりなのです。

 その中で私は…寿命以外で死ぬわけにはいかないのです」


 高々成人未満の歳月しか生きていないソウの言うことにジャックは理解が追いつかなかった。

 嘘や冗談を言っているようには思えない。

 以前聞いた時は思春期特有の『死が怖い』と感じている時期なのだと思っていた。

 もちろん死ぬのはいつでも恐ろしい。しかし態々そんなどうしようもない事を考えるのが思春期なのだと。


 俺は思い違いをしていたようだ。ソウは信念を持って生き抜こうとしている。何がこの()()をそうさせたのかは知らんが。


 よもやソウから哲学的な言葉が飛び出した事で、ジャックにはこれ以上この話題に触れられることは出来なくなった。


「そうか。じゃあ止められんな。俺にも信念がある。決して他人にどうこう出来るものではないものがな」


「出世したいなんて、エルメス中佐は意外に俗物ですよね?」


「…それは偶々手段に選んだだけで、それ自体が目的ではない。そもそもお前も出世したがっていただろ?それと同じだ」


 自分の話が終わったタイミングで剣を鞘に納めて、話題の中心を変えた。


「何故出世したいのか聞いても?」


「…母の遺言だ。立派な領主になれ、とな」


「?お家は継げなかったのですか?」


「腹違いの兄がいるからな」


 それは複雑そう…

 ソウは家族の話が聞けるチャンスと思い踏み込んだが、予想を超える複雑さにこれ以上聞くのは諦めた。


 しかし、共通点は見つけた。

 お互い今は傍にいない家族の為に頑張っている。

 それがわかっただけで、今のソウには十分であった。


「明日は早い。遅れるなよ」


「遅れたら起こしてくださいね。あ、いや、起こされない方が行かなくて済む?」


 ゴチンッ


「つぅぅうう…」


「遅れたらその剣を没収する」


 ソウにとって愛剣はまさしく半身である。

 無くともイェーリー並みの強さはあるが、あれば何処まででも強くなれそうな、そんな大切なモノだ。


「必ずや起きてみせます!!」バッ


 不必要な決意を新たにしたソウを見て


「…本当にコイツはどの姿が本当なのかわからん」


 時々見せる達観した雰囲気。今のように調子に乗ると馬鹿になる年相応な空気。

 呟くジャックに答えを出せる事はない。


 どちらも正しくもあり、間違いでもあるのだから。

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